8/06/2009

Munchausen

 先月は何百という症例を二週間で経験するという貴重な機会だった。いずれもカバーで、自分が受け持った症例とはいえない(だから症例発表などはおそらくできない)が。どれも興味深い症例だったが、もっとも興味深い症例はこんなのだった。
 患者さんは喀血を訴えて来院した男性で、以前肺の手術をしたことがある。それで気管支鏡で気管や気管支に異常がないか調べたが異状はない。肺のCTにも何も影はうつらない。それでも喀血は続き、貧血も進行する。血管造影という特別な検査までした。造影剤で肺に向かう血管を浮かび上がらせ、出血があれば造影剤がそこから漏れるのが見えるはずなのだが、出血所見はみられない。胃カメラもしたけれど食道と胃はなんともない。
 原因がわからず患者、医師ともに不満がつのる。患者さんは肺が痛いと麻薬鎮痛剤を頻回に要求する。ところがこの人は血管が細く点滴がなかなか入らず、採血もままならない。それでPICCライン(ひじ裏の静脈から心臓の近くまで挿入する長いカテーテル)が留置されていた。このライン、採血に便利なのはよいが感染の危険があり、そのうち細菌が血流にまわって高い熱をだしてしまった。血圧も不安定になり、ICUに転床した。
 そこで驚くべきことが判明した。ICUは重症患者が入るわけで、看護師さんの観察もより厳重だ。なんとこの患者さん、自分でPICCラインから採血して、口に入れて吐き出していたのだ!なぜそんなことを…おそらく麻薬鎮痛剤に依存しており、薬ほしさにやったのであろう。これを疾病利得という。いずれにしても血液の感染症があるのでMICUから一般病棟に移った今も治療は続いているが、やれやれである。この話はしばらく病院でも話題になったが、数年に一度くらいはこの手の患者さんが来院するそうだ。