1/31/2011

Rh mismatch

 血液型がRh陰性の人は日本では稀で、Rh不適合輸血については正直あまり知らなかった。今回Rh陰性の男性にRh陽性の血液を輸血することになり、輸血センターの先生から色々学んだ。前提として、Rh陰性の人はRh陽性の血液を受ける(または晒される)ことで、抗Rh抗体を作ってしまう。それで、たとえばRh陰性の女性がRh陽性の赤ちゃんを身ごもった場合には抗体ができないようにRhoGAMという中和抗体を用いる。いったん抗体ができてしまうと、Rh陽性の第二子ができた場合に抗体が赤ちゃんを攻撃してしまうからだ。
 さて妊娠が関係ない場合にはどうか。ガイドラインによれば、18才以上の男性・50才以上の女性についてはRh陽性の血液を輸血してもよいらしい。ただし抗Rh抗体がまだ無い場合に限る。もし抗体が出来てしまったら、Rh陽性の血液は輸血しても壊されてしまう(のみならずさまざまな危険が伴う)のでRh陰性の血液を輸血しなければならない。抗体ができるには数カ月を要するという。それで、今回の例では抗Rh抗体が無いことを確認してRh陽性の血液を輸血することになった。

1/27/2011

Six of one, half a dozen of another

 "six of one, half a dozen of the other"とは、「二つの選択肢の間には実際のところ違いがなく、どっちみち同じ」という意味。日本語の熟語で言えば、朝三暮四、同工異曲、大同小異、五十歩百歩などが近い。

 患者さんに病状を「Aかもしれないし、Bかもしれない」と説明したら、この表現が返って来た。私からすればAとBは病気のタイプ、治療法、予後が異なるのだが、患者さんからすれば大同小異だったのだろう。

 一人目の患者さんは、他院で挿入されたpermanent IVC filterに塞栓が引っ掛かり静脈鬱滞をきたし、腎静脈以下の下大静脈から両腸骨静脈、大腿から下腿にいたる広範囲な塞栓症を作って搬送されてきた。
 
 塞栓とフィルターを除かなければ下肢血流が途絶する恐れがあるが、塞栓を除くにも抗凝固・線溶剤を使えば出血のリスクが高い。フィルターを除くのは(permanentなので)不可能ではないが実験的な手段だし、除けば塞栓が肺に飛ぶ恐れがある。

 下肢血流の途絶、出血、肺塞栓・・これらはいずれも違う病態だが、患者さんからすればどれも困った事態であることに変わりない。

 二人目の患者さんは目の奥が痛いというので、腫瘍の転移や感染症(化学療法後のneutropenic feverで入院していた)を心配してMRIを撮った。しかし腫瘍であれ感染症であれ、患者さんにとっては"one of six or half a dozen of another"というわけ。

 ちなみにMRIでは症状と一致する側の錐体尖にopacified air cellsが見られ、otology(耳鼻科の中でも耳だけを専門にする科)に掛けたらpetrous apicitis(錐体尖炎)という。でも結局何によるものかまでは分からず、外来でフォローすることとなった。

 画像診断上コレステリン肉芽腫ではないようだが。enhancing lesionではないとはいえ、病歴からは腫瘍の転移が強く可能性として残るので注意が必要だ。



(Wikipedia "Six pack rings"より引用)




1/15/2011

Connotation

 言葉についたイメージのことをconnotationというが、それでふとweaningという言葉を思い出した。これは本来「赤ちゃんを乳離れさせる」という意味だが、集中治療では「人工呼吸器から離脱させる」という意味で用いられる。しかし私が一緒に働いたある集中治療医はこの言葉が大嫌いであった。weaningというと、人工呼吸器サポートを受けている状態があたかもお母さんの愛にはぐくまれ乳を吸いながら過ごしている赤ちゃんのごとく快適なように聞こえると彼は言う。実際には人工呼吸器につながれた状態は苦しく、鎮静・鎮痛剤を大量に必要とし、肺炎・じょく創の元になる。患者さんをこんな状況に安住させてはいけないのである。だから一刻も早く挿管を必要とするに至ったプロセスを取り除いて患者さんを人工呼吸器から解放しなければならないという意味で、彼は"liberate from ventilator"という言葉を使っていた。それ以来私も彼の考えに同意して、weaningという語は使わなくなった。

1/11/2011

抗GM-CSF抗体

 外来の医師控室にNew England Journal of Medicineの記事があり、先週号のClinical problem-solvingだった。ぜんそくの既往のある若い女性が、上気道感染を機に数カ月の経過で増悪する呼吸苦をきたしたというストーリー。喘息に似た疾患(間質性肺疾患、Churg-Strauss、ABPAなど)を考えていたら、CTで"crazy-pavement pattern"が見られpulmonary alveolar proteinosis(PAP)の診断に至った。

 抗GM-CSF抗体のtiterが高く、GM-CSF注射を行い良くなったという。この疾患はこちらに来てから何人か見たことがあるが、みな数カ月に一度の肺洗浄をされていた(肺を右も左も気管支鏡で丸洗いするという治療)。抗GM-CSF抗体については、これがあることでGM-CSFが中和されてマクロファージの増殖・活動が異常になるという病態機序が唱えられている。ただしGM-CSF治療については一定した評価を得るまで至っていない。




 [2019年8月追記]上記のクレイジー・ペイヴメント・パターンは、もはやPAPだけの特徴ではなく、ARDS・心不全・肺炎など幅広い疾患で診られることが分かっている(米国胸部学会のサイトも参照)。

1/05/2011

Oncology

 ひさしぶりに腫瘍内科ローテーションが始まった。分子生物学、ウイルス学、免疫学などがintegrateされた学問でfascinatingだ。たとえばhead and neck cancerではHPVウイルス(とくに発がん性の高いHPV-16と18)がリスク因子であるが、ウイルスのDNAがコードするタンパク質(早期に転写翻訳されるE6、E7)ががん予防遺伝子のp53やRBを抑制したり、細胞周期を廻すのに関与するp17を異常発現させたりすることで発がん作用を起こすと学んだ。
 病理組織がHPV陽性の例は、より若い人に多くみられ、舌根と扁桃が圧倒的に多い。陰性のものにくらべ予後がよいが、陽性でも他のリスク因子(飲酒、喫煙、噛みタバコなど)がある場合は変わらない。予防目的にHPVワクチンを(cervical cancer予防だけでなく)head and neck cancerに用いてはどうかという話もある。cervical cancerほど患者数は多くないが、頭頚部がんは手術しても放射線治療しても大がかりになるばかりでなく、発声・嚥下など基本的な機能が侵されるので検討の価値はあると思う。
 免疫学といえば、治療(予防でなく)目的のがんワクチンがホルモン療法に不応の前立腺がんに応用され始めている。Sipuleucel-T(商品名Provenge)は、患者さんの白血球(とくに抗原提示細胞)を取り出し、がん細胞に特異な抗原(prostatic acid phosphatase)とGM-CSFと混ぜて培養することで、がん細胞をやつける白血球に育てそれらを増殖させたもの。これを患者さんの体内に再び戻すことで、がん細胞に対する免疫反応を起こすのが狙いだ。
 こういった話が回診で盛りだくさんに出てくるのでウキウキする。分子標的療法の話はさらに楽しい。今日はフェローがmetastatic melanomaに対する抗CTLA4モノクローナル抗体(ipilimumabとtremelimumab)の話をした。CTLA4はT細胞活性化に必要なco-stimulation(B7とCD28の結合)を邪魔するので、この抗体でCTLA4を駄目にするとT細胞活性化が促されがん細胞に対する免疫反応が進むという仕組みだ。生存期間を数カ月伸ばしたという研究結果がでている。
 このCTLA4に関しては、さらに話が広がる。この分子を逆にはびこらせれば、co-stimulationが邪魔されT細胞活性化が起こらなくなると考えられる。それで、実際にCTLA4-Igという分子標的療法(たとえばAbatacept、商品名Orencia)が自己免疫疾患や移植後の免疫抑制に用いられ始めている。免疫学が幅広い分野に応用されているのをみて、これが21世紀の医学なのだろうなと痛感する。ともあれ、勉強することが沢山あって飽きることがない。