5/21/2012

骨折り損のなまくら

こないだスタッフの先生に"You can't be good at everything."といわれた。毎週、これでもかと言うぐらい学ぶことがあって、それを階段一段飛ばしにかけ登ろうとしている私。仕事と生活のバランスもあったもんじゃない。でも学びの密度が濃いのは確かだし、日一日の成長を実感できる楽しみは、何にも代えがたいと思える。
 問題は、駆け上ってどうしたいかだ。今はフェローシップだから、全てを学ぶ必要がある。全てをインテンシブに学んで、自分の診療の核となる知識と経験を積むのは良い。ふつうは、そのあと「飯を食っていく」のである。つまり仕事だ。ここで得た知識、経験、生涯学習のやり方、相談できる人脈、などで、患者さんを診察していく。それが、一人前ということ。
 それが今の私は、筋斗雲にのってお釈迦様と高さ比べをしている孫悟空か、あるいは牛と大きさ比べをしようとおなかを膨らませるカエルのようだ。全速力で知識の泉をがぶ飲みしているが、それでburn outしたのでは仕方がない。このままいけば、burn outしても無理はない。それはなぜか?それは、目標がないからだ。
 一点にフォーカスして、それが好きで、それを突き詰めれば、何をも突き抜ける強さを手に入れることができる。まんべんなく好きで、まんべんなく拭き拭きするだけじゃ、骨折り損のなまくらだ。全てを見た後で、何がしたいのか。いや、完全なるすべてを見ることなど出来ないだろう。どこかで「あれもこれもあるけど、私はこれ!」と言えなければ。
 一人以上のスタッフに"You will be successful wherever you go."とも言われている。問題は、どこにいくかだ。どこにも行けなければ、なにもできない。臨床が好きなら、なんでも一通り出来て、生涯学習しながら知識をアップデートして、全分野に少しずつ経験を積んで、患者さんによい診療を行い、職場でよく機能して、それでいいだろう。
 教育が好きなら、医学生、研修医、後期研修医(ないしフェロー)がいるところで働いて、自分のもつ知識と経験を惜しみなく与えよ。Best teacher awardを目指し、名授業、名講演ができるようになれ。また、master clinicianとして他から呼ばれるような医師になれ。研究がしたければ、grantを取って、論文を書いて、息の長い論証とよく練られた実験をして、真理をつかめ。
 多少の失敗をおそれず、多少の逆境にくじけず、強い意志をもって、第一人者を目指して突き進む。それも、好きで突き進む、その過程じたいが幸せなこと。それがフェローシップ後の人生に必要なこと。テストで90点取りましたじゃダメ。誰にも分からないこと、自分の心の中にある核が、これからの人生を動かす。

5/17/2012

Town hall meeting

 今日は初めてtown hall meetingに行ってきた。病院が財政難なので、研修医(フェローも)の保険料と自己負担額を上げるという決断がresidents' councilに断りなく行われたことに対し、猛反対が起きて実現したものだ。全ての科におよぶ、約800人の研修医とその家族に関係することなので、会場は数百人でいっぱいになった。配偶者、子供もたくさん来ていた。

 まず副学長が謝った。better communicationが必要だったと。そして君たちはとても重要な存在だ、大事に思っている、といった。そのあとで財政状況がどうの、他の大学でもやっていることだ、うちの病院でも他職種に比べて研修医は恵まれている、と決断に至った理由を説明した。経理課の人もいて、やはり同じようなことを言った。

 そのあとコメントや質問タイムになった。まずは自分たちに何の相談もなくこのような重大な決定がなされたことに対する怒りと悲しみ、なぜそうなったのかの追求が行われた。経理課の人がうまいこと言って、「これからはちゃんとする」と収めようとしていた。組合化をほのめかす発言(どうしたら私たちの権利は守られるの?)もあったが、組合という言葉自体は出なかった。経営側とのコミュニケーション、関係を始めるところから、みたいな話になっていた。

 次に、いかにこの決断が不合理であるかについての意見、他に方法はなかったのか、なぜ研修医がピンポイントに対象なのか、これは契約違反ではないか、今年からやってくる新研修医は何も知らされていない、来年からこれを知ってよい研修医が来なくなるかもしれない、など。私も「なにもbenefitを削らなくても、各人がcost-consciousになってquality improvementに励んだほうが医療費の節約になるんじゃないの?」という意見を例をあげてジョークを混ぜて発言した。同調者もいた。

 そのあと、個々人の事情について意見が聞かれた。スタッフも来ていた。他のもっといい大学に行けた志願者を「うちはbenefitが充実している」といってスカウトしてきたのに会わせる顔がない、研修医の彼らにはretirement benefitがないし、給料も安いし、家族もいる。"it's a big deal、you guys woke up sleeping tigers"と経営側の対応を批判していた。

 他にも、子供がいてbenefitが充実しているからアイオワに来た、保険があがったら治療費が払えない、とか、持病があるけど保険のおかげで治療ができている、とか、大病に掛かったが保険があったおかげでこうして働けている、とか、子供を産むのにちょうどいい時期だったのに、保険が上がったらトレーニングが終わるまで待たなければならない、それでは妊娠関連のリスクが上がってしまう、とか。

 さらには、州法を取り上げて「retirement benefitがないなど、州法でも研修医は別枠で扱われており他業種と同じbenefitでなければならないという前提はおかしい」という指摘をする者もあり、さらに「私は州法など知らないが、研修医というのは患者さんと病院のために命を捧げているようなもので、虫垂炎になっても当直業務を続けるような人達であるから、とにかくそんな私たちの受ける医療を保証しないのはおかしい」と続ける者もあった。

 経営側は、とにかく沢山の挙手に対して次々と発言をうながすばかりで、質問には余り答えなかった。逆に言うと、とにかく相手に言わせて、聞き役にまわっていた(これが英語でいう"I hear you"、同意も批判もせずただ聴くという態度だ)。質問の答えを聞かれても「あなた方の意見をまとめて、ふたたび検討して今週中にプランを発表する」に終始していた。決定の先延ばしも選択肢の一つらしいことは匂わせていたが。

 当直なので行くか迷ったが、貴重な体験だった。このような全科におよぶミーティングは滅多にない(これが初めて)らしい。Town hall meetingと言えば思い出すのはアイオワが舞台の映画"The Field of Dreams"だが、ちょっと映画みたいだった。研修医側の意見も参考になったし、経営側の対応も参考になった。これで状況がどう変わるのか、注目していよう。