4/26/2020

そうだったのか、パスタ

 「イソジン・シュガー・パスタ®」なんて、薬の名前というより、料理の名前みたいだ(写真は、ゆでたマカロニをきな粉と砂糖でまぶして作ったおやつ、筆者撮影)。なぜ、「パスタ」なのか?

 


 少し調べると、軟膏の種類である「パスタ剤」に由来することが分かった(別の商品名である、「ユーパスタ®」も同様)。しかしこれでは同語反復だ。練り練りする軟膏と、パキッとしたパスタがどうつながるのか・・。

 数日煩悶していたが、英Economist誌に載ったパスタ作りの記事(2020年4月18日付)を読み氷解した。記事にはこうある。

パスタは1人当たり約100グラムの粉(小麦粉、ヒヨコ豆粉など)を砂山のように盛って、軽く塩を振ったら中心をくぼませる。そして、粉の半量の液体(ぬるま湯、あるいは粉100グラムあたり卵1個)をくぼみに注ぎ、手でこねて練り練りする。

 そう、パスタとは「粉と液体を練り練りしたもの」という意味。軟膏のパスタは精製白糖とポビドンヨードを練ったもの。そして料理のパスタは、成形して乾燥させる前の状態(dough)からついた名前。

 というのも、前掲記事によればヨーロッパで乾燥パスタを茹でて食べるようになるのは中世にアラブ世界から乾燥技法が伝わってからという(古代エトルリアのホラティウスや古代ローマのキケロの記載によれば、焼いたり揚げたりしていたらしい)。

 なお「ペースト」も「パスタ」と同語源である。「カット・アンド・ペースト(キーボード操作のCtrl+X、Ctrl+V)などというとさらっと聞こえるが、本来は「糊塗する」くらいの語感がある言葉と改めて認識した。

 
 英エコノミスト誌がパスタ作りなどを記事にするのも、パンデミック時代に家でできる愉しみを提案しているからだが、エンターテインメントだけでなく、エンライトメントにもなった。今度、パスタでも打ってみるか。


出典はこちら




 


4/03/2020

じつはとても特別な治療

 以前に紹介したAtul Gawande先生が2017年1月23日付でNew Yorker誌に発表した"Heroism of Incremental Care(地道なケアを称える)"を、読んだ。医療政策・医療費の偏在などに対する政治的なコラムだが、医のアートに触れる内容だった。

 積極的介入・手技によって、多くの病気が「水で火を消すように」治せるようになった。手技は結果が見えやすく、成功して救命すれば、患者や家族だけでなく、医療スタッフや社会全体にまで充実感と感動を与える。

 いっぽう、表題のincremental care(地道なケア)とは、プライマリ・ケア、予防医学、慢性疾患の注意深いフォローなどのことだ。医療資源・予算の配分も少なく、専門性がないと批判されることもある。

 しかし、こうした地道なケアは、慢性的な問題に粘り強く取り組むことで長い目で効果を発揮する。また、信頼した患者が医師に問題を相談しやすくなる。こまめなフォローや、患者にあわせた対応などもしやすくなる。

 地道なケアの重要性じたいは、先生が初めて提唱したことではない。しかし、記事には、彼自身が取材して感じたこと(彼自身も外科医なので、最初は「実際のところ、どうすごいのか?」と疑問があったようだ)が紹介されていた。

 たとえば、何十年も重度の偏頭痛に悩まされた患者。あらゆる医療機関と治療を試したが効果がなく、自殺まで考えた。しかしある頭痛外来にかかり、普通に生活できるまでに回復した。

 彼が受けた治療は何か?

 それは、頭痛日記をつけ、必要時の薬と予防の薬、生活の工夫を愚直なまでに試行錯誤することだった。医師は半信半疑の患者を励ましながら、過度な期待もさせずに、ゆっくり効果がでてきていることを確認しながら、淡々と診療をつづけた。

 数年かかって、患者はふつうに生活できるようになった。

 なんということはないエピソードだが、医師の筆者が読むと、思わず涙がでる。「一般診療なんて誰でもできる」というものでは、ない。患者が投げ出してしまうこともあれば、医師が投げ出してしまうこともあるだろう(そっちのほうが、多いかもしれない)。


 当たり前のことをちゃんとやるのは、意外と難しい。