8/03/2016

Beyond Trillion Dollars

 日経をよむと、ときどき医学雑誌かと思うくらい紙面が医療関係で占められていることがある。透析だけでも、ドイツの世界最大手フレゼニウス社(透析だけでなく欧州43の病院を傘下に持つ巨大グループ)がBrexit後もドイツ株を牽引しているし、東レは香港、ニプロはインドでそれぞれダイアライザの量産に走り、アジアの爆発的な医療需要に商機をみている(こないだ医療経済は糖尿病なしでまわらないと書いたが、現実に増え続けているのでしかたない)。ほかにもPD-1拮抗薬のライセンスをもつ小野薬品が最高益をだしたり、GlaxoとGoogle子会社Alphabetが生体電子工学事業を立ち上げたり、いろいろだ。
 それだけ企業が医療に進出してくる時代なわけだが、そこにやってくるのを周到に準備しているのではないかと私が密かに思っているのが、ほかのサイトや商業を食いつぶし(ついにYahoo!も経営破綻した)税金を巧みに節約しながらTrillion Dollars(1兆ドル)企業に成長するとみられるビッグ4、Google、Facebook、Amazon、Apple社だ。彼らを地獄の黙示録にでてくる四騎士(子羊が封印を解くたびに世界の破滅のために現れる、白、赤、黒、青ざめた馬にのったhorseman;図)に比較するひともいるが、私は医師で希望を持つのが仕事だから、そうは考えたくない。
 イギリス帝国の平和のもと植民地経営と貿易で富を集めた東インド会社とちがって、これらの4企業は利便性や快適性といったサービス(すなわち人類への奉仕)でお金を儲けているので、きっと儲けに儲けたあとには医療と教育分野に進出すると思いたい(NYUのScott Galloway教授はこれをMeaningfulからProfoundへの変化と呼んでいる)。Google Docsはドキュメント、Google Scholarは論文検索だが、いまにAIを使ったGoogle Doctor、Google Teacherができるかもしれない。もっともGoogleはプラットフォームを作る会社だから、自己参加型の高水準のe-learningと効率化された教師によるフィードバックを実現したKahn Academyのようなシステムが動く環境を整えるかもしれないが。自前でつくるとしたらApple社か(iDoctor、iTeacherなど)。
 これらの企業が医療に本気で進出してきたら、どうなるのか。セキュリティと責任の所在の問題があるので、現実にiDoctorがモニターで「どうしました?」ということはないと思う。来るのはAI-guided medicineだろう。主診断名をいれたら疾患の基本診断・治療情報が表示されるようにはできる。初学者が好きな診断アルゴリズムなどもAIが得意とする分野だからすぐ代行してくれそうだ。オーダーミスや院内合併症なども人間より正確に監視してくれるだろう。画像診断のことはこないだ書いたし、外科でもロボット手術だけでなくスマート・スレッド(手術の糸にセンサーがついていて張力などを測定し傷の治りをモニターする)などが開発中だ。また、今はやりのI of T(internet of things)でバイタル端末、電子カルテ、ナースステーション、SPD(在庫)などがひとつにつながるだろう。
 これらを取り入れたスマートホスピタルを、ビッグ4のどこかが建設するかもしれないし、経済特区で国と協力して実験を始めるかもしれない。お金のことは、知らないがなんとかするだろう。スマートホスピタルとAIへの質問は、これが医療の質をあげるかということと、医療従事者の仕事を奪うかということだ。最初の質問だが、おそらく上がると思う。AIが人間の脳を置き換えるものではなく、アシストするものとして使われる以上は。ふたつ目の質問は、放っておけばある程度は奪うだろうが、やはり医療はAIがすべてを置き換えることはできない領域だと思う。
 ただ働き方は大きく変わり、医師のばあいAIを作る側にいける知識・経験をもったエキスパートと、AIが手を出せない技術系のテクニシャン、AIのガイダンスをもとにきちんとした診療をしつつ、患者さんとの時間を大事にして人間性の高いプライマリケアを提供するジェネラリストに三極化するかもしれない。医師の負担を減らすことと職を確保することと患者さんに益があることがすべて満たされれば一番いいのだが。と、Google Medicineなどがあるわけでもないのに勝手なことばかり書いたが、彼らが考えてないとは思えない。歴史を知り情報を得るほど私たちは未曾有の社会変化を経験している気がするので、杞憂に終わってもよいから準備は必要だと思う。