以前に指導医講習会に行ったら、有名な先生がcinemeducation(映画を医学教育に用いよう)という活動を紹介していた。それだったらanimeducation(ブラック・ジャック)だってdramedication(ブラック・ジャックによろしく)だってあるが、私は宮本奈都著『羊と鋼の森』をすべての研修医に読んでほしい。私がプログラム・ディレクターだったら一括購入する、「あなたはあなたになればいい」「あきらめないで」と言葉を添えて。
この本は心が震えるほど感動する言葉と思いが満天の星空のように散りばめられていて、その美しさは、ダイヤモンド・ダストのように冷たく凛としているのに心を涙で溶かす。そして、才能があってもなくても道を目指す(小説で言う「根気よく一歩一歩羊と鋼の森を歩いて行く」)人たちを温かく受け止める。
さてギリシャ神話のアポロは学問や音楽などあらゆる知的文化活動の神、羊飼いを守護する戦いの神であると同時に、人々を癒す医学の神でもある(医神アスクレピウスは彼の息子だ)。だからというわけではないが、『羊と鋼の森』を読んでいるとピアノがハンマーのフェルトの数だけ羊を飼っていること、鍵盤の数が星座の数とおなじ88なこと、それに☆の角である5をかけた440ヘルツが標準音Aの周波数なこと、ヘルツ(心臓)は元々心拍音のことなどが包括的に得心される。
といううんちく話とはべつに、私はアメリカで音楽療法の効果を目の当たりにしたし、日本の病院にいて院内コンサートに参加したときも、自己満足ではなく患者さんの回復になにか貢献できればと思っていた。だからピアノを習ってまだ1年だが、中学校英語でもはっきり自信を持って弾けば人の心を動かせると思って就業時間が終わると常勤医の先生が寄付したピアノを弾いている。そして、患者さんの回復、患者さんの家族の救い、医療スタッフに叡智が授けられその手に狂いがないことを願って祈る。
などとなんで書くのかというと、カノン進行が簡単だけれど人々の琴線に触れる感動の進行だと最近実感して、ここに紹介して広がればいいなと思ったからだ。わたしはプロトタイプであるパッヘルベルのカノンニ長調(D major)に準じてD - A on C# - Bm - Bm on A - G - D on F# - Em7 - Asus4 - Dを弾く。左手はDメジャーの音階をおりるだけ。最初にadd 9してみたり中程でΔ(Major 7th)を加えたりバリエーションをつけられる。
で、この進行をもちいたメロディーはほんとうに星の数ほどある。年がバレるがぱっと思いつくだけで岡本真夜「TOMORROW」、ZARD「負けないで」、KAN「愛は勝つ」、X JAPAN「ENDLESS RAIN」、川嶋あい(写真は渋谷1000回ライブ)「I WISH 明日への扉」。で、例によってGoogleで「カノンコード」と検索したら、ほんとうに信じられないほど多くの曲が出てくる。
J-POPだけで「勇気100%」「守ってあげたい」「さくら(独唱)」「翼をください」「明日への扉」「さくらんぼ」「ヘビーローテーション」「Give Me Five」「会いたかった」「上からマリコ」「クリスマスイブ」「終わりなき旅」「守ってあげたい」「真夏の果実」「空も飛べるはず」「シングルベッド」「桜坂」「Love is…」「出逢ったころのように」「Buttefly」「壊れかけのRadio」「ALONE(B'z)」「ハナミズキ」…。
この話はテレビ番組で紹介されたらしく、J-POPの基本なので多くの人に知られているだろう(私も「負けないで」と「TOMORROW」が一緒なことは感覚的に知っていた)が、医療の一部として紹介したかった。医療従事者はやさしいし、ピアノが好きな人もおおいから、感動コード進行による自分と周囲のひとたちの免疫賦活化、赦されて受け入れられているという支え、セルフ・イメージの向上などのために祈りながら、毎日どこかで弾いている人たちがいてほしい。