2/24/2016

Terminal Intubation

 いくら医学的な適応があってフルコードだからといっても、この人は挿管されたらきっともう家族と話すことはできないのだろうなというシチュエーションには心が痛む。いくら事態が緊急でも、手術室に向かうストレッチャーの横で話すくらいの会話を家族や大事な人とさせてあげてあげられればいいなと思う。とくにまだ患者が話せる状況にあるなら。患者も家族も医療者も救命一心でいるときには気づかないかもしれないが、それが最後の会話になるかもしれないのだ。日本人は面と向かって家族や大事な人に自分がいかに彼らを愛してるかを伝えたりはしないかもしれないが、親しい人と手を握って「がんばって」でも「ありがとう」でも声を掛け合えることは、人にとっての最低限の尊厳ではないかと思う。そういう演出を考えることも、医療者の役目ではないかと思う。



2/05/2016

よろしくお願いします

 日本に帰ってきて未だになれないのが記号としての「よろしくお願いします」だ。回診で患者さんとお話して、何をどうよろしくお願いするのかよくわからないがとりあえず最後に「よろしくお願いします」という。私は言葉を額面通りに受け取ってしまうので当惑を隠せず日々を送っていた。私なら「病状はよくなっていますから治療を続けましょうね」とか「おつらいとおもいますけどお薬を用意していますからナースコールを押してくださいね、また見に来ますね」とか具体的な内容のある言葉をかける。

 が、こないだ珍しくある日本のドラマ(写真も参照)を観ていたら、告白してお付き合いすることになった男女がお互いに「よろしくお願いします」と言っていた。しかも何度も。これに及んで、「よろしくお願いします」は何かを具体的に依頼する「お願いします」ではなく、日本においてコミュニケーションを潤滑にする記号なのだと悟った。その証拠に、「よろしくお願いします」といわれた患者さんは「は?何をお願いされたのか聞いてないんだけど」と混乱することはなく、(ああなるほど回診の締めくくりだな)と納得するのか「はいどうも、よろしくお願いします」とか「ありがとうございます」とかいう。

 そもそも「よろしくお願いします」という言葉は私の知る限り日本語と韓国語にしかなく、英語に直訳するとplease treat me favorablyとなるそうだが、そんなゴマすりみたいな用法で日本で使われることはない。「今日も一日よろしくお願いします」みたいな、もはや挨拶、記号なのだ。とおもって、わたしも最近は患者さんに何かをお願いするわけではない「よろしくお願いします」を使えるようになってきたが、いつか患者さんに「は?何をよろしくお願いされるか分からないしそんなこと言われても困るんだけど」とたしなめられないかビクビクしている。



2/03/2016

Paracentesis

 米国でBaxter社がプロモートしている(がどれほど効果があるかは不明な)PD universityでのことだったと思うが、1744年に赤ワインを腹水の治療目的に腹腔内に注入した記録が残っていると聞いたなあ、などと研修医の先生が腹腔穿刺するのをスーパーバイズしながら思った。Peritoneumとはギリシャ語のperitonaion(stretch around)に由来し、紀元前1550年ころに書かれた古代エジプト医学書Ebers papyrusにも記載があるという(どうやって解読したのかしらないが・・・ロゼッタストーンか)。

 歴史上最初に腹腔穿刺を記載したとされるのは紀元前1世紀ころ古代ローマの医学書De Medicinaを著したAulus Cornelius Celsusで、青銅の管でお腹を刺す方法だったという。そういえば私が初めて初期研修病院の見学にいった日に初めて救急にきた患者さんが、自分でお腹をナイフで刺したという人だった(突き刺さったままやってきた)。「学生さんおいで」といわれて手術見学に入らせてもらったら腸管が無傷で、指導医の先生が「汁の入ったうどんに箸を刺してもうどんは傷つかないでしょ」と平然と言っていたのに驚いたのもいい思い出だ。

 歴史上の人物で腹水穿刺を受けたのはベートーヴェンで、1827年のこと。パンパンに膨れたお腹から水が放たれ「楽になった」と喜びの涙を流したが、残念ながら末期肝硬変だったようで、その二日後にはエリーズィウムに旅立ってしまったという。この手技もレントゲンも超音波も使わずに行われたのだろう。ベートーヴェンの直接死因が血圧低下だったのか、あるいは腹膜炎だったのかはわからないが、穏やかに亡くなったのだとしたらやはり「うどんは傷つかなかった」もなかったのかもしれない。

 さて今回、超音波で左下腹部に当たりをつけてブラインドで穿刺して腹水の流出があったにもかかわらず、すぐ出なくなった。で、超音波ガイド下でダグラス窩付近にカテーテルを入れなおしたが、今度はカテーテルからは自然流出があるのにチュービングをつけると出ない。それで、途中に三方活栓をつけてシリンジをつかい、手動で50mlずつ研修医の先生に抜いてもらった(しばらくしたら重力で落ちるようになったが)。手技はこういうトンチのような工夫ができるのが面白い。なお、私がいままでいた施設ではみたことがないが、持続吸引につないで腹水を排液することもあるらしいから、そうしてもよかったかもしれない。



それも大事、これも大事

 ICU、とくに内科ICUという所は原疾患を正しく診断し治療するまでのあいだ支持療法で時間を稼ぐ場所だから、初動で診断がまちがっていたり、現疾患の治療が遅れてしまっては「なにかをしているつもりでなにもしていない」ことになる。

 それは、たとえば「なおらない肺炎」の触れ込みで来ても、漫然と広域スペクトラム抗生剤を投与して待つのではなく、初療時にANCA関連血管炎や抗GBM病による肺胞出血の兆候を見逃さないで、自己抗体結果を待たずに血漿交換に踏み切る観察眼と勇気を持つということだ。そして、その結果を予見(免疫抑制、凝固異常など)しておかなければならない。

 またリンパ節生検結果待ちの悪性リンパ腫うたがいにともなう致死性自己免疫性溶血性貧血や急速に進行する臓器障害の人がいたら、外注の生検結果を漫然と待って輸血するのではなく、一日でもはやく化学療法が始められるように病理結果を問い合わせHE標本だけでもうちにあるなら見に行き、血液内科医の意見を得る(在院していなければ連絡する)ことが律速段階であり助かるための道である。化学療法の副作用も覚悟しておかなければならないが、元を断たなければ仕方ない。

 こんなとき、現場はとりあえず救命することでいっぱいいっぱいなので、手が余った人が分担してあげることも大事だなと思う。なにごともチームワーク。私が集中治療フェローシップをあんなに勧められたのにすすまなかったのは、生命維持のスペシャリストになるより重症疾患のただしい診断と治療ができる人になりたかったからだ。

 そういえば初期研修医時代に、救急搬送されてきた患者さんの救急対応でみんなのアドレナリンがあがっているあいだに、ひとりロビーで家族からながながと病歴をとって怒られたこともあった。



Armchair Detective

 armchair detectiveというのは、『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉)の影山のように話を聞いて推理する探偵のことだ。まあそんなにかっこいいものじゃないけれど、世の中の臨床的な問題はガイドラインとUpToDateに書き尽くされているものではないので、それでもわからないことはこの世に知られているところまでは調べなければならない。「わからない」といってしまったら、それで終わりだから。ほかの誰かが調べてくれると思ったら大間違いだから。最悪剖検になっても、正直いって通り一遍のことしか調べてくれないから。そしてなにより、論文がオンラインで検索できるおかげでたとえばlate-onset primary hemophagocytic lymphohistiocytosisの遺伝子異常、PRF遺伝子のさまざまな変異による免疫病態のスペクトラムであるperforinopathyなど、専門外や稀な病気であってもかなりのところまで調べることができるから。

 私は機械みたいに来る日も来る日も同じような病気を同じように治療するということはできなくて、ぜったいこれはおかしいという外れているところを見つけなければと思って(まあそれでも見逃すことはあるから難しいんだけど二度同じ間違いはしないようにして)、その時々の状況でどうすればいいかをclinical judgementを働かせながら悩み、患者さんごとの生い立ちとか個性とか家族背景とかにフォーカスをあてて共感しながらゴールを考え、医療がいろんな職種のいろんなひとたちが人間ゆえの不器用さで協力しあい危うく(内部告発するわけじゃないけど、危ういんですよ本当に…自明です)成り立っているのを受け入れながら腐らず仕事をしているわけだが、本気で調べなければならないことがあったらarmchair detectiveになってパソコンの前でサイバー攻撃のように検索をかけるのも大事な役目だと思っている。

 この作業は正直あたまが熱くなって疲れるなと思うこともあるけど、なんでもかんでもガイドラインとUpToDateで診療すればいいんだったら、それこそほんとうに誰にでもできるし。




2/02/2016

CAB(prazans)

 H+/K+-ATPaseはαサブユニットが2種類あって、α1はgastric isoform(HKα1)、α2はcolonic isoform(HKα2)と呼ばれるがそれ以外にも存在して、腎臓では遠位ネフロン、とくに介在細胞で酸排泄(とK+再吸収)に関わっている。HKα1 H+/K+-ATPaseが極小濃度のSch-28080で阻害されることは古くから分かっていた(J Biol Chem 1987 262 2077)が、この薬は肝障害などあり胃酸分泌抑制に実用化されることはなかった。

 しかし月日は流れ、H2ブロッカーがでて、PPIがでて、ついにSch-28080を修飾したH+/K+-ATPaseのK+ competitive acid blocker(CAB) がでた。まず韓国でrevaprazanが認可されて、ついで日本でvonoprazanが認可された。ドイツでlinaprazanが研究されたが効果がなく中断された。糖尿病、高血圧などと並んで胃薬は超巨大市場だから、やっぱり新薬研究は進んでいて(J Neurogastroenterol Motil 2014 20 6)、PPI徐方剤やPPI合剤、TLESR(Transient Lower Esophageal Sphincter Relaxation Reducers)などがあるようだ。

 TLESRはGABA-B、mGlucR5、CB、CCK、5-HT4、ムスカリン受容体、オピオイド受容体などをターゲットにしているらしい。ところでCABはとても強力に胃酸を抑制するが、Clostoridium difficile腸炎だの入院中の誤嚥性肺炎だのガストリン産生によるカルシノイドだのといった長期の副作用が気になる(vonoprazanの動物データでは何百倍も神経内分泌腫瘍のリスクが上がるそうだが)ほかに、コモンな副作用に下痢があるそうだ。これが、HKα2をブロックすることによる大腸でのK+喪失に関係しているのか興味がある。