12/15/2009

Eureka

 診療においては、病歴聴取が最も大事である。なぜ?どうして?と考えながら問診しなければたどり着けない答えがある。また、状況を想像して、五感を感じながら考えることも重要だ。忙しい臨床現場ではあるが、最近これが研ぎ澄まされている気がする。なんだか自分が探偵のように思えてくる。そして、正しい答えにたどり着いた時の喜びは、eurekaというよりはhigh five(同僚と高く掲げた手のひらどうしパンとする)な感じだ。逆に、最初にしっかり病歴をとらないと、あとあと後追いでくだらない検査ばかりする羽目になって(しかもたいてい答えにはたどり着かない)医師・患者ともに不快である。

 ある患者さんが黒色下血で来院した。黒色下血はたいてい上部消化管(胃、十二指腸)由来なので、そのあたりに潰瘍ができている可能性が高い。でも理由なく潰瘍ができるわけがない。よほど血液がサラサラすぎる場合は別だが、この患者さんは抗凝固剤を内服していたものの、血液の固まりにくさはちょうど治療域の範囲だった。なにか理由があるはずだ。鎮痛剤の飲みすぎで胃が荒れた?⇒そんなことはない。おなかも痛くない。ストレスか?⇒夫を含む親しい家族が相次いで数週間前に亡くなったという。これだ。案の定、胃カメラで胃潰瘍が見つかった。念のために直腸カメラもしたが出血源になるような病変は見つからなかった。

 ある患者さんが左足首からすね辺りまで赤く腫れあがって入院になった。軟部組織(皮膚、皮下脂肪)の感染症だ。なぜか?たいていは足の傷から細菌が入り込むのだが。後輩の先生は、「聴いたけど患者さんは足に傷なんてなかったと言ってます」と。私がよくよく話を聞くと、足爪下の甘皮を掃除するのが習慣で、数日前に傷つけてしまったという。

 経口の抗生剤を数日処方されたのによくならないという。なぜか。感染症じゃないのか?⇒足の傷からして感染症だろう。念のため深部静脈血栓症を疑ったが静脈エコーは陰性だった。抗生剤が当たっていないのか?⇒最近の入院歴もなく、MRSAをつよくは疑わない。足首じたいに問題があるのか?⇒数週間前に足首を捻挫したと判明。これだ。骨折の可能性も考えたけれど、すくなくとも骨自体に圧痛はないし、単純X線(レントゲン)も陰性だった。

 ある患者さんが失神で入院になった。日曜日12時ころに教会のミサで、ハンドベルを持って高い椅子に座っていたら倒れてしまったのだという。なぜか。直前に何をしていたのか。実は朝起きてすぐ内服するはずの薬を忘れてしまい、娘に取ってきてもらって11時に内服したという。その中には利尿薬が含まれており、案の定患者さんはトイレに行きたくなったが我慢していたそうだ。ハンドベル演奏のために緊張してベルを持って、さあ演奏が始まる、とベルを振り上げたところで記憶がないという。尿意切迫と緊張で自律神経の調節が狂った、迷走神経反射と思われる。

 ある妊婦の患者さんが髄膜炎で入院した。髄液検査の結果からは細菌性よりもウイルス性が疑われる。ウイルス性髄膜炎といえば下痢を起こすウイルス、口内炎を起こすウイルス、風邪を起こすウイルスなどがおもな原因だけれど、話をちゃんと聞くと、最近口唇ヘルペスができていたことがわかった。おそらくHSV-1による髄膜炎であろう。髄液検査の結果、細菌培養も無事陰性にでて、抗ウイルス剤で数日治療することになりそうだ。

 ある患者さんが失神で入院した。昨夕にリクライニングチェアでそのまま寝てしまったのが、翌朝起きたと思ったら気を失って、気づいたら床に倒れていたという。診察すると患者さんからどうにも煙臭(ただのタバコというより囲炉裏のある古い家屋のような香り)がプンプンする。頭痛もするというし、CO中毒か?⇒血液検査でCOHb 10%、おそらくそうであろう。100%酸素を投与したら頭痛は随分良くなった。

 なぜCO中毒なのか。家の暖房は正常に作動していたし、同居の母親はなんともない。喫煙者ではCOHbが上昇することがあるけれど・・このまま迷宮入りか、と諦めかけていたが、患者さんと話していると実は昨夜に寝たばこをしたまま寝てしまった(翌朝タバコを持っている指を火傷してしまった)という。おそらくそれが原因でしょう、家を焼かなくてよかったね、と私も患者さんも苦笑。

don't count your chickens

 腎臓内科のフェローシップの面接にあちこちから呼ばれだした。レジデンシーのときには完全な無名、外国の病院からの応募だったこともありツテのないところからは一切呼ばれなかったが、今回は特にツテもないのに招待状がくる。米国のある程度ちゃんとした病院で研修し、ちゃんとした評価を受け、ちゃんとした学術活動をしていれば、相応の顛末になるのだなあと実感する。
 とはいえ、面接に呼ばれたくらいではしゃいでいる場合ではない。自分の目標、専門的な医学知識、臨床経験、プログラムについての情報など、いわゆる「面接対策」「質問対策」をしなければならない。私はどうもそういう準備無しで押し通してしまうことが多いが、準備次第で将来が変わりうると思うと、今回はちゃんとしようと思う。

12/09/2009

women's lab coat

 病院は年に2着のネーム刺繍つき白衣を支給してくれる。今の白衣がぼろくなってきたので先月頼んでいたのが、やっと届いたという知らせを受けた。喜んで貰いに行って、さっそく着替えてみると何だかおかしい。第一に、小さい。Mサイズにしたのがよくなかったのだろうか。第二に、ボタンが左側についていて非常にボタンを掛けにくい。左利き用か?といぶかっていると、第三には背中にベルトのような帯が付いている。さっそく同僚の白衣と照合してみると、なんと女性用の白衣だった。男女の白衣がこんなに違うとは知らなかった。名前から女性と勘違いされたのだろうか。さっそく当該部署に報告して男性用をオーダーしなおしてもらった。さてこの女性用白衣、捨てても使っても好きにしていいと言われた。それで、ボタンをしなければきつくないので、しばらくは使うことにした。

senior debut

 今月から後輩の先生たちと一緒に働くようになった。幸い彼らが有能で仕事をこなしてくれるので、面倒をみる必要がない。その代わり、彼らが忙しく業務に追われている合間に、ミニ知識を教えるのが私の役目である。それはとても楽しい仕事で、自分にとっても大いに勉強になる。おかげで文献などを読む習慣が身に付きつつある。
 新入院の患者さんをとるときには、できるだけ後輩の先生にさきに診察させて、議論してから補足的に私が診察するようにしている。後輩の先生が得られなかった重要な病歴を私が聴きだすことも多く、フィードバックを与えることになっている。今のところうまくいっているが、もっと忙しくなったら私が先に診察してしまうこともあるかもしれない。

12/04/2009

submission

 論文原稿をひとつサブミットした。時間のある10月に、月末のタイムリミットを目指して必死に書きまくってよかった。他にもいくつか興味深い症例があるので時間をみつけて書こうと思う。自分が初稿を書きあげたら、nativeの先生に英語を直してもらう必要がある。しかし皆忙しいので、このプロセスに時間がかかる。ゴーサインが出れば、あとはネット上でアップロードするだけなので簡単なのだが。もし英語だけが問題ならば、さほど忙しくない先生(ひまなローテーションをしている同期の研修医など)にお願いしてしまおうかとも思う。

11/26/2009

Say it better

 教育回診で特徴的なことは、先生の質問に誰かが正解を言わなかったときにも「それは違う」と絶対に言わないことだ。"If I understand you correctly"、というフレーズが非常によく使われる。そして、回答者の説を敷衍して、それがどう間違えているかを回答者自身に気付かせる。当たらずとも遠からずという時には"Say it better"、とか"You are warm"、とかいう。自分がいつか教育回診するときに役立てたい。

11/21/2009

Boring

 仕事が退屈で、少し困っている。CCUは14床で他の集中治療室に比べて小さい。もっとも多いのは心筋梗塞後のフォローで、大きな梗塞をもった患者さんでも標準的な治療によってたいていすぐに回復して一般病棟へ出ていく。また看護師さんが仕事慣れしているため、ほとんどの業務をしてくれる。当直はそれなりに忙しいが、他の日は患者さんがどんどん転出していくし、暇だ。

11/17/2009

therapy dog

 当直中、病棟にボランティアのセラピードッグがやって来た。大きなチョコラブで、飼い主の女性についてのそのそ歩いていた。私のところにも寄ってきてくれたので少し首回りや背中を撫でた。私も大変に癒されたので、身動きすら不自由な患者さんならなおさらだろう。

11/07/2009

The MI that ate Chicago

 いま教わっている先生はgreat teacherだ。この先生と一緒に心電図と胸部レントゲン写真を検分すると、たとえ患者さんの情報がほかに何もなくても心臓と肺に起こっていることはだいたい察しが付いてしまう。教えてくれる内容も重要な概念ばかりで、仔細にこだわりすぎないのがよい。
 この先生は話す英語も洗練されており、独自のユーモアセンスがある。こないだは心電図が広汎な心筋梗塞(myocardial infarction, MI)を示していた時に"This is the MI that ate Chicago"と言っていた。後で調べると60年代の曲で"The eggplant that ate Chicago"という曲があることがわかった。

Thin red line

 CCU(循環器の集中治療室)では、患者さんが日常的に亡くなる。もともと重症だから、うまくいかなくても仕方ないと言い易い。でも本当にベストを尽くしたのか、といつでも自分に問いかける。診断は正しかったか、治療は正しかったか、判断は正しかったか。生死の境が狭い領域では、判断ひとつ、チーム医療の鎖ひとつが途切れてもうまくいかない。

 今日も患者さんが亡くなった。朝は元気だった患者さんだった。すべてが終わった後で、こうすればよかったのにと思った。思っただけじゃだめだ。行動につなげなければ。帰りのクルマの中で、Stevie Wonderの"Heaven Help Us All"が聞こえてきた。ゴスペル調の曲を聴きながら、ああ患者さんは今頃天国にいるのかなあ、とふと感じた。

10/27/2009

consent

 患者さんから手紙をもらった。ICUで診療にかかわった患者さんで、回復して感謝の気持ちを伝えに手紙を書いてくれたそうだ。私の名前や、You saved my lifeなどと書かれた手づくりの工芸品も一緒に送ってくれた。面はゆい気持ちになったが、ありがたく読ませてもらった。「お手紙ありがとう、私が特別なことをして助けたわけではないけど、回復したようでうれしいです」という返事を書こうと思う。

 ICUは殺伐したところだし、たいてい患者さんは鎮静下にあり喉に管が入ってとにかく苦しいはずである。会話もできない。でも、毎朝診察すると「今日は調子がいいよ」と身振りで示していた。人工呼吸器から離脱できるか瀬戸際だったが、本当に幸運なタイミングで喉の管を抜くことができた。もう一日遅かったら、気管切開になっていただろう。

 今日は以前に診た患者さんに電話してみた。彼らの症例を論文に書くためだ。もし承諾してくれなければ、ここ数週間書き続けていた原稿がパア(もっとも投稿しても通るとは限らないのだが)だった。前述の患者さんの手紙に勇気を得て「私は患者さんに親身に接していたはずだ」と受話器を取ると、患者さんも回復していたし、執筆にもOKしてくれた。
 

10/26/2009

case report

 医学論文を書こうとすると、すでに知られている事実については文尾に番号を振って参考文献を示さなければならない。Plagiarism(剽窃)扱いされたくないので「この病気には次のような症状があります」というような、すでによく知られた事実についても文献をつけている。書くときには、何が伝えたいのか、どのような構成で書くのかを考えてからにすると書き上げやすい。そしてその為には、周辺事実を把握するために多少関連文献をリサーチする必要がある。

10/20/2009

Language Line

 今日は外来診療、患者さんは英語が話せない人だった。付添いの人も通訳の人もいない。部屋にはLanguage Lineという受話器が二つ付いた電話がある。電話の向こうには通訳がいて、受話器の一方を私が持ち、他方を患者さんが持つ。私が電話越しに英語で質問すると、通訳が患者さんに訳して伝え、患者さんが通訳に返答したのを今度は私に英語で教えてくれるという仕組みだ。
 手間がかかるので同僚たちには忌み嫌われているこのシステムだが、診療の助けになった。時間に余裕もあったし、患者さんも初めての受診ではなかったので、今回の受診理由について主に問診したので済んだので焦りがなかったせいもある。最も困ったのは(喘息等に使う)吸入器の使い方を説明する時だったが、受話器を片手にどうにか口から大きく息をしてエアロゾル成分を肺に吸い込むことは伝わった。
 Language Lineは便利だが、診察が終わった後には使えない。患者さんがどうやって検査を受けに病院のある部署まで歩いていくのか、どうやって薬をもらいに処方箋を薬屋に持っていくのか、不安を抱いた。受付の秘書さんもLanguage Lineを使えるらしいから、地図などを見せて十分に説明してくれたことを祈る。そうしてみると、付添いの通訳さんがいてくれたほうがずっと助かるのだが。
 移民してくる患者さんは、こちらに来る前に十分な医療を受けられなかったせいもあり、既往歴として確立した診断名がない。だから、患者さんの症状から自分で診断しなければならない。でも、本来医師の診察はそうでなければならないし、他医で診断がついた患者さんでも自分で確かめるまでは疑ってかかるくらいでなければならない。

10/15/2009

扉を開ける

 論文作成は、考慮すべきことが多く一朝一夕には行かない。参考文献を集めたり、フォーマットを各論文の要求する規格に合わせたり。また、1500語の英文を書くのはこれが初めて(400語程度にまとめる作業がほとんどだった)でもある。しかし作業そのものは楽しい。医学的にも病態の理解が深まるし、社会勉強の意味でも学ぶことが多い。
 今日は患者さんの病理標本スライドを論文に挿入するため、病理検査部に行ってみた。実はうちの病院にも病理医のresidencyはあり、residentがこころよく(part of our jobと言っていた)スライドを出してきて、パソコンと接続した顕微鏡からきれいな写真を取り込んでくれた。さらに関連する資料もコピーしてくれた。励みになる。

10/14/2009

presubmission inquiries

 最近は自分の経験した興味深い症例が関係しそうな分野の医学雑誌をみつけ、editorの先生にpresubmission inquiryという題で「こんな症例があるんですが、投稿してもよい(appropriate)でしょうか」とメールを送る日々だ。そして、「いいよ(good to consider)」とか「teaching pointを明確にできれば通るかもね」とか返事が来たら原稿の作成にとりかかる。これらの作業でパソコンからの光線をたくさん浴びるのに閉口する。

 外の景色を時には眺められればよいのだが、コンピューター室には窓がない。目が疲れないパソコンを開発した人がいたらとても偉い。ぜひ開発して、しかも無償ですべてのパソコンに適用してほしい。Michael Moore監督の最新作"Capitalism: a love story"に出てきたが、ポリオワクチンを開発したSalk博士はワクチンに特許を取らず無償で提供した。インタビューで特許について聞かれると、「息子に特許は取らないでしょう」と冗談を言っていた。

 [2016年7月追加]Salk博士は「太陽に特許は取らないでしょう」と言ったそうだ、だから映画の字幕は誤訳だったことになる。

10/09/2009

new drugs

 リウマチ内科、腫瘍内科、HIVクリニックと続き、これらの分野はとくに新薬が次々と使われているのに驚く。抗HIV薬も、NRTI(nucleoside/nucleotide reverse transscriptase inhibitor)、NNRTI(non-nucleotide reverse transscriptase inhibitor)、PI(proteinase inhibitor)、それぞれに多種類の薬があり副作用のprofileなどに応じ使い分けることができる。耐性を獲得したウイルスにもsecond line、third lineの薬がある。Integrase inhibitorや、CXCR5 inhibitorなどがそうだ。
 HIV患者で妊娠しても、2nd trimester(妊娠中期)から抗ウイルス薬で治療すれば母-胎児の感染はまずおこらない。コントロールができればAIDSの状態にならずに十年単位で生活でき、むしろ心筋梗塞や悪性腫瘍など、ほかの患者と同じような病気に気をつけなければならない。そうなると禁煙指導、体重コントロール、cancer screening、うつ病のscreeningなどが重要だ。

10/07/2009

future practice

 外来診療をベースにしつつも、自分の患者さんが入院すれば自分で病院に行って診療する、退院すればその後もフォローするようなpracticeが将来的にしたい。そして、一年の数か月は入院診療に専念する時期があり(その間はパートナーに外来をカバーしてもらう)、そこで研修医の先生方と教育回診したりレクチャーしたりする。少なくとも私にとって"I am your doctor"と言えることは医師としての誇りと責任だし、患者さんも腰を据えて関係を築けるかかりつけ医がいたほうが頼もしいのではないか。

sobering

 生活をエンジョイするのもよいが、ふと「それでどうなるの?」と自問することがある。何かに発展していくこと、話が大きくなっていくこと、質が向上すること、なにかしらの展開を期待したい。ふと頭をよぎったのが「挑戦」の二文字。「挑戦して、失敗しても何かを得る、そんな人生」を歩みたい。飛び込み台に立っていると水が怖いけど、飛び込んでみたら爽快だったという様な経験をしてみたい。そう気づいて、今まで楽しんできたことの見方も変わった。料理するなら人を招きたいし、演奏するなら披露したい。
 これから始まるフェローシップ応募準備も、Program directorとの面談で聞いたsobering(酔いが醒めるような、厳しい、真面目な)話では困難も予想される。カフカの『掟の門』でも言うように、掟の門は自分が乗り越えるもので、開くのを待っていても何も起きない。すべきことで出来ることをする、そしてそこから始める(go from there)。面談直後は友人によれば私は悲しい顔をしていたそうだが、いまは健全なfighting spiritが湧いている。

10/06/2009

感情の機微

 感情の機微というのは外国人には分かりにくいものだ。先日恩師の先生が家族でうちに来た際に、アメリカの有名なコメディーThe Princess Bride、の名シーンを解説してくれた。先生とその家族は笑い転げていたが、私たちと訪れていた友人夫婦は、理解はしても別に笑えなかった。たとえば死んだ友人を生き返らせてくれと、主人公が奇跡を起こせる魔法使いのところに連れて行ったら、「彼は完全には死んでいない、almost deadだ」という。ここで爆笑が起こる。結局完全に死んでいないということで生き返らせるのだが。ちなみに、誰にもわかるようなドタバタ喜劇(Tom and Jerryのような)のことは英語でslapstickという。

 怒りでも気づいたことがある。先日、病棟のcase managerもフェローも大変な思いをして患者さんを退院させようとしたのににうまくいかなかったことがあった。どちらも明らかに不満げであった。フェローがそれを話題にしようとcase managerに話しかけると、彼は「その話は聞きたくない、もういい、私の手を離れた問題だ」とシャットダウンした。私からすると、そこまで失礼な態度には見えなかったのだが、フェローはあきれてものも言えないほど怒り心頭だったらしい。あとで「ありえない!なんて失礼な!!」と怒り狂っていた。相手をあからさまに拒絶するのは失礼ということか、自分も気をつけようと思った。

Karwa Chauth

 実は同僚の研修医がKarwa Chauthというインドの風習を実践していることがわかった。これは既婚女性が夫の健康と長寿を願ってその日一日絶食するというものだ。ヒンドゥー暦のある夜(今年は10月7日)、月が見えると同時に夫の見ている前で絶食を開始する。断食は次の日の夜に月が見えるまで続く。その夜は女性が最上の着物とアクセサリー、henna(肌に描く装飾画)をして、月が見えると夫の前で祈りを捧げ、夫から水と食べ物の最初の一口を受け取る。そのあとはお祭りの特別な食事が用意されているらしい。地域によって風習には若干差があるようだが。昨年は天気が曇りで月が見えないので、夫がしびれを切らして彼女をクルマに乗せて月の見えるところまで高速を走ったらしい。今年も天気はあまりよくなさそうで、どうなる事やら心配だ。

Whatever

 二年目になってとくに、スケジュールの変更を求められる機会が増えた。スケジュールの組み方がうまくないのもある様だが、二年目になってフェローシップ応募でローテーションの順序を変えたい人が多いのと、週末のカバー(病棟業務の人が休む代わりに働く)が増えて互いに融通を利かせてプライベートな予定をうまくかなえる必要がでてきたからだろう。今日もpageされて答えたら"I would like you to do me a favor"、ときた。
 変わってほしい人は如何に重要な用事や事情かを説明し、ほかにオプションがないと迫る。変わらないとこちらが悪いと思うほどだ。しかしフェローシップにしても、1年次に志望を決めておけば事前にスケジュールをそれに応じて組めたはずである。Whatever、理由が何であれ自分がしたくないと思えばNoという。"Be difficult"、"Think of yourself"、そうでなければカモになって各方面から要求が増えるし要求もエスカレートしてしまう。

9/27/2009

笑い

 ある日、日帰り入院のつもりでいた患者さんに一泊しなければならないと伝えたときに患者さんが不満を表現した。入院前日にはとてもよく眠ることができたし、入院当日の朝も非常に爽快だった(だから自分は日帰り入院できるくらい元気なはずだ)という。ここで「朝爽快だった」というのを慣用句で表現したらしく私には意味が分からなかった。それで、"What did you mean by that?"(それはどういう意味ですか?)と聞いたら、ものすごく受けて大笑いになった。そんなところで受けるとは意外だったが、ともかくその場は和んだ。感情の機微は文化によって当然異なるわけで、これからはそんな違いも意識することになりそうだ。

9/16/2009

二年目

 三日に一回、朝7時から夜7時までの当直がある。毎日家に帰れるのはよいが、まだサイクルに慣れない。当直の日は夜8時に帰宅しても、できることは食事入浴など最低限である。日本の勤務形態に比べれば恵まれていると思うが、病院外の時間をいかに有効につかうか、これから試される。

9/15/2009

apiculture

 なんと職場の知り合いがbeekeepingを趣味にしていると知った。裏庭に巣箱を置いて、蜂の生態を観察したり蜂蜜をとったりするのだという。本国のインドでもしていたらしい。しらべるとそれなりに養蜂を趣味にしている人はいるらしい。語彙として巣箱はhives、雄蜂はdroneという。

8/12/2009

dictation

 Doctor's officeでの外来診療は、たいていカルテを書かずにみなディクテートする。私も今日からディクテーションをしはじめた。最初はとまどったが、慣れてくるとこんなに簡便で時間を節約してくれるものはない、と思う。書くより話すほうが圧倒的に速い。それに時間に追われて書いたカルテより、タイプしてあるほうが後から読みやすい。
 日本で導入したらどうなるだろう、と想像する。日本語だと口語と文語の違いが大きく、書き言葉でディクテートするのは難しいだろうか。でも慣れればできるんじゃないかとも思う。ディクテーションを文字に打ちなおす人を雇うお金などある訳ないけれど。でも、カルテを書く時間、そして診療情報提供書などの書類をかく時間は馬鹿にならないので、導入されれば効率的だろう。
 医師以外でディクテーションする職業ってあるだろうか。小説家や、ものを書く人にとって、ディクテーションはどうだろう。手が不自由でもない限り、口述筆記してもらっているwriter(書いてるわけじゃないからwriterというのも変だが)は見たことがないが。アイデアがひらめくたびテープレコーダーや携帯電話ごしにディクテートするなんて、ちょっと面白そうだ。

8/08/2009

プログラム選び

 腎臓内科のフェローシップについて調べた。腎臓内科は昨年からNRMPのマッチングに参加したが、昨年のデータをざっと見てみると総プログラム数は約120、総ポジションは約200-300あった。このなかにはclinical fellowshipだけでなくresearch fellowshipの定員も含まれている。かなりcompetitiveな予感がする。レジデンシーと同じで米国北東部にプログラムが集中しているが、プログラムについてもう少しresearchして、希望先を決めたい。

8/07/2009

rheumatology

 リウマチ内科(rheumatology)がはじまった。朝病院でmorning reportに参加したあとは、白衣と聴診器を助手席に放り込んでクルマで郊外のオフィスまで行く。リウマチ(rheumatoid arthritis)の患者さんが多いが、もはや治療の中心はステロイドからDMARDsに移っているようだった。MTX、leflunomideなどの合成DMARDsにetanercept、infliximab、adalismabなどの生物学的製剤を組み合わるレジメンを良くみる。患者さんの治療効果にたいする満足度も高く、隔世の感がある。診断・治療手段は今なお日進月歩なようで、興味深い領域と感じる。他の疾患も徐々にmanageableになってきているようだ。とはいえ、まだまだ治療法が確立していない疾患も多いが。

8/06/2009

Munchausen

 先月は何百という症例を二週間で経験するという貴重な機会だった。いずれもカバーで、自分が受け持った症例とはいえない(だから症例発表などはおそらくできない)が。どれも興味深い症例だったが、もっとも興味深い症例はこんなのだった。
 患者さんは喀血を訴えて来院した男性で、以前肺の手術をしたことがある。それで気管支鏡で気管や気管支に異常がないか調べたが異状はない。肺のCTにも何も影はうつらない。それでも喀血は続き、貧血も進行する。血管造影という特別な検査までした。造影剤で肺に向かう血管を浮かび上がらせ、出血があれば造影剤がそこから漏れるのが見えるはずなのだが、出血所見はみられない。胃カメラもしたけれど食道と胃はなんともない。
 原因がわからず患者、医師ともに不満がつのる。患者さんは肺が痛いと麻薬鎮痛剤を頻回に要求する。ところがこの人は血管が細く点滴がなかなか入らず、採血もままならない。それでPICCライン(ひじ裏の静脈から心臓の近くまで挿入する長いカテーテル)が留置されていた。このライン、採血に便利なのはよいが感染の危険があり、そのうち細菌が血流にまわって高い熱をだしてしまった。血圧も不安定になり、ICUに転床した。
 そこで驚くべきことが判明した。ICUは重症患者が入るわけで、看護師さんの観察もより厳重だ。なんとこの患者さん、自分でPICCラインから採血して、口に入れて吐き出していたのだ!なぜそんなことを…おそらく麻薬鎮痛剤に依存しており、薬ほしさにやったのであろう。これを疾病利得という。いずれにしても血液の感染症があるのでMICUから一般病棟に移った今も治療は続いているが、やれやれである。この話はしばらく病院でも話題になったが、数年に一度くらいはこの手の患者さんが来院するそうだ。

morning report

 今月からmorning reportがはじまった。症例について議論するのだが、毎日積極的に発言するように努めている。気をつけているのは、「だから何なの?」という発言をしないようにすることだ。「だからAをしたほうがよい」とか、「私ならこうする、なぜならばBだからだ」というようにプランが付いている方が実践的だ。自分なりのアセスメントとプランを立てる力をつけるためにも、この姿勢は続けていきたい。
 症例は多彩で、いつでも学ぶべきことがある。それらを蓄積すると「こんなに学んだ」という自信がじわじわ湧いてくるはずだ。できるだけ簡単に記録する方法を考えたい。たとえばメモ帳に書き溜めていくとか、カードに書いていくとか。電子的だとシステムごとに分類するなど便利な点も多い。自分の血となり肉とするのに工夫が必要だ。

8/03/2009

Evaluations

 Biannual evaluation(program directorとの面接による年二回の総合評価)があったのを機に、これまでの自分に対する評価を見直した。いままで自分がローテートしたすべてのserviceについて、それぞれの指導医からのevaluationがあり、website上に保管されている。そのページにsign-inすることでいつでも読むことができる。
 多カテゴリーから評価され、knowledgeはその1つでしかない。ほかはcommunication and personal skills、professionalism、clinical judgement、system-based practice(他医療機関、他コメディカル等と連携する能力)、practise-based learning、teaching abilitiesなどである。これらは内科医として生きていくうえで重要な資質ということでAmerican Board of Internal Medicineにより定められたものだ。
 数字による評価もあるが、コメントを付してくださる先生も多い。とてもよいことを書いてくださっているので嬉しくなり全部1つにまとめて印刷した。映画などで「各氏絶賛!」という賞賛コメントをちりばめた広告があるが、それに似たものが出来上がった。「いやいや」といっている場合ではないから、額にいれて飾り、毎日読んでポジティブな気持ちになっている。ただし、英語のほめ言葉にはそれこそ10段階くらいあって、goodだのsatisfactoryだのはレベル1である。Greatだのsuperiorだの書いてあっても、レベル幾つかは分からない。日々向上心を持とう。

気づき

 Fellowshipの応募にむけてpersonal statementを書き始めた。はや第一稿を仕上げて、nativeの先生と推敲作業をしている。一昨年、residencyに応募するときには大変な生みの苦しみ(と焦り)を味わったが、今回は自信を持って書ける。コツをつかんだという確信を持った。コツとはすなわち、自分の生い立ちを自分の将来から見直したときに、それらが強く結びついているように書くということだ。

 これまでの人生、振り返れば無限のことをしている。節目ごとに様々な理由に基づいて決断し道を選んできた。10年先までのプランを持ってその通りに進行してきた人もいるが、自分はそうでもないように感じる。ある時、ある場所にいて、ある人と出会う、それら条件が重なって決まった決断が多い。学問的な理由もあれば、きわめて私的、趣味的な理由もまた自分を動かすのに十分な場合がたびたびある。食事がおいしい、とか。

 Personal statementを書く段になって、過去の自分がしていたことの多くが、これからの自分に直接は結びつかないと感じられる。そして自分の将来もまた、そこまで見通しがよいわけではない。「自分のこれまでの進路は一貫したものだっただろうか?」「これからの進路もまた明瞭な一筋の道だろうか?」と不安を抱き、自信を失いそうになる。ところがpersonal statementは寧ろ逆で、自分のしてきた数え切れない経験の中に、じつは一本に続く道があったことを気づかせてくれる。

 自分の将来したいことから省みて、自分はどんなことをしてきたか。掘り下げる。日記を読んでもいい、昔の記録なら何でも手にとってみたらいい。大したことはしていない、と絶対に卑下しない。人と較べない。しばらくすると、思い出す。それは賞を取ったようなことじゃないかもしれない。でも、「こんなことをした」「あんなことがあった」、だから「こんなことをしたいと思った」という、経験に付いた意志が見えてくる。

 それが私の、誰にも負けない強み。私が一生懸命した経験が、私を作り上げた。Personal statementに求められるのは、その強さ。今思うと、日本で書いていて難しかったのは「いやいや、私なんて」という自分が払拭しきれなかったからと思う。今でも驕っているわけではないし、それどころかassertive(自己主張する)、cocky(生意気な)であれと忠告されたりもするが、少なくともpersonal statementを書く上での心構えは確実に変わった。

7/26/2009

idiom, idiom

 症例発表会(abstract competition)に応募しようと思い立ち、昨年診た患者さんのリストを広げて興味深い症例をpick upした。さっそく書き上げて先生に見せると、字数制限が400語なのに200語以下であることが判明した。そこで、"beef up discussion"、考察をもっと強化させよう(ふくらませよう)ということになった。
 病棟の看護師さんと雑談していたら、"it's slow today, knock on wood"、と言っていた。この表現は、木をたたくと魔よけになるというおまじないに由来するそうだが、「このまま何事もなく過ぎますように」というニュアンスで使われるらしい。この場合は、入院がたくさん来たり患者さんが急変したりして忙しくなりませんように、ということだ。

7/23/2009

メリハリ

 当直明けのチームと一緒に回診についてまわり、彼らが帰ったあとに仕事を引き継ぐ業務をしている。毎日ちがう症例に触れられるので新鮮だが、思ったこと感じたことがあっても回診で発表できない。なぜならば、自分の役割は仕事と回診をできるだけはやく終わらせて当直明けの人たちを帰すことにあるからだ。回診を長引かせてはいけない。それには閉口するが、仕事量も少なく早く帰れる仕事だ。
 当直がない生活、忙しくない生活で、仕事が終わってからの時間が多い。運動、読書、料理など楽しいこともたくさんあるが、来年以降を踏まえて調べ物や書き物をしなければならない。集中してそれらの活動をするためには、病院に残って作業したほうが良い場合もある。一時間単位で区切り、メリハリある生活を心がけたい。何かに一生懸命とりんだほうが、そのあと「ああよくやったなあ」と充実感がもてる。

7/16/2009

reference

 先日病院が、全部で1000ページ近くあろうかという文献集(compilation)をドサッとくれた。これで日常診療もevidence basedなものになること請け合いというわけだ。病態理解に関するものも少しあるが、多くは診療ガイドラインや標準的な診断・治療について書かれた論文なので役立てない手はない。さっそく手にとって身近に関連するところから読みはじめた。
 この手の論文は「ああ、分かる分かる」「知っていることが書いてある」となぞるように読み勝ちだ。というのも、疾患の診断・治療ともに何となくなら既に知っているからだ。どうすればキチンと頭に入れてretainしておけるかが課題だ。ある人は、重要なアルゴリズムや数字・表をコピーして持ち歩いている。記憶のため書き写してもよいが、読むのに時間がかかってしまう。
 幾多のclinical scenarioに遭遇し、そのたび参照して診療に実践するのがもっとも鮮明に覚える、と私は思う。だから速読でも何でも、1000ページでも、とにかく読もう。「どこに何が書いてある」かだけでもretainして、チョコチョコ参照するのがよいかと思う。マーカーでunderlineくらいは引こうかとも思う。

7/13/2009

disposition

 神経内科、stroke team(脳梗塞のチーム)で少しの日々を過ごして、wiggle(くねくね動かす)という動詞を学んだ。診察の際に患者さんに手足を動かしてもらうときに使う。レクチャも充実しており、てんかんのレクチャでは、優位側の海馬が視覚からの記憶を、非優位側の海馬は言葉で得た記憶をつかさどるなど興味深いことがたくさんあった。脳血管の解剖、神経解剖学の知識も少しrefreshすることができたし、有意義なローテーションだった。
 脳梗塞の残す障害はさまざまだ。その程度により、まったく症状なく家に帰れる人もいれば、外来リハビリに通院する人もいる。IPR(inpatient rehab、入院のリハビリ施設)で一日3時間のトレーニングを受けに転院してゆく人もいる、いずれは帰宅することが目標だ。日常生活を送ることが困難と判断された場合、SNF(skilled nursing facility、療養型の施設)にいく場合もあり、気管切開を受けて人工呼吸器につながっているなど高度な医療が必要な場合にはLTAC(long-term acute care)に転院する。
 患者さんの家族の心配には一方ならぬものがある。とくに「回復の見込みは」という質問がもっとも多くかつもっとも答えるのが難しい。SNFに転院させるはずが「IPRでもっとリハビリさせろ、そうすればもっと回復するはずだ」と迫る家族もあれば、逆にIPRに転院するはずが「そんなきついリハビリに耐えられるはずがない、SNFでゆっくりさせてあげたい」とお願いする家族もある。
 退院先を決めるのに判断基準となるのはPM&R(physical medicine and rehabilitation)の先生と、一緒に働くリハビリ療法士の皆さんからのinputだ。かれらが、home、home with home care、IPR、SNF、などの中からもっともふさわしい行き先をrecommendする。神経内科の主治医は、この判断を基本的に尊重し、それを覆そうとしたり、独自に判断したりすることはまずない。正直、主治医とリハビリチームのcommunicationは疎である。もっと密であるべきと思う。

6/24/2009

よく見せること

 回診で、患者さんに関する情報を訊ねられて知らない(あるいは思い出せない)時には、正直にそう言う。あるいはトギマギして立ち尽くす。これらはいずれも低い評価を受ける。後で調べます、とか「直接は関係ないけれどコレとアレならわかります」とか何とか言って場を乗り切るほうが高い評価を受ける。あるいは、最初から質問されないように(そして賢く見えるように)スラスラ立て板に水のプレゼンをする。診察所見などあやふやなところは適当に繕(つくろ)って諳(そら)んじる。
 これが、先輩たちがこっそり教えるunwritten ruleだ。"Don't stand"(立ち尽くすんじゃない)、"Make up"(適当に繕え)と。確かにattendingが見ていないところでどれだけ一生懸命やっていても、評価対象にはならない。結局は先生の前、つまり回診でのパフォーマンスで評価される。だから回診で悪い印象を与えるのはまずい。わからないことや苦手なことは、回診以外の場でこっそり解決、相談されるべきことなのだ。これに、まだ抵抗がある。

6/14/2009

最後の二週間

 二週間が過ぎ、attendingの先生が交代した。どちらも教育熱心なintensivistだった。最初の先生は担当研修医以外の研修医の先生に"What do you want to do?"と問いかけるので最初はトギマギした。なかなかプレゼンを聞きその場で方針を立てるのは勉強になる。そうやって新入院の患者さんに多くの時間を割くので、ほかの患者さんの議論は最重要な点に絞られたが。血行動態や呼吸生理の基本をよく教えてくれた先生だった。
 今日からの先生は、「一般病棟での私とMICUでの私は違う」と宣言して、①私が気にするのは患者さんが今にも急変しているか、安定か不安定かどうかだ、それを伝えよ。②すべてのシステム(神経、循環、呼吸、消化、腎臓、etc)をもらさずチェックせよ、漏らしがないように。③私は身体診察のbig proponentだ、身体所見はどんな検査にもまさり重要な情報を提供する。など何ヶ条かexpectationを挙げた。
 たしかにexpectationはほかの先生に比べて高いが、充実した時間になりそうだ。②をもらしなく回診で議論すると、回診後に議論し忘れたと後悔せずにすむ。またこの先生は毎日(週末も関係なく)午後4時にもう一度回診をする。そこでもう一度方針を確認することができるので良い。調べる課題を毎日与えて、それを発表する日時まできちんと決めてくれるのも良い。
 MICUで最もキツイのは、やるべきこと(絶対やらなければならない訳ではない)をやらずに置き、さらにそれを咎められることもない時の後ろめたさだ。もれなく確認してゆくのはthoroughで、人によっては「やってられないよ」と思うだろうが私には好都合だ。

6/08/2009

はや一年

 年に一度の内科全体のピクニックに参加してきた。今年はpotluck(持ち寄り)で、私たちは餃子を焼いて皆に食べてもらったところ非常に好評だった。餃子が受けるというのは割と予期していたが、実際自分たちが食べても美味しい出来で、よかった。三皿(たぶん70個くらい)焼いて、完売した。ヒダの作り方を説明するのは日本語でも難しく(ここをこうして、としか言いようがない)、手振りなしには不可能だろう。

 Mix ground meat with finely chopped green onion, season with sake, salt, sugar, and grated ginger, etc. Put a spoonful of filling on the center of skin, and wet the border with a touch of water by finger, Make folds on one side by streching a litte of that side of skin, and push it against the other side to seal.

 Put a tablespoonful of sesami oil on warmed pan, put the dumplings until the bottoms become brown. Add boiling water 1/3 as deep as dumplings and cover pan with lid to steam (for 2 minutes). Uncover and let water gone, scrape off the dumplings with spatula, but be careful not to break their skin. Serve hot on the plate.

 内科部長、研修プログラム長、秘書さんたち、今年卒業する人たち、今年から来る新1年目の人たち、そしてそれらの家族が来てにぎやかだった。偉い先生とも友達のように接する文化にはまだ慣れない、でも硬くなると喋るのも上手くないので少しは慣れなければと思う。新一年目の先生たちも、日本のような緊張してちょっと硬い面持ちがなく、リラックスして会話している。たしかにコミュニケーションには面倒くさい障壁は少ないほうが合理的だ。

6/07/2009

Kerala

 インドで最も高い山は、当然ヒマラヤ山脈にある。インド半島は、北のヒマラヤ山脈から南のスリランカに面した突端(Comorin岬)までなだらかに下り坂なのかと思ったらそんなことはない。中央~南部にデカン高原(Deccan Plateau)があり、東Ghats山脈と西Ghats山脈がその境界に位置している。西Ghats山脈のほうが標高がたかく、アラビア海から急峻に屹立している。多くの川がここを発してベンガル湾に注ぐ。
 そのGhats山脈の西側、アラビア海に面したエリアにあるKerala州が、私の同期研修医の父さんが育ったところ(本人は、二世)。インドでもっとも早く識字率100%を達成した州という(州固有の言語はMalayalamだが、はたして何語の識字率だろうか)。…などと病棟でヒマに飽いて何気なく調べているのを、別の同期に見つかった。彼女はロッククライミングが趣味なので、西Ghats山脈のことを知っていた。

5/31/2009

振り返り

 先月は、1年目最後の病棟業務(ICUを除く)だった。慣れたのか、さすがに働きやすかった。プレゼンテーションも、いままでは情報収集したものの処理がいまいちだったのが、今月はアセスメントやプランまで割と自信をもって言及できるようになった。そして問題点やアセスメントが明確だと、不思議とデータも簡単に暗記できるようになる。今月はそういう変化があった。
 なによりありがたかったのは、teachingというだけあって単に仕事をするのではなく病態生理について勉強できたことだ。腎臓内科、内分泌内科の先生がattendingだったせいもあるかもしれない。分からないことを沢山質問したらアホに見えたが、その分得られたものは多かった。聞くは一時の恥。たとえば肝硬変の患者さんになぜ腹水が貯まるのか、といった基本的な問い(いままで立ち止まって考えることのなかった問い)が深く理解できたり、非常に有益だった。
 いまMICUにいると、急場を救うのに精一杯で座って落ち着いて「はたして何が起きているのか」と考えるヒマがない。したがって、最もクリティカルな問題については多少の議論もあるが、おおむねアルゴリズムに従ってポンポンポン、と行う診療になっている。そして超急性期を脱したらすぐに転棟してゆく。やりがいがあると感じる人と、そうでない人と、両方あるだろう。

5/28/2009

Punjab

 同僚に、インドのPunjab州出身の人は多い。いま一緒に働いている研修医も、こちらに来る前は州都のChandigarhの病院にいたという。当直中callがなくてヒマなときに話題になったので、せっかくだからパソコンで調べてみた。
 Punjab州はインダス川の支流(tributaries)が流れる地域にあり、西側の大部分がパキスタン、東側がインドに分割(partition)された。Chandigarhはインドでは唯一の区画が幾何学的なurban cityで、ル・コルビュジェなども都市計画に参加したそうだ。
 この人の実家は農業をしており、それに付随して緑の革命(インドが飢饉、食糧危機を品種改良や農地改革で乗り切った一大事業)というのも学んだ。何事も、知ろうと思ったら事物の名前をメモしておかなければならない。
 Sikhism(シーク教、Punjab地方の宗教)についてももう少し知りたい。この宗教がつける独特の名前があって、Singh、Kaurなどがそうだ。これが英語表記でfamily nameになってしまっている人も多く、たくさんのDr. SinghやDr. Kaurがいる。

5/21/2009

attorney

 当直中に他チームの患者さんの家族に病状説明をすることはよくある。家族は夕方に訪問するし、それまでには本来の診療チームは帰っているから仕方ない。カルテを見ながら分かる範囲で説明するが、分からないことは、分からないとはっきり伝える。相手もそれで理解してくれる。
 先日はattorneyの家族と話をしたが、まるで法廷の証人尋問に立たされているような気分だった。自分の説を主張する能力において最も秀でた人種、その意味でアメリカで最も繁栄できる人種だ。たとえ医学知識があっても、彼を説き伏せることは無理。こちらも弁護人を雇うしかないだろう。
 さてこの人が、その時にramificationという言葉を頻用していた。ramiは解剖学用語で「枝、(血管などの)分枝」という意味があるから「帰結、その結果おこること」という意味だろうと類推したが後日調べたら当たっていた。どちらかというと悪い影響、というニュアンスがあるようだ。

5/06/2009

perked up!

 当直明けの朝に回診していたら、患者さんの様子について看護師さんが
 
 "He is perked up this morning."
 
 と言った。意味がわからず聞き返したら、

 "He is more awake."

 と言い直してくれた。せっかくなのでperkのつづりを確認して、帰宅してから辞書で調べたらなんと「(耳・尾などが)ピンと立つ」、転じて「元気よくふるまう」「《略式》元気を取りもどす」の意味だった。耳がピンと立つなんて、超好みな言葉に出会えたことがたまらなくうれしかった。
 perkという語は「役得(特典)」という意味もあって、しばしば広告などで用いられるから知っているのだが、これについても新しい事実がわかった。perquisiteという語の略だった。それこそperked upという語を知ったことがperk(=perquisite)だな、なんて巧いことを思いつきにんまり。

4/29/2009

忙し山もあとちょっと

 「もうすぐ(終り、クリスマス、お正月)だ」と日にちを指折り数えて待つことを英語でcounting the daysと言うが、MICU monthもいよいよ残り一日、counting the hoursになった。結局忙しくても朝6時から夕6時の12時間勤務がいいところで、日本に比べたら短い。当直の30時間を入れても週に約80時間の労働だった(80時間は国の規定)。
 薬剤師さんが薬剤の調整(血中濃度のモニターが必要な抗生剤など)を、麻酔科医が気管内挿管を、呼吸療法士(respiratory therapist)さんが人工呼吸器の調整を、その他こまごまとしたことも大体看護師さんがやってくれる高度なチーム医療だった。
 自分たちの役目は各部門がうまくかみ合うように調整することだった。あとは手技をすべきだったのだが結局全然しなかった。二ヶ月あるうちの最初の一ヶ月だったので他の仕事で手一杯だったのだろう。二ヶ月目(6月)には手技以外の仕事をさっさとこなして積極的に手技をさせてもらおうと思う。
 人工呼吸管理、drip(昇圧剤、鎮静剤、インスリンなどの持続静注)の使い方など、オーダーしたにはしたがきちんと教われなかった。血行動態、呼吸生理などをもう少し理解しておきたかったが、如何せんcensusが多かったためroundもteachingがほとんどできない状況だった。少しは自分でも勉強しよう。

4/25/2009

infestation

 珍しいこともあるもので、患者さんに蚤(flea)と虱(louse)がたかっていることが判明した。うー(Ew!)。夜間帯に看護師さんが発見し、即座に個室に移し駆除シャンプーを使った。患者さんは一般病棟に入院し、その日の夜に急変してICUに入ってきた。そのあと2日たった夜に、nurse aid(看護助手)さんが首にflea biteを受けたことで発見された。それまでに誰かにうつった可能性もある。
 2週間食事もとらずシャワーも浴びずに自宅で弱っていた(おそらく酒は飲み続けていた)患者さんで、家には野良猫(地域猫)が数匹出入りしていたという。搬送時には意識もうろうで、私が診察したときにはすでに人工呼吸器につながっていたので、頭のかゆみを訴えられる状態ではなかった。詳細に髪の毛や皮膚を調べればみつかっていただろうが。衛生状態の悪いところから来た患者さんにはhigh index of suspicionを持っておこう…。

mood swing

 その日はすこしつかれていた(睡眠がたりなかった)せいもあり診療に必要な情報を得られず、さらに疑問点を質問するのがこわくなり、プレゼンテーションも自信なさげになり、回診後も独り暗い表情で仕事をする、というスパイラルに入っていた。日本語でもうまく説明できないが、わたしは言うなれば多分に気分屋なところがあるので気をつけなければならない。
 ちょうどお世話になっている先生と廊下ですれ違い、いまの仕事はどうだと聞かれたので楽しくやっていると答えた。すると、"You don't like the easy. I know you."とうれしそうな顔で言われた。これを聞いて元気になった。シニアの先生も気にかけてくれ、"Stop it"、"Ask"、とのことだった。単純で直接的な言葉だが、かえってためになった。そして翌日は色々な事がうまくいった。

4/22/2009

When it rains, it pours.

 censusという語は「国勢調査」として覚えていたが、意味は「全数調査」であり、病棟では「現時点で全部で何人の患者さんがいるか」という意味で使われる。いまの病院では、ICUのcensusは本来30人までというagreementがprogramとdepartmentとの間で定められているそうだ。余りにそれを超えると、回診が長くなり、仕事が終わらなくなり、患者さんの安全にもかかわる。
 そのcensusが徐々に増えて、先日40を超えてしまった。プログラムと科で話し合い、censusを超えた分についてはprivate serviceにまわすことになった。回診は短くなった(もし全員まわったら午後遅くまでかかっていただろう)が、誰がどの患者さんを把握するのか、夜間帯の扱いはどうか、など多少の混乱はあった。できるだけ患者さんを一般病棟に転棟、あるいは他施設に転院させなければならない。
 ちなみに、当直のたびたくさん入院がある人、あまりない人、というのがある。前者をblack cloud、後者をwhite cloud、と呼んでいる。私はどちらかというとblack cloudで、だいたい毎回規定人数の入院をとっている。ここでもcapがあるので、ICUなら5人(ただし持ち患者数10人を超えない限り)、それ以上の入院はover-the-capといって他の人にまわるようになっている。

4/17/2009

往来

 ICUの患者さんは、救急外来から入院する場合もあれば、他の病院から直接搬送される場合もある。また一般病棟から急変して運ばれたり、手術室から(回復室を経て)運ばれる場合もある。出て行くときには、たいてい一般病棟に転棟する。あるいはホスピス、リハビリ施設、LTAC(long term acute care、人工呼吸器などの高度ケアも行える亜急性~慢性期施設)などに転院する。
 どちらにしても、ケアが継続して行われるようなコミュニケーションが必要である。転棟するときはtransfer noteなるものを書き、転院するときは転院前にdischarge summaryをディクテートして、即日typeされたものを印刷して行先施設に渡す。私はtransfer noteを書くのが好きである。何を考えて何を行い結果どうなったか、そして今後どうするかを整理するので頭がすっきりする。なお書き出しはThank you for taking over the care of ~、にすることに決めている。
 そういえば米国のほうが転院・転施設のプロセスは簡易である。ケースワーカーが看護師資格をもっているためかもしれない。Placementをお願いします、とオーダーすると勝手にカルテの全コピーを先方に送り(referral)、受け入れが済むと保険関係の手続き(転院するにも保険会社のapprovalが要る)をして、それで終りである。「明日の何時に車を手配しておいた」「家族にも伝えてある」と矢継ぎ早に仕事が終わっている。
 ところが日本では、まず医師が「診療情報提供書」を書く。これがまず大変である。医師間の文書に特有の文体がある。そしてケースワーカーがそれを先方ケースワーカーに送り、先方の医師ないし病棟がこれを読む。そのうえで可否を先方ケースワーカーに伝え、こちらの病院のケースワーカーがそれを聞いて医師に伝える。残念ながらケースワーカーにあまり裁量がない。転院搬送の手続きも医師がして、転院に医師が付き添わねばならない場合も少なくない。
 ひとつには、米国では病院が経営上転院すべき患者を長く置いておく余裕がない。保険会社が入院費用を払うかどうかを別に決め、「もはやこの患者は入院に値しない」と判断すると以後の費用は病院持ちになる。米国の入院費用は高額である。また一つは、コメディカルの裁量が大きい。医師は医師にしかできないこと(医学知識と経験に基づいた方針決定、それに手術や手技)をする。他でもできることは、他の人にしてもらう。

4/06/2009

まるっと

 患者さんとその家族に「あなたは医学部をでたのですか」と聞きたくなる時がある、とは同僚や先輩のあいだでよく聞かれることだ。informed consent、informed decision、治療選択肢や状況を知らされた上で決定するのは患者さんである、というのはもちろん筋だが、ときに医療者からするとirrational、または医学上間違ったことを患者さんや家族が主張することがある。なんというか、ある仮説を信じ込んでいることがある。

 今日もある患者さんの家族(この病院の看護師)がやってきて、今している治療はおかしいと言いはじめた。不整脈の治療で薬を投与した数分後に、この薬はほかの種類の薬と違って遅効性なのだが、「私の経験ではこの薬は即効性だ、いまだに効果が現れないのはおかしい、ほかの薬を使え」という。ICUで勤務されたこともあるそうで、自信たっぷりだ。ICUの看護師さんが経験豊富なのは確かだが、この認識については正しくないように思われた。

 「あなたは医学部をでたのですか」「あなたの知識は間違っている」と言い返すこともできたが(そうした同僚もいる)、ケンカしても仕方ないので「それは私の理解とは違う、私が間違っているかもしれないが」といった。彼女が望むように、循環器科の先生に電話で延々と直談判してもらった。その間、自分の知識が間違っていないことをテキストで確認しつつ待っていると、10分くらいして薬が効いてきた。テキストによれば私の知識も間違っていなかった。

 彼女は私を見て肩をすくめた。私も同じしぐさをした。彼女も私も「言わんこっちゃない」と思ったのかもしれない。これからも彼女は患者さんの治療方針について彼女なりの意見を伝え、ときに命令し、ときに私たちの治療方針に反対してくるだろう。それは仕方のないことだ。患者さんはほかの病院から転院してきたが、前の病院でもトラブルがあったようだ(彼女によれば医療過誤のような)。とにかく患者さんがよくなることがゴールで、一生懸命治療すればそういうsocialな面もうまいことおさまるだろう。 


4/04/2009

I will survive

 はじめてのICU当直だった。朝6時から働いているので、がんばっても夜10時くらいに眠くなる。ちょうどその時間帯にはコールの頻度も増えて「あれもしなければ、これもしなければならないのに」という気持ちが起こってくるせいもある。カフェテリアでティーバッグ2個で淹れた500ml程度の熱い紅茶にミルクをたくさんいれてがぶ飲みし、禁断のケーキを食べたら目覚めた。ちょうどほかのserviceで当直をしている先輩や同期がいて、話もできた。

 私がいるのはmedical ICU(MICU、ミックユー)だが、重症度は日本の病院でいうHCU(高度治療室)に近い。pulmonary and critical care(呼吸器+重症管理)の管轄なので、ほとんどの患者さんは人工呼吸管理をうけている。術後の重症患者さんはsurgical ICU、脳外科・重症な脳神経系の患者さんはneuro ICU、外傷の重症患者はtrauma ICU、心臓関係の重症患者さんはCCU(coronary care unit)に入る。

 私は日本の病院にいたころHCUで働くのが好きであった。だから今度の当直でも、血圧低下、呼吸不全、尿量低下などの問題にとりくみ対応するのは楽しい。何が起きているかを把握するためのパラメーター、モダリティがたくさんあり、対応の結果がすぐにかえってくる。内科外来でじっくりと長期的な血糖管理や血圧管理をするのは、未だになかなか難しい。

 新入院が5人、そしてMICU管轄の30人あまりの患者さんについてカバーするのでとても眠れない。それでも朝5時ころいったんダウンして当直室で20分くらいベッドに横になると回復する。朝ごはんを食べ、自分の患者さんを診察して8時半の回診に備える。回診では私の患者さんを先にまわってくれる(はやく自分の仕事をすませて帰れるように)ので、まず新しい患者さんについてチームの前で詳しくプレゼンテーションして、前からいる患者さんについては大まかにプレゼンテーションし、それぞれ方針を確認する。

 私のプレゼンテーションは圧倒的に言葉の数がnativeの先生に比べて少ないし、ゆっくりである。でも自信をもって大きな声ではっきりと話すようにしている。ほかの人が自分の症例について何が起きているかをわかってくれることが目的なのだから、かえって早口や小さな声で話すよりよいだろうと思っている。ICUで求められるシステム(神経、循環、呼吸、消化器など)別のプレゼンテーションはまだ慣れないが、いまのところ何とかやっている。

 仕事を済ませ、12時には何とか病院を後にする。運転には十分に気をつけて帰宅し、シャワーを浴びて昼食を食べるとベッドに入る。明日も朝から早いので、少しでも寝ておかなければ。それでも、眠りにつこうと手に取った本、William Jamesの『プラグマティズム』の巻末解説が面白くて少し読んでしまった。肝心の本章部分はまだ難しくて読めていないのであるが、解説をよんで大きくアイデアをつかんだ気がするのでまた読もう。

4/02/2009

makes no sense

 ICU勤務がはじまった。今のところ、患者さんの数、不安定度ともにまずまずである。なかには重症な患者さんもいるが、その場を離れられない急変場面には幸いにして出会っていない。重症な患者の家族に接するときには、話の終り方が難しくてなかなか病室を去りがたい。
 1人の患者さんは、肝硬変で移植待ちなのだが、移植のリストに載るためには「この人は移植が必要な程度の状態です」というのを示さなければならない。MELDスコア(model for end-stage liver disease)というのがそれで、肝機能に関する各検査データを集計して数字化する。
 この患者さんはスコアの数字が高いのでリストの上位に載っているのだが、それでも前に何人かいるようでなかなか移植にならない。悪いことは、まっている間にこのスコアを高く保たなければならない。スコアが下がると、移植リストから外れる可能性があるのだという。
 肝機能が低下して黄疸がひどくなっても、血液が固まりにくくなっても、それを(必要に迫られない限りは)修正してはダメだという。ちょっと理解に苦しむし、患者さんの配偶者に説明するときにも、「なぜそうなの?」と自問自答している。移植の背景や仕組みを調べる必要がある。

3/26/2009

交差交流

 ほめて欲しい、よくやっていると言われたい、共感してほしい、ありがとうと言われたい、という感情は芽生えるといかんともしがたい。これらはチームワークをうまくする上で不可欠だと思える。そうでない状況を経験している。
 看護師(IVチームといって採血だけを担当するプロ)の採血がうまくいかなかったので医師が採血しなければならなかった患者さんがいた。私がすることになったが、部屋に入るなりどうにも態度が悪い。聞けばホームレスの施設を素行不良で追い出されたばかりだという。
 採血する旨説明すると、「さっさと採血してどこかにいけ」という。とはいえ既に看護師が失敗しているうえ静脈も見えにくい。コンサルトした消化器内科の先生がアホみたいに血液検査をオーダーしたせいで必要な採血量は30ml以上ある。
 採血チューブを何本もベッドに並べて静脈を探っていたら、もう我慢できなくなって患者さんがでていけという。これは重要な検査でと説明しても聞かず、しまいにベッドから起き上がりテーブルの上にあったものを放りはじめた。お前にそばによって欲しくない、period!という。
 ナースコールを押して、看護師さんたちが駆けつけた。患者さんは救急外来、病棟でもすでにスタッフに乱暴を働くなど非常に危険な存在であったため、私を励ましてくれた。さて、私の後輩にこんなことがあったら、私ならまず後輩の身を案じて「大変だったね」というと思う。
 それが、私のseniorは何と言ったか。「採血は私たちの義務だ。患者さんはたしかに粗暴なときがあるが、朝に私が見た時には問題なかった。患者さんがあなたを拒否しているなら、担当を別のインターンA君に代える、A君に伝えたらまた連絡する」。
 大丈夫か?の一言もない。seniorは能力はあると思う、経験も豊富だ。でもこんな人についていきたくない。「これをしろ」「あれをしろ」「これはしたのか」「あれはしたのか」ばかり。いまのチームはうまくいっていない。あと数日でこのチームも終わるので、それまでの辛抱だ。

3/22/2009

Efficacy

今月のチームは、どうにもチンタラしている。当直の日には、新入院の患者さんを評価し終わるのが深夜2時~2時半で、それからattending(指導医、診療に責任のある主治医)に電話をかけて一人ひとりの患者さんにつきプレゼンテーションを行う。新入院は最大10人(週末は14人)で、私が担当するのはその約1/3だが、インターン3人が同時にattendingに報告すると、最後の人が終わるのは4時くらいになってしまう。
 最終責任を持つattendingは、翌朝までの方針について知らされていなければならない。ただ、この遅い時間に長々と議論するのはどうかと思う。翌朝にしたのでは遅い、ということは少ない。さらに、翌朝にちゃんと相対して議論したほうが結局情報なども正確で正しい方針が立つことも多い。深夜は重要事項について選択的に議論したい。
 翌朝の回診では、attendingがインターンを1人ずつピックアップしてその患者さんを回診する。そのあいだ他のインターンが別の仕事をできるようにとの配慮なのだが、回診した後でないと方針も決まらず動きにくいことも多い。最後に回診する人は、自分の番がくるまですることがあまりなく、回診したあとは時間が押せ押せで仕事が終わらないことになる。自分以外のインターンが持つ患者についてじっくり知る機会がなく、翌日以降の回診も空疎になる(他の患者さんについての議論について行けないから)。
 今月のattendingはthoroughだ。悪いことではない。ただ話が長い。長々言い切らないと気がすまないのは文化の違いもあるかもしれない。seniorも同じ傾向があるので、回診が長い。臨床上の問題について、自分の意見を言いたくなることもあるが、それを反対されたと感じるのか、こちらの発言の10倍くらい長い答えが返ってくるので最近は控えめにしている。分からないことを聞きたいときには訊くが。

3/15/2009

社会勉強

 外来で診療していると、GED(general educational development)や、halfway houseといった、聞きなれない言葉がでてきた。GEDは日本で言う大検のような資格で、高校を中退した人がGEDの試験をうける予備校に通っていたりする。halfway houseは社会復帰、更生のために入る施設などで、精神疾患などで病院や刑務所に居た人が自宅に帰る前に入るそうだ。社会のいろんな部分について知る機会があり勉強になる。

3/04/2009

忙し山の一合目

 昨日はひさびさにroughな当直だった。誰も急変しなかったが、新入院が切れ目なくあったので休めなかった。だいたい17時、19時、0時、3時に来たので、幸い夕ごはんは食べることができたが。4時ごろからはもう眠くて、気づくと間違ったオーダーを連発していた。それでも5時から7時までなんとか眠り、朝ごはんもたべるとなんとか午前中は働ける。
 なぜ大変だったかの理由のひとつは、今月からの勤務(teaching)が一年目の役割が大きいからだ。 teachingでは、一年目がウンセウンセことを運んでゆくので、スローである。指導医の先生は教えてはくれるが仕事はほとんど分担しない。すべて先輩と一年目でまわさなければならない。だから患者数も相対的にすくなく入院日数も長い(当直の頻度も少ない)が、業務内容は多い。くわえて、医学生の教育や、疾患や治療について勉強して発表したりもしなければならない。
 まあ大変さも相対的なもので、一旦極限に忙しいMICUを体験すればすべては楽チンに思えるようだ。私はどういうわけか一年目の終り(10ヶ月目)にして初めてMICUというスケジュールだが、それもいよいよ来月に迫ってきた。じつは日本でもICUで勤務したことはない(ICUの患者さんを診療したことはあるが、ICU専属で働いたことはない)。どうなることか。

2/12/2009

気迫

 nativeの先生が患者さんに何かを説明するのを聞いて、あるいは普段の会話でもそうだが、誰もみな、へんな言い方だが「必ずしも流暢ではない」のに気づいた。ひとつの文章が完結する前に別の文章にうつったり、説明すべきことの周辺事実までふくめながら説明したり、同じ内容を何度も言い換えて説明したりする。話を聞くほうも、そのほうが情報も多いし分かりやすいだろうと思う。
 make yourself understood、というが、自分の考えを相手に理解してもらうには、その内容をただ訳して一遍話すだけではとうてい不十分なのだとハッとした。手を変え品を変え、簡単には話題を変えさせずに何とか分かってもらう一生懸命さが必要だ。「英語が話せる」人というのは、語彙や文法よりも、その一生懸命さのある人だ。他の人たちを見ていて、実際そう思う。

2/10/2009

それはちょっと

 病棟業務もカタがついた夕方、ポケベルに「研修医ラウンジに食事があります」というメッセージが届いた。製薬会社からの差し入れのことがほとんどだったが、最近は禁止されているのでほとんどなかった。顔を出してみると、制服を着ていた空軍関係者(衛生部門という)の男性と女性が一人ずつ待っていた。握手するなり、名前と住所などを記入することになっていた。用意されていたのは粗末なサンドイッチ。あきらかに怪しい。軍関係のリクルーターは徹底的だと噂に聞く(とくに新兵勧誘)し、丁重にお断りしその場を去った。
 しかし、一緒に来た同僚たちは全く怪しまずに個人情報を渡し、立ち去る私を非常に奇妙がっていた。振り返ると、周囲の人たちはこれまでも、簡単に会員になったり、カードをつくったり、アンケートに答えてタダの景品をもらったりすることに抵抗がほとんどない。そういうものかもしれない。

2/04/2009

on call

 当直中、いろんな状況で病棟から呼ばれる。何が起こっているかわからないのに「患者さんが鎮痛剤をほしがっているからオーダーしてくれ」のような電話がかかってくる時が困る。他の患者さんの対応をしている時にはすぐに患者さんを見に行けない場合もあるが、それでもバイタルサインなどを聞いてsickそうなら直接診察してどうすべきか判断しなければならない。
 先日は2人の患者さんをMICU(medical ICU)に送った。別の日にも、夜中に緊急のCTを撮って対応することがあった。1人は結局そのあと手術になった。いずれも、「吐いているなら吐き気止めを飲んでもらってください」のような対応をしていたら見逃していた。診察して、おかしいと思ったら迷わず検査して確かめる。別のチームの患者をカバーしているときなどなおさらだ。
 ちなみに夜中にやれCTだ注射だとバタバタするときの動きやすさは圧倒的にいまの病院のほうがいままではたらいた病院より優れている。とにかく人がたくさんいる。日本のように薬を薬剤部に取りにいき、CTに患者さんを連れて行き、採血するのも注射するのも全部医師が1人でしなければならないのは大変だ。そのかわり、いまの病院のほうがひっきりなしに呼ばれるが(カバーしている患者さんの数が多いため)。

おいしいたまご

 当直中はサラダをたべている。当直明けの翌朝は、たいていpumpkin pieかsweet potato pieを食べていた。今日は初めてGrillのコーナーに並んでomletを注文した。卵3個を鉄板に落とし円く焼いたものに、スイスチーズを何枚か載せて、とろけたところで折りたたむように返して作っていた。とてもおいしかったが、卵3個はちょっと多い。こんどは卵1個でつくるスクランブルエッグ、あるいはegg and cheezeにしてみよう。

1/22/2009

一安心

 年末に受けた試験の結果がメールで送られ、無事受かっていた。今回の試験は点数よりも受かることがまず大事で、二年目になるまでに合格しないとレジデンシーから下ろされてしまうものだったのでほっとした。Step1から約4年、これでアメリカの医師国家試験は終わりである。あとは内科学会の認定医試験などがある。
 試験は外来診療に重きが置かれており、検診(大腸カメラは何歳からするか、その結果に応じて何年おきにするか)やいわゆる生活習慣病(コレステロール、血圧、血糖、心臓病)がおおかった。また女性医療(経口避妊薬は誰に勧められるか、どんな副作用があるか、妊娠時の検診、更年期など)に関する問題も非常におおかった。
 試験は二日間で、択一が300問くらいと、シミュレーション試験(ゲームのように各症例に対して必要な検査や薬をオーダーして診断、治療していくというもの)があった。後者は、試験対策が不十分と心配していたが、日常診療をしていたことが十分対策になって、実際はあっという間に終わった。

1/18/2009

考えること

 華氏5-15度(摂氏零下10-15度)の寒さが続く。昨年来たときより寒い気がする。とはいえクルマ通勤の私はまだよいのであるが。仕事はそれなりにやっている。いまの課題は、さまざまな状況に合わせてプレゼンテーションやカルテのボリュームと形式を変えることだ。臨床上の問題点が多い患者ほど必ずしも重症とは限らない。アクティブでない問題点については簡単に、アクティブでかつ重症な問題点についてはより詳細にカルテを記載し、プレゼンする必要がある。

 そうしないと効率的に働けない。朝来てから回診するまでに、今日一日の方針を決定するに足る診察結果、検査結果、各科医の意見などを集めるのが仕事である。「患者さんが良くなっているか?」「悪くなっているか?」「良くするにはどうしたらよいか?」その問いが大前提にあって、考えながら診察しなければ意味がない。当たり前のことだが、いま改めてその訓練をしている。