6/27/2016

Direct-to-Consumer Personal Genome Testing

 先日DTC PGT(direct-to-consumer personal genome testing、消費者直接販売型パーソナル遺伝子検査)の購入者にとったアンケート調査PGenスタディの結果が米国内科学会誌にでて(Ann Intern Med 2016 164 513)、日本ではまだ関係ないなと思っていた。しかし、郵便ボックスを開けると国内会社のチラシが来ていた。なんと。ということはこれをみた人たちがたくさんいて、なかには検査を購入する人もいるだろう。DTC PGTには自分のことを知りたい病気を予防したい長生きしたいという人間の根本的な誘惑に訴える力があるが、チラシにある「本検査は医療行為に該当せず、診断ではありません」という小さな文字を誰が読むだろうか。

 で、購入者が結果について予防・治療の相談をしに病院にやってくるかもしれない。海外のデータではおおむね、DTC PGTを購入した人の2-3割が結果について医師に相談にくる。その多くは一般内科医だが、知識がなく結果の正確さと臨床への応用に疑問をもち外来時間が足りないなど準備ができていない(私も含めて;2009年の日本のアンケート研究では回答した非専門医の6割が検査そのものを知らなかった、J Hum Genet 2009 54 203)。そして今回のPGenスタディで患者側のアンケートを取ると、主治医に相談して「非常に満足」は35%、「まったく不満足」は18%、医師に知識がありそうで話し合う気があり診療に活かそうとするほど満足度が高かった。

 主治医を飛ばして専門家にかかることもあるだろう。べつのスタディで、遺伝専門家でDTC PGTの知識と結果の解釈能力を持っているべきだと感じている人は回答者の約半数とさほど多くなく、自分たちから勧めるという人は4%だった(Genet Med 2011 13 325)。なお日本遺伝カウセリング学会が認定する臨床遺伝専門医一覧をみると千数百人いらっしゃるようだが小児科と産婦人科の先生が多い。生殖医療や遺伝病を主に扱っておられるのだろう。また同学会が認定する遺伝カウンセラーは2015年12月現在182人いらっしゃるが、地域差が大きくたとえば九州には6人しかおられない。どちらも名簿が公開されているが、成人の購入者が来始めているだろうか。

 チラシにあるもうひとつの小さな文字が、「本検査のお申し込みにあたりお客様よりご提供いただいた個人情報は会員規約に基づき利用できるものとします」。「規約以外の目的で利用されることはありません」と書かないのは、規約に基づき利用するからだろう。6月25日付の英Economist誌にAll about the base(Meghan Trainorの歌、All About That Bassと掛けている)という記事が載って、ゲノムシーケンス市場規模は2020年までに200億ドルに達するとみられる。技術革新が著しく、最大手米Illumina社は、4種の塩基がナノ孔を通過する電気抵抗の違いを読む英Oxford Nanopore社、PCR不要で走査型電子顕微鏡の原理で電気抵抗を読む日本のQuantum Biosystems社はじめとする次世代シーケンサーに抜かれるかもしれない。

 そしてシーケンスされたゲノム情報は、天文学的に膨大なデータベースとして集められ、集めた会社が製薬会社と契約を結ぶ。たとえば米Human Longevity Inc社はAdstra-Zenecaと(10年で数億ドル)、英政府がつくったGenomics England社はAbbVie、Biogen、Roche、Takeda、GSKと。またデータベースのプラットフォームとなるクラウド会社は、使用料をもらう。たとえばHuman Longevity Inc社はAmazonに月100万ドル払っているという。ほかにもGoogle、中国のHuaweiなどがすでに参入して、情報処理や分析のパフォーマンスを向上させシェアを争っている。

 研究で病気がおこる遺伝的しくみが解明されたり遺伝子を標的にした治療がうまれたりするのはすばらしいことだし、ビッグデータがそれを可能にするかもしれない。カネになるから国や経済的には乗っかったほうがいいと思う。ただ現時点でのDTC PGTの臨床応用は、止めることはできないけれどどうかなと思う。米国内科学会誌は、9つの遺伝子異常(SNP)を組み合わせて糖尿病の発症を予測できるが、それよりBMIのほうがよほど強い予測因子だという臨床医的なコメントをしていた(Ann Intern Med 2016 164 564)。医師患者関係があるのでせっかく相談してくれたからには無下にしないが、患者さんに届くレポートに具体的な遺伝子名やSNPの場所などは載らないだろうし検査会社も「診断ではない」と断言してあるのでやっぱり困りそうだ。




6/25/2016

Naked mole-rat

 やっぱり動物の話は楽しい。Science誌が2013年のBreakthrough of the Yearに選んだのはがんの免疫療法で(Science 2014 342 1432)、抗PD-1抗体やchimeric antigen receptor T cell(CARとも)など研究も盛んだが、同じ年にScienceがVertebrate of the Year(今年の脊椎動物)に選んだのはnaked mole-ratだ(Science 2014 342 1444)。

 英語を直訳してハダカモグラネズミと言ってあげたいが、和名はハダカデバネズミ、裸出歯鼠。歯がでているのには理由があって、それは彼らが地中を歯で掘りネットワークになった道を作って、コロニーで社会生活を営んでいるからだ。それもアリやハチと同じ「真社会性」をもつ2種しかいない哺乳類のひとつだ(1匹の女王と繁殖能を持つ数匹のオスがいて、残りは繁殖力のない働きネズミ)。

 大きさは10cmくらい、アフリカ東部にいて毛がなく透き通った皮膚をしている(図;本物はちょっとここには)。注目されて日本でも上野はじめいくつかの動物園でみられる。



 彼らの受賞理由は、その年に彼らの驚異的な長寿(30年以上生きる)とがん抵抗性(今年になって初めて報告されるまで1例もなかった;Vet Pathol 2016 53 691)の機序を説明する研究がたくさん出たからだ。

 リバプール大学を中心とする多研究施設が2011年にゲノム解析して(2014年にscaffoldとcontigの完成度が高まり、naked mole rat genome resourceとして公開されている;Bioinformatics 2014 30 3558)、その後の研究で細胞間基質の高分子ヒアルロナン(high molecular-mass hyaluronan)分解酵素(HAS2)遺伝子に特殊なシーケンスがあるためヒアルロナンが分解されず、細胞がヒトなどの5倍も厚いヒアルロナンに覆われがん化が防がれること(Nature 2013 499 346)、リボソームが極めて正確な転写発現能を持ちエラーたんぱくをつくらないこと(PNAS 2013 110 17350)がわかった。

 ほかにも抗がん遺伝子p16とp27が異常に発現しているとか、代謝を極力落として酸化ストレスを受けないとか(そもそも酸素の少ないところに住んでいるし;ミトコンドリアや酸化還元に関する遺伝子発現に差があるらしい)、DNA repair transcriptomesの発現がつよくDNA復元経路が活性化しているとか、いろいろある。

 なお彼らは栄養分のある地下茎を掘り当てて、その内側を食べて外側を残して成長させて、を繰り返すし、代謝を落とせるので、地下茎1本でコロニー全員が何年も食べていけるという(腸内細菌がセルロースを分解できる)。ほかにも真社会性動物に固有のフェロモンに関係した食行動があるのだがここには書かない。

 この動物は長寿とがん抵抗性だけでなく、痛みを感じない(substance Pがない)、哺乳類なのにまれにしか恒温機能をつかわない(寒いと群れでくっついて暑いと深くもぐる)、などユニークすぎる。

 ちなみに私がこの動物を知ったのは、彼らにビタミンDがないからだが、よく考えたら一生地中にいる彼らにビタミンDが必要ないのは当然か。カルシウムは受動的に吸収され、あとは骨プールと腎の出納でなんとかしているようだ。

 もっとも祖先は地上にいたのでビタミンD受容体は腸、腎、Harderian腺(眼の奥にある毛づくろいの脂をだす腺)に残っているが(Gen Comp Endocrinol 1993 90 338)。彼らだけでなくUV暴露の少ない動物(コウモリなど)ではビタミンD必要量が少ないかほとんどない。


[2019年6月追記]本物についに会って来た(写真)!いうほどグロテスクでもなく、愛らしかった。