8/17/2016

Descending Chromatic Scale and Chord Progression

 以前に指導医講習会に行ったら、有名な先生がcinemeducation(映画を医学教育に用いよう)という活動を紹介していた。それだったらanimeducation(ブラック・ジャック)だってdramedication(ブラック・ジャックによろしく)だってあるが、私は宮本奈都著『羊と鋼の森』をすべての研修医に読んでほしい。私がプログラム・ディレクターだったら一括購入する、「あなたはあなたになればいい」「あきらめないで」と言葉を添えて。

 この本は心が震えるほど感動する言葉と思いが満天の星空のように散りばめられていて、その美しさは、ダイヤモンド・ダストのように冷たく凛としているのに心を涙で溶かす。そして、才能があってもなくても道を目指す(小説で言う「根気よく一歩一歩羊と鋼の森を歩いて行く」)人たちを温かく受け止める。

 さてギリシャ神話のアポロは学問や音楽などあらゆる知的文化活動の神、羊飼いを守護する戦いの神であると同時に、人々を癒す医学の神でもある(医神アスクレピウスは彼の息子だ)。だからというわけではないが、『羊と鋼の森』を読んでいるとピアノがハンマーのフェルトの数だけ羊を飼っていること、鍵盤の数が星座の数とおなじ88なこと、それに☆の角である5をかけた440ヘルツが標準音Aの周波数なこと、ヘルツ(心臓)は元々心拍音のことなどが包括的に得心される。

 といううんちく話とはべつに、私はアメリカで音楽療法の効果を目の当たりにしたし、日本の病院にいて院内コンサートに参加したときも、自己満足ではなく患者さんの回復になにか貢献できればと思っていた。だからピアノを習ってまだ1年だが、中学校英語でもはっきり自信を持って弾けば人の心を動かせると思って就業時間が終わると常勤医の先生が寄付したピアノを弾いている。そして、患者さんの回復、患者さんの家族の救い、医療スタッフに叡智が授けられその手に狂いがないことを願って祈る。

 などとなんで書くのかというと、カノン進行が簡単だけれど人々の琴線に触れる感動の進行だと最近実感して、ここに紹介して広がればいいなと思ったからだ。わたしはプロトタイプであるパッヘルベルのカノンニ長調(D major)に準じてD - A on C# - Bm - Bm on A - G - D on F# - Em7 - Asus4 - Dを弾く。左手はDメジャーの音階をおりるだけ。最初にadd 9してみたり中程でΔ(Major 7th)を加えたりバリエーションをつけられる。

 で、この進行をもちいたメロディーはほんとうに星の数ほどある。年がバレるがぱっと思いつくだけで岡本真夜「TOMORROW」、ZARD「負けないで」、KAN「愛は勝つ」、X JAPAN「ENDLESS RAIN」、川嶋あい(写真は渋谷1000回ライブ)「I WISH 明日への扉」。で、例によってGoogleで「カノンコード」と検索したら、ほんとうに信じられないほど多くの曲が出てくる。

 J-POPだけで「勇気100%」「守ってあげたい」「さくら(独唱)」「翼をください」「明日への扉」「さくらんぼ」「ヘビーローテーション」「Give Me Five」「会いたかった」「上からマリコ」「クリスマスイブ」「終わりなき旅」「守ってあげたい」「真夏の果実」「空も飛べるはず」「シングルベッド」「桜坂」「Love is…」「出逢ったころのように」「Buttefly」「壊れかけのRadio」「ALONE(B'z)」「ハナミズキ」…。

 この話はテレビ番組で紹介されたらしく、J-POPの基本なので多くの人に知られているだろう(私も「負けないで」と「TOMORROW」が一緒なことは感覚的に知っていた)が、医療の一部として紹介したかった。医療従事者はやさしいし、ピアノが好きな人もおおいから、感動コード進行による自分と周囲のひとたちの免疫賦活化、赦されて受け入れられているという支え、セルフ・イメージの向上などのために祈りながら、毎日どこかで弾いている人たちがいてほしい。

 

8/10/2016

Price of Miracle

 医学に興味を持ったきっかけはDNAの二重らせんとセントラルドグマ(DNAからRNAへの転写、RNAからたんぱく質への翻訳によりいのちと身体ができる仕組み)。医療に興味を持ったきっかけは南木佳士先生と若月俊一先生(写真;佐久総合病院サイトより)。この出会いがなかったら高校3年生の夏に文系だった私が医学部進学に転向することもなかった。
 わざわざ縁もゆかりもない北海道大学医学部を受験したのは、当時そこでおそらく日本初のADA欠損症に対する遺伝子治療が行われていたから(であって、佐々木倫子『動物のお医者さん』とは関係ないはずである)。残念ながら受験前に凍結した路面で滑り、そのまま試験も滑ったが、もし受かっていたら私はここにはいない。
 さて北大医学部が遺伝子治療を行ったのは1995年だが、それから時を経て欧米を中心に遺伝子治療が国と製薬会社主導でどんどん進んでいる。血友病B、ADA-SCID、家族性高カイロミクロン症(Glybera®)、遺伝性網膜病(SPK-RPE65®)。SPK-RPE65®などは目が見えないひとの目が見えるようになるんだから奇跡だなと思う。
 で、またお金の話になる。遺伝子治療は単一遺伝病を対象にするので患者数が少なくカネになりにくい。しかし単価を吊り上げると誰も買わない(Glybera®は100万ドルで発売して2012年から1件しか売れなかった)。そこで企業がコストダウンの努力をしつつ導入した概念がoutcome-based systemという。
 要するに「お薬は高いけど、これで治って通院加療が不要になって、患者さんが働くなら社会として安いでしょ」ということだ。それでC型肝炎のDAAに法外な値段がつく。しかし治療する医師もハッピー、製薬会社もハッピー、患者さんもハッピー、保険と国もハッピー、勤務先もハッピーで社会全体が「三者一両得」みたいなことがほんとうにあるのか。有限な財源をどうするか、倫理の話だなと思う。


8/09/2016

Can't Take Away Dignity

 Greatest Love of AllといえばWhitney Houstonの曲だと思っていたが、彼女が1985年に発表して各国のチャートをさらう前、George Bensonが1977年に出したのがオリジナルだった。いずれにしてもその歌詞には「私はずっと前に誰かの影は絶対に生きないと決めた。失敗しても成功しても、少なくとも自分が信じるように生きた。私から何をとっても、私の尊厳だけは取ることができない」という節がある。ここで強く歌いあげられた「尊厳」がdignityという語である。それくらい、dignityというのは重要な概念だと私は思っている。
 だから、患者さんのケアにおいてこれが妥協される状況を私は忍容することができない。角が立たないように自分が患者だった時のことを話すが、たとえば受診したクリニックで医師が「では胸の音を聴きますね」というなり、どんな資格をもっているのか知らない助手が服を勝手にまくり上げ、「じゃあ背中」というなり丸椅子を回したとき。しかもそこに「時間がないんだよこっちは」という気持ちが見え見えなとき。
 患者さんはモノじゃないし、買い物に来たお客さんでもない。苦しくて来ている人だ。優しい声掛け、怒りもやりきれなさも受け止め理解しようとすること、共感すること、肩に手を当てるなどのしぐさ、といったマナーは当然だと教えられて育った私はほんとうに幸運だと感謝している。指導医と患者さんがフィードバックしてくれた。ただ患者さんからのフィードバックは日本では難しいかもしれない。そもそも患者と医師で椅子が違う(図;元はこちら)ところからして、私などはおかしいと思ってしまう。



8/05/2016

Little More Action Please

 "Little less conversation"といえば、2002年にJunkie XLがアレンジしたプレスリーの曲で、「little less conversation and little more action please(お話もいいけど行動しましょう)」という歌詞が繰り返される。私はまだ研修病院にいて「頭とお口もいいけど手と足も動かしながらね」とかそういうことも一応指導する立場にあるので、指導させていただいている。といっても、お口で言うだけではできるようにならないので、手と足を動かしてお伝えするようにしている。

 頭で考えたことを本当に実現するから人類はここまできたのであって、空も飛べるし海底にももぐれる。その道のりは時に困難だけど、いつかどこかで行動しなければ始まらない。それを例示するお話として、ハッブル望遠鏡のことを読んだ。宇宙望遠鏡の概念は1923年から提唱されていたが、ロケット技術の進歩で現実味をおびて戦後にプロジェクトがはじまった。NASAは1962年にOrbiting Solar Observatory、1966年にOrbiting Astronomical Observatoryを打ち上げ実験して、1968年に本格的にHubble宇宙望遠鏡計画がはじまる。

 望遠鏡設計だけでなく、地上ソフトウェア開発機関であるAURA(Association of Universities for Research in Astronomy)コンソーシアムにより運営されるSpace Telescope Science Instituteも1981年に設立された。AURAはアメリカ39の大学と7の国際学術機関からなり、技術開発を独り占めしたかったNASAと学界の権力争いで生まれた。完成後も1986年のチャレンジャー号事故で延期され、窒素充填室での管理費用だけで月600万ドルを払いながら1990年にディスカバリー号で打ち上げられた。

 しかし、よく知られているように鏡面に0.0022mmだけ設計より平らな歪みがあって解像度が5%に低下。修正ソフトウェアの開発では限界があり、1993年に修正光学系COSTAR(Corrective Optics Space Telescope Axial Replacement)を設置する初の船外ミッションが行われ成功。以後バッテリー、メインカメラ、ジャイロスコープ、太陽光電池パネルなどを交換する船外ミッションを次々に成功させた。2003年のコロンビア号事故で中止されていた最後のミッションが、2009年に世界中の熱望で実現した。軌道旋回などによる機体の劣化・破損により徐々に高度を下げて2021年までに地上におちると予想されているが、今のところなんとか機能している。

 考えていたことを、本当に実現してしまった。これでブラックホール理論など頭のなかで考えられていたことが実際に裏付けられた。またハッブルの名前のもとであるアメリカの天文学者Edwin Hubble博士が証明した「多くの『星雲(nebulae)』は天の川の外にある銀河である」という説も、ハッブルによって綺麗に映し出された。そう、綺麗といえばハッブルのデータは地上の誰もみることのできない、また想像することもできないほど美しい。こんなものが普通にJPEGフォーマットで送られてくるんだからすごい(ハッブル・ヘリテージ・プロジェクトとして管理されている)。

 ハッブルが落ちたらどうしよう?James Webb Space Telescopeが2018年に打ち上げ予定だ。いまのところ大きな宇宙事故がないので、ものすごい大恐慌か戦争がおきなければ大丈夫だろう。ハッブルは直径2.4mの一枚鏡だが、これは6.5mで、六角形の鏡が複合した形をしている(図)。またハッブルは大気圏上層の近いところを周るが、これはもっと遠い第2ラグランジュ点付近を周る。しかしこの宇宙望遠鏡の開発には、ヨーロッパ(EU加盟国も非加盟国も)とアメリカが関わっているのに、日本の名前はない。お金ならあるだろうし研究者の先生方もいるだろうに。自前でやるつもりなのか。



8/03/2016

Beyond Trillion Dollars

 日経をよむと、ときどき医学雑誌かと思うくらい紙面が医療関係で占められていることがある。透析だけでも、ドイツの世界最大手フレゼニウス社(透析だけでなく欧州43の病院を傘下に持つ巨大グループ)がBrexit後もドイツ株を牽引しているし、東レは香港、ニプロはインドでそれぞれダイアライザの量産に走り、アジアの爆発的な医療需要に商機をみている(こないだ医療経済は糖尿病なしでまわらないと書いたが、現実に増え続けているのでしかたない)。ほかにもPD-1拮抗薬のライセンスをもつ小野薬品が最高益をだしたり、GlaxoとGoogle子会社Alphabetが生体電子工学事業を立ち上げたり、いろいろだ。
 それだけ企業が医療に進出してくる時代なわけだが、そこにやってくるのを周到に準備しているのではないかと私が密かに思っているのが、ほかのサイトや商業を食いつぶし(ついにYahoo!も経営破綻した)税金を巧みに節約しながらTrillion Dollars(1兆ドル)企業に成長するとみられるビッグ4、Google、Facebook、Amazon、Apple社だ。彼らを地獄の黙示録にでてくる四騎士(子羊が封印を解くたびに世界の破滅のために現れる、白、赤、黒、青ざめた馬にのったhorseman;図)に比較するひともいるが、私は医師で希望を持つのが仕事だから、そうは考えたくない。
 イギリス帝国の平和のもと植民地経営と貿易で富を集めた東インド会社とちがって、これらの4企業は利便性や快適性といったサービス(すなわち人類への奉仕)でお金を儲けているので、きっと儲けに儲けたあとには医療と教育分野に進出すると思いたい(NYUのScott Galloway教授はこれをMeaningfulからProfoundへの変化と呼んでいる)。Google Docsはドキュメント、Google Scholarは論文検索だが、いまにAIを使ったGoogle Doctor、Google Teacherができるかもしれない。もっともGoogleはプラットフォームを作る会社だから、自己参加型の高水準のe-learningと効率化された教師によるフィードバックを実現したKahn Academyのようなシステムが動く環境を整えるかもしれないが。自前でつくるとしたらApple社か(iDoctor、iTeacherなど)。
 これらの企業が医療に本気で進出してきたら、どうなるのか。セキュリティと責任の所在の問題があるので、現実にiDoctorがモニターで「どうしました?」ということはないと思う。来るのはAI-guided medicineだろう。主診断名をいれたら疾患の基本診断・治療情報が表示されるようにはできる。初学者が好きな診断アルゴリズムなどもAIが得意とする分野だからすぐ代行してくれそうだ。オーダーミスや院内合併症なども人間より正確に監視してくれるだろう。画像診断のことはこないだ書いたし、外科でもロボット手術だけでなくスマート・スレッド(手術の糸にセンサーがついていて張力などを測定し傷の治りをモニターする)などが開発中だ。また、今はやりのI of T(internet of things)でバイタル端末、電子カルテ、ナースステーション、SPD(在庫)などがひとつにつながるだろう。
 これらを取り入れたスマートホスピタルを、ビッグ4のどこかが建設するかもしれないし、経済特区で国と協力して実験を始めるかもしれない。お金のことは、知らないがなんとかするだろう。スマートホスピタルとAIへの質問は、これが医療の質をあげるかということと、医療従事者の仕事を奪うかということだ。最初の質問だが、おそらく上がると思う。AIが人間の脳を置き換えるものではなく、アシストするものとして使われる以上は。ふたつ目の質問は、放っておけばある程度は奪うだろうが、やはり医療はAIがすべてを置き換えることはできない領域だと思う。
 ただ働き方は大きく変わり、医師のばあいAIを作る側にいける知識・経験をもったエキスパートと、AIが手を出せない技術系のテクニシャン、AIのガイダンスをもとにきちんとした診療をしつつ、患者さんとの時間を大事にして人間性の高いプライマリケアを提供するジェネラリストに三極化するかもしれない。医師の負担を減らすことと職を確保することと患者さんに益があることがすべて満たされれば一番いいのだが。と、Google Medicineなどがあるわけでもないのに勝手なことばかり書いたが、彼らが考えてないとは思えない。歴史を知り情報を得るほど私たちは未曾有の社会変化を経験している気がするので、杞憂に終わってもよいから準備は必要だと思う。