12/29/2010

pulmonary embolism

 重度の肺塞栓症は、ICUで経過をみる。多くの場合、患者さんの血行動態は保たれ、1-2日でICUを出ていく。これは考えると不思議なことである。左右の肺動脈が詰まって、さらに主幹部にも左右紐状にまたがる血栓があるような場合、右心室からの血流はブロックされているはずである。右心室はもともと肺循環が低圧システムなため壁も薄く、急激な圧上昇には対応できない。たとえ小さな肺塞栓であっても、肺血管抵抗が上がることで右心に耐えられない負荷が掛かるはずだ。右心不全の他にも、右→左シャントによる低酸素血症や致死性不整脈をおこす可能性がある。
 にもかかわらず、ICUで毎日のように運ばれてくる重度の肺塞栓症のうち血行動態が不安定な例は(私の数カ月のICU経験で)数えるほどしかない。心エコーやCTで右心に負荷が掛った所見がみられることはあっても、血圧がどんどん下がり補液に次ぐ補液を要するような例は稀である。それどころか「偶然見つかったが血圧も酸素濃度も正常」というような例まである。そういう場合どんなメカニズムで血行動態をたもっているのだろう。亜急性~慢性に少しずつ血栓が肺に蓄積していくような場合は患者さんがうまくtolerateしていくのか。側副血行路があるのか。

12/28/2010

End of life

 New York Times日曜版を毎週読むと決めたので、配達してもらうようにネットで注文した。さっそく日曜朝、配達された新聞が玄関前の廊下に落ちていた。New York Timesの日曜版はものすごくぶ厚く、雑誌並みだ。他の新聞(たとえばUSA Today)の記事が表面的で詰まらないのに対し、これは解説や考察が充実しており買って読む価値がある。

 さっそく、End of life counselingに関する記事を読む。Medicareが毎年一回end of life counselingの医療費を支払うように民主党が提案している(現行では5年に一度)。忙しい外来でどれだけのPCP(主治医)が患者・家族とliving willなどにつき話しあう機会を設けているだろうか疑問だ。この変化でもっと議論されるようになるだろうか。

 Living willは弁護士に高額のお金を払って作成してもらうものの、「回復不能の意識不明になった場合に以下の治療を望む・望まない(抗生剤、補液、透析、経管栄養、人工呼吸器管理、心肺蘇生など)」という条件つきなので実際の臨床では多くの場合「回復不能かどうかなんてわからないから、これは当てはまりません」となる。ただしLiving willは本人の意思を忖度するのには役立つ。

達成感

 ICU勤務の最終夜は10人の新患が来たが、どれも興味深い症例で、時間内で良い仕事をした。最高のパフォーマンスをしながらも疲れを感じない、ハイにもなりすぎずに落ち着いていられた。胆力がついた。何が起こっているかがわかって仕事をするのは、この上ない喜びだ。全貌までいかないが、色々見えてきて今が一番楽しい時期と言える。16日間の夜勤を終えて、超爽快な気持ちだ。成し遂げたことを心から祝福したい。自分の成長を誇りたい。いらだったり傷ついたり、疲労もあって参ってもおかしくない状況でもうまく乗り越えて精神面も鍛錬された。

12/27/2010

Whisky

 喉頭蓋炎または血管浮腫でICUで経過観察となった患者さんがじつは大酒家で、ICU入室後にアルコール離脱症状をきたした。痙攣したら気道確保しなければならないが、喉頭蓋が腫れているので気管内挿管には気道閉塞のリスクがある。Fiberoptic intubation、うまくいかなければ外科的気道確保(緊急気管切開)かなあと考えていた。

 指導医に相談したら、「アルコール離脱を止める最も早くて簡単な方法はアルコールを与えることだ。飲めるならウイスキーを60ml(一日三回)与えよ、飲めないなら経鼻胃管から注げ」とのこと。ウイスキーとビールが治療としてオーダー出来るとは噂に聞いていたがオーダーしたのは初めてだ。ほどなく淡い色でよい香りのウイスキーが運ばれてきた(銘柄は不明)。

 しかし患者さんは「私はジンが好きで、ウイスキーはオエッてなるから飲みたくない」とかぶりを振る。経鼻胃管の挿入を試みるも、喉頭蓋が晴れているためか(あるいは患者さんが暴れているためか)食道に入らず、気管に入って低酸素血症をきたしかけたので止めになった。困ったなあと思ったら看護師さんがすごんで何とか患者さんがウイスキーを飲んでくれた。

 これが朝6時で、私はシフトが終わったので帰った。夕方帰ってみると、ほどなくベッドサイドで麻酔科が何という困難もなく挿管して鎮静剤で離脱が抜けるまで待つことになったと聞いた。




ICU

 ひさびさのICU勤務は楽しい。12/23夜にICUに行くと、あっちで心肺蘇生、こっちで緊急挿管、そっちで緊急気管切開、さらに新患は来るはでてんやわんやだった。きっとキリストが誕生する前で悪が世界を支配していたに違いない。家に帰るとすぐ眠くなり、仕事の夢を見る。久々に戦場のような経験をしているので無理もない。フラッシュバックのように目覚めるわけではないし、勤務4日目で仕事の夢も見なくなった。

12/22/2010

WPW

 WPW症候群の患者さんを初めて診た。失神で救急外来に搬送され、救急外来での当初の診立ては飲酒による酔っ払いであったが、その後上室性頻拍をきたし、adenosineでもリズムが変わらずdiltiazemでようやく洞頻脈に戻った。この人は今回の前にも、じつは数年前から週2-3回の動悸発作(数分でおさまる)を繰り返しており、心疾患の家族歴も濃厚だった。それで、アルコールは直接の原因として関与はあるものの、それ以外に基礎心疾患があるに違いないとおもっていた。それで洞頻脈に戻ったところでECGを取り直したら典型的なdelta波があって診断に至った。上室性頻脈は、房室結節から順行に伝導された脱分極が副伝導路を逆流してサーキットを形成したorthodromic AVRTだったらしい。この場合、洞結節からの刺激が副伝導路を介して起こるpreexcitationがないのでdelta波は見られないというわけ。電気生理学の先生にコンサルトして、ablationになった。

12/21/2010

よい診療

 夜勤もいまのところ新患の数が少なく、よいケアーを心がけている。まず、患者さんのベッドサイドに座り落ち着いて話を聴き、問題の深層に迫る問診をする。「なぜ?なぜ?」と自問しながら、少しでも引っ掛かる点があれば聞き逃さない。患者さんのかかりつけ医でもあるがごとく生活歴や家族歴を聞き、患者さんにとって大事な逸話やエピソードにしばし耳を傾ける。仕事をしていれば「大変ですね」、仕事がなければ「お気の毒に」、子供がいれば「かわいいですね」、軍隊にいたなら「どこに行きましたか」。
 問診でほぼ何が起きているか分かる。診察で自分の仮説を確認した後、何が起きているかについて病態生理にもとづいた平易な説明をして、治療と検査のプランを説明する。そのあと患者さんと家族の心配と質問に応じ、カウンセリングする。心配を分かち合って、状況に応じてどのような行動計画があるかを説明する。「突然ERにきて入院だなんてcrisisでとても心配だと思う」と伝えることにしている。
 これだけやっても、朝になれば患者さんは別のチームに移っていく。退院すれば、あとは野となれだ。それでも自分にできることをしたい。僕はオーダーマシンじゃない。患者さんはモノじゃない。患者さんをよく知り、医学知識・経験と患者さんのバックグラウンドを合わせて問題の根底を見抜き、治療を継続して診られる医療を実践したい。

12/13/2010

レモンを持ったらレモネードを作れ

 今夜から夜勤に入り、このシフトは12/28の朝まで休みなく続く。あまり良い思い出がないのでI am not looking forward to it(嫌だなあ)、気持は暗い。しかし、後輩を指導したり、興味深い症例にあたったり、Reader's digest誌を読み始めたり、楽しいことも実はあった。今回は、最初から飛ばしすぎないこと、淡々と仕事をすること、暇な時間があれば確実に休むこと、をとりあえず念頭に置いてやってみる。本を持っていき読むのも気分転換になってよさそうだからやってみる。

12/11/2010

public speaking

 Toastmasterに通いだしてから、仕事にも好影響がでているのに気付く。公の場(meetingやconferenceなどで)以前より自分の考えをはっきりと述べることができる。第一にfiller word(um, ah, like, you know, etc)がほぼ絶えた。第二に、ただcomplainするのではなく、statementを述べることができてきた。先日などは私の発言のあとにspontaneousに拍手が起こってびっくりした。meetingの後に、同僚から「僕もそう思っていたんだ」「賛成だよ」「よく言った」と言われたこともある。この訓練は始まったばかりだけれど、この調子で続けよう。

12/09/2010

Cardioplegia

 CABG(冠動脈バイパス手術)とAVR(大動脈弁置換手術)を見学した。じつは今の病院で毎日のように行われていたのだが機会がなかった。今月は循環器科コンサルトで、2年目のフェローが「見てきたら」と勧めてくれたので実現した。循環器科フェローシップでは2年次で心臓外科ローテーションがあるらしく、1年目のフェローは「お前にはまだ早い、俺もまだ観たことない」とか言っていたが、外科医はそんなこと気にせず気軽に入れてくれた。手術中は麻酔科医のポジションからよく観察できた。

 血管吻合や弁置換自体は、要は血管を縫い合わせるので器用だなあと驚きはしたが外科のテクニックであり、もっと驚いたのは人工心肺と心臓麻痺(cardioplegia)だった。右心房と上行大動脈にメスでスリットを入れ太いカニュラを挿入する。心臓はまだ動いているし血液で満ちているのであるが。右心房から静脈血を引いてきて、酸素化して大動脈に返す。磁石の力でlaminar flow(拍動のない一定した流れ)を生み出し、血液はトロトロ身体を流れる。




 Cadiac outputに相当する分時循環流量をダイヤルで調節できるようになっている。肺循環をバイパスするので酸素化が必要で、吸入麻酔も人工心肺を介した麻酔に切り替わる。人工心肺下にある間は、主にperfusionistと呼ばれる人工心肺のテクニシャンが患者さんの循環を担当し、麻酔科医はあまりすることがない。循環の指標にはmixed venous O2 saturationを用い、リアルタイムでモニターしていた(75-80%を維持)。

 Cardioplegiaは、クロスクランプ(右心房と大動脈をクランプして心臓を血流から遮断)した後に冷たいカリウム溶液に心臓を浸して心臓の動きを止めること。冠静脈には弁がないので、coronary sinus(冠静脈洞)から麻痺液を流すと静脈を逆流し毛細血管を介して冠動脈に達することで心臓全体を液で潅流させることができる。これをretrogradeといい、逆に大動脈側から潅流することをantegradeという。冠動脈に狭窄や閉塞がある場合は、動脈側と静脈側の両方から潅流しなければならない。

 心臓を直接触る手技が終わるころに心臓を再び温めると、心室細動がおこることもまれではない。ただし、循環はまだ人工心肺で行われているのでこの場合の治療の緊急度は低いし、心臓が温まるにつれ元に戻る。必要に応じて心臓を除細動パドルで挟み30J程度の低い電流でショックを掛けたり、リドカインやアミオダロン、マグネシウムを用いる。人工心肺から血液を戻しunclampしたあと、血圧によってはepinephrineを用いるが、必要としない場合がほとんどである。

 人工心肺がまわる間、約1300-1400mLの血液が体外にある。これをできるだけ戻すが、戻しきらない分はcell saverという器械にまわす。これにより術中の出血(ドレーンされた分)と人工心肺装置内の血液を回収し、洗って赤血球成分を体内に再び戻すことができる。なので心臓手術といえども輸血を必要とすることは少ない。なお透析と同様、体外のサーキットに血液を通すので術中はへパリンを流し、ACT(絶対凝固時間)をbaselineの約4倍に保つ。体内に血液を戻す頃にはプロタミンでへパリンをreverseする。

 ECMOや人工心肺は、外科領域なのでたとえ内科ICUにいても見る機会はほとんどないのでラッキーだった。また、心臓外科手術といえどもここでは日常茶飯事で、CABGも私が入ったのはその日2件目だった。手術もメインの心臓外科医と第一助手のレジデントの二人で淡々と行われていた。CABGが4時間で、心臓に触って血管吻合している時間は2時間くらいと想像より短かった。術後の回復も早く、だいたい翌日には外科ICUから退出し一般病棟に移る。入院期間は5-7日という。

12/05/2010

RI

 左冠動脈の主幹部から分枝するのは前下行枝と回旋枝であるが、ときに三番目の枝が分かれている場合がありこれをramus intermidius(RI)という。いままで循環器科でたくさんの冠動脈疾患に触れてきたのについぞ出会わなかったが、先日にこの枝がある患者さんを二人診た。この枝がある人はどれくらいいるのか、この枝は他の枝に比べてとくに詰まりやすいのか、他の枝が詰まった場合と比べて治療に違いはあるのか、などの疑問について自分で調べようと思う。

12/03/2010

protege

 今月は循環器内科で、カテをみたり回診についたりしているが、昨年に二か月過ごしたCCUが基礎になっており余り新しく学ぶことはない。自分の考えと指導医の考えがだいたい同じなのを確認したり、違うところから学んだり、後輩の先生にいろいろ教えてあげることがメインだ。

 CCUでついた先生は、Johns Hopkins出身の、うちの病院では最も優れた教育者であったが、先月一杯で転職され、郊外の病院の院長(administrator)になってしまった。これはうちの病院にとって大変な損失であるが、彼はシカゴ大学でMBAを取得されており、この決断もやむないのだが。

 この先生に教えてもらったおかげで、心電図を読むのだって誰にも負けないくらいの自負がある。今となっては、先生に教わったことを自分が後輩に伝えることが使命と思う。他の指導医には教えられない特別な何かがあり、それを受け継いだのは(循環器志望でもないけど)他ならぬ私だと信じている。

12/01/2010

senior resident

 シニアの仕事は、ジュニアレジデントを教えて、ジュニアレジデントが私と同じレベルで診断の議論ができ治療の計画が立てられるようにすることだ。だから回診中は、ジュニアレジデントが指導医にプレゼンするあいだ「いいんだよ」というfaithfulな眼で彼らを見ながらゆっくりとしばしば頷くのがおもな仕事である。指導医が何か質問しても、すぐに自分が答えるのではなく、ジュニアレジデントが知っているはずだという信頼のまなざしを向け、彼らに答えさせる。幸い、教え甲斐のある優秀なジュニアレジデントに囲まれて、愉しい月だった。

30 hour calls

 今月で私の30 hour callは終りである。古き良き30 hour callも、ACGMEの規則が変わり来年からはすべてのプログラムで消滅する。朝から24時間のあいだ新患を取り続け、他チームのクロスカバーを対応し、翌朝回診して昼に帰るというのは大変である。しかし、夜間に来た新患を初期対応し、さらに引き続き診続けるのは継続性の観点から望ましいと私は信じている。さらに、昼に仕事を終えて半日休むほうが、休日が増えたみたいで私は好きだった。それに何といっても私はナイトフロートというのが大嫌いなのである。夜しか働かず、朝が来ればI don't careというのは性に合わない。とはいえ来年からは新しいシステムになる。診療の質が下がらないか心配だ、注視しよう。

11/22/2010

the road ahead

 入院診療も、最近はルーチン化してきた感があり、何を目標にするか考えている。オーダーなどhousekeeping的な「仕事」、診察や問診取りの「アート」、診断・治療に至る「思考過程」、患者さんや家族をいたわる「プロフェッショナリズム」、医学知識をわかりやすく「教える」、などどれもそれなりになってきた。やってて楽しいし情熱もある。その先はなんだろう。

冷静に

 外来で患者さんや家族がヤイヤイ感情的に何でもかんでも訴えて来ても、最近は押し流されることなく、恰も嵐の中で海底にある貝を見つけ出すように、何が問題なのかを問診と診察により見抜き、それにたいする効果的な対策と計画を立てて、患者さんや家族に伝えることができるようになってきた。寧ろ、ヤイヤイ言われながら心の中で「やれやれ、さあ核心はどこかな」と一息ついている自分を発見し、それを少し楽しんでいる自分に気づくことさえある。英語だから却ってできるような気がするが、日本語でもできるかは日本に行ってみないと分からない。

10/26/2010

prank

 ハロウィーンも近づき、先日は友人の家に遊びに行ったらそこの人達がみな変装していた。その友人はいま別の病院で働いているのだが、そこの同僚で当直のため来られなかった先生のために、パーティの食事を持っていってあげるという。でも、ただ渡すのではつまらないので、ERの病室に潜んで患者のふりをして、その先生を呼び出し驚かせようということになった。
 というわけで友人は変装したまま車に乗った。信号待ちのときなど隣レーンの人が驚いてみていた。病院の玄関からERに向かい、病室へ。その先生と面識のない私が患者の家族、もう一人が患者役ということになった。精神科救急用の部屋なので殺風景で、天井の隅にはカメラモニターがついている。(患者の家族として問診に立ち会うのは初めてだな)と思いながらストーリーを考える。
 ほどなく先生がやってきて、私は臨場感を出すためにさも恐れおののいた様子で「妹の様子が変なんです…さっきまでパーティーしていたんですが…人の声がするって言うんです…怖い…怖いよ!…これって変ですよね?…僕おかしいですか!?」と、どもりながら椅子から立ち上がり先生に迫る。しかも患者役はそのあいだずっと顔を毛布で隠しベッドで横たわっているのだ。
 先生は動揺しつつ、ベッドに近づき患者役に声をかけた瞬間に彼女が「お前をたべちゃうぞーガオー!」と飛び起き先生が「ヒー!」となったところで皆が部屋に入ってきてドッキリ終了となった。そのあとは改めて自己紹介して、食べ物を渡して戻って来て、映画"Zombieland"(2009)を観て真夜中過ぎに帰って来た。ハロウィーンのよい思い出になった。

10/22/2010

article

 悪性疾患の患者に対する静脈血栓症予防にはワーファリンよりも低分子量へパリンのほうが有効であるというのは、話には聞いていたし、今の病院でもそのように診療しているが、誰もその根拠を教えてくれなかった。こないだ大学病院でoncologyのfacultyをしておられる日本人の先生に訊いたら一発でNew England Journal of Medicineの2003年の論文があることを教えてくれた。私的にお世話になっている先生から、このように仕事面で教わるのも嬉しいものだ。そのうち自分からも発信できるようになるといい。

10/19/2010

Migraine-associated vertigo

 Headacheとは比喩で「悩みの種」という意味でよく使われる。患者さんにとってはなんとも厄介で「頭の痛い」事態だ。頭痛の特徴は、ほとんどのケースで症状から臨床的に診断することだ。そんなわけで注意深い問診がカギであるが、今日も一人英語が話せない患者さんが頭痛で来院し、通訳してくれる家族を頼りに詳しく情報をあつめたらどうやらMigraine-associated vertigo(MAV)っぽい感じだ。偏頭痛らしい頭痛の症状に加え、頭痛が始まると同時に目まいと耳鳴りがするのだという。Dix-Hallpike試験が陽性だったが、MAVはBPPV(良性発作性頭位性眩暈)を合併することがままあるという。

10/05/2010

life support

 ICU勤務では、患者さんが意識不明で話すこともできず管につながれて、反応といえばモニター(心電図などバイタルサインを持続的に反映するパネル)がピコピコするだけという状況で、看護師さんに言われるままやれ「(患者さんの)血圧が高いからなんとかしろ」「あばれているから鎮静剤をオーダーしろ」「動脈ラインが抜けたから新しいのを入れろ」だの言われて応需診療する日々だった。一部だけをみて全体をみないような、倦んだ気持ちになった。さらに倦むと、患者さんより看護師さんを治療しているような憂鬱な気持になった。
 ICUでは「感染症なら抗生剤」、「悪性腫瘍なら抗ガン剤」という根本的治療だけでは済まず、患者さんの循環・呼吸・栄養・腎機能・その他をどれだけサポートできるかという話になってくる。サポートという言葉は日本語の「生命維持(装置)」と置き換えていい。たとえば肺炎にしても、人工呼吸器はサポートであって根本的治療ではない。患者さんの状態が自力の呼吸では酸素を十分に取り込めないほど悪いので、人工呼吸器で助けてあげるのだが、あくまで時間稼ぎでありその間に肺炎が良くならなければ仕方ない。
 人工呼吸器のサポートでも不十分なら、腹臥位にしたり(roto-prone bedという患者さんを回転させる特別のベッドがある)、ECMO(人工肺、血液を取り出し膜を通して酸素化して再び送り返す機械)につないだりする。先月も、重症レジオネラ肺炎に横紋筋融解を合併した症例があって、ECMO導入になった(ので外科ICUに移ってしまった)が、時間稼ぎの間に肺が回復してくれればよいと思う。心臓についても同じように各種サポートがあり、腎臓についても透析(通常透析、持続透析)などサポートがあるが、あくまでサポート、あるいは代替手段である。
 もちろんサポートの仕方次第で患者さんの救命率は上がる。いろいろな研究や文献により、酸素濃度はどう維持するとよい、人工呼吸器はこう使うとよい、貧血はこのレベルで治療するとよい、血圧低下はこの薬で対応すればよく、治療の指標はこれを使うとよい、栄養はどの方式で与えるのがよい、といった色々なことが分かってきている。正しいサポートの仕方を学ぶことが、ICU診療で最も大事なことは言うまでもない。私もその理解により今までよりは気持的に希望を持って瀕死の患者さんを助けられるようになったし、そう簡単にはあきらめずどこまでもサポートしてきた。
 しかし「サポートもいいけど、いま何が起きていてどんな根本的治療がありえるの?それがあるならいいけれど、ないならサポートだけしてどうなるの?」という問いもとても大事である。そして残念ながらpoint of no return、このプロセスは不可逆的でありいかなるサポートもそれを戻すことはできない、という時がある。そこからは治療の目的を根治から患者さんの苦を除くことにシフトすることも提案しなければならない。

case review

 先月のICU勤務中に診た興味深い症例を、いま見直している。腎膵移植後に免疫抑制剤(alemtuzmab、抗CD52モノクローナル抗体とtacrolimus)を導入されてから重度の自己免疫溶血性貧血を発症した患者さんで、ステロイド療法に不応性でヘモグロビン濃度は一時期3.5g/dlまで下がった。

 免疫グロブリン、rituximab(B細胞をターゲットにした抗CD20モノクローナル抗体)、bortezomib(プロテアソーム阻害剤で主に多発性骨髄腫に用いられる)、血漿交換を行ってやっと反応した。無事退院できてほっとしている。

 この症例から、自己免疫溶血性貧血について、その他の溶血性貧血について、免疫阻害剤について、免疫学の基礎知識について、生物学的製剤について、など幅広く学ぼうと思う。一つ一つの項目について学ぶうちに、そこから派生した事項まで学ぶこともできる。来年からのトレーニングでは、腎移植や腎膵移植の患者さんを沢山診るのでその導入ともいえそうだ。

10/03/2010

rain on someone's parade

 Don't rain on my parade(私のパレードに雨を降らせるな)、という表現にも出会った。MICUの患者さんを次々に転床・転院させようという話をしていたときに「この患者さんは今朝から血圧が下がってます」とか「あの患者さんは保険がないので転院には時間がかかります」とか指摘されたフェローが言っていた。つまり、盛り上がった気分に水を差すとか、いい気分を台無しにするとかいう意味。

8/20/2010

SALT

 今日はACLSで、S.A.L.T(supraglottic airway laryngeal tube)デバイスという画期的なものを初めてみた。これは何の変哲もないプラスチックの筒なのだが、一方は閉じており、代わりに側面(下1/3あたり)に孔があいている。これを挿入すると先端(閉じたほう)は食道、側面の孔は喉頭に位置するようにできている。
 これだけでもoral airwayとして機能するが、さらにすごいのは、その孔を通じてET tubeを気管内にいとも簡単かつ確実に挿入することができることだ。LMA(ラリマ)挿入後にET tubeをその内腔を通じて挿入するのにヒントを得て作られたという。軍関係で用いられ始めたらしく、今後civilianな分野にも広く浸透していくと思われる。ほんとに、挿管がめちゃめちゃ簡単になる。

8/14/2010

三年目

 三年目の目標はなんだろう。仕事に限って、だけど。自分の医学知識を補完することは無論だ。卒業したら、総合内科医だ。弱点があってはならない。全分野にわたって大概の事は知っており、教えられるようでなければならない。弱点を補強できるのも、今のうちだ。MKSAP(内科認定医試験対策)も、始めたほうがいい。

 人との関わりも重要さを増してくるだろう。人を教えること。まとまった内容を教えられるように、ネタ帳を充実させたい。まだ手技を英語で教えるのは上手じゃない。日本から新しく来た人たちに色々教えてあげることも必要だろう。

 また人を育てる(見守る)ことも重要だ。人がやりたいことを真剣に聞いて、きっとできると信じること。自分なら簡単にできそうなことだからと言って、さも簡単そうに「こうこうすればできるよ」とアドバイスしてもうまく行かないことを学んだ。

 それでも、信じて、長い目でサポートすることが大事だ。アドバイス以外にも、できることはある。「この人はきっとできる」と信じていれば、自然と会話や態度や環境が変わってくるし、それが相手の助けになることはある。

 今年度は姉妹病院の事実上の閉鎖に伴い、その病院の内科プログラムがうちに吸収される。教育の質、量が大きく変わる中で、どのように寄与できるか。「誰かが善行をはじめなければ、悪ははびこるばかりだ(有名な哲学者の言葉らしい)」といって自らECGレクチャやらCXRレクチャやら始めるつもりの人もいる。

 論文・研究、医学教育(医学生へのレクチャなど)、医療制度の理解と活用、プロフェッショナリズム(社会的・心理的・倫理的に困難な状況で患者・家族にどう対応するか)。来年からは総合内科に関しては指導医になるんだ(たとえ腎臓内科についてはフェローだとしても)と言い聞かせて研鑽したい。

8/12/2010

lottery

 今いる州の宝くじ(lottery)は、売上金の慈善利用が100%高齢者向けに限られているため、他の州に比べて高齢者向けのサービスが充実しているらしい。custodial care(身の回りの世話など、介護ケア)はskilled needsではないのでmedicareがカバーしない。だからmedicaid、私的保険、各自治体の補助などによる。

二重否定

 英語表現で、一度聴いても意味が取れない場合がある。たとえば銃で撃たれたことのある患者さんがいたとしよう。彼が"He won't shoot no one else."という時、直訳すれば「彼(自分を撃った相手)は他の誰も撃たないだろう」となるが、これは「彼は収監中か死んだかで、もう誰も撃つことはない」という意味だ。
 別のシチュエーションでは、夜勤の看護師さんがシフトを終えて帰ろうとしているとしよう。そこで彼が"You guys won't have fun without me."と言う時、これは"I'm leaving.(帰るね)"とほぼ同義である。「(私が帰っちゃうから)私抜きでお前らは楽しくないだろう」という、からかい表現である。

8/10/2010

Histiocytosis X

 HIV/AIDS患者でCD4カウントが低い人がHAART(抗HIV)療法を開始すると、immune reconstitution syndromeがみられることがある。これは、今まで免疫能が極度に落ちていたために日和見感染症に対して炎症反応を起こす(英語ではmount)ことすらできなかった患者さんが、免疫機能の回復に伴い感染の諸症状が一気に現れるものとされている。morning reportでそれを疑う症例を議論した。CXR(胸部レントゲン)で、右肺上葉を中心に陰影がみられ、しかしinfiltrateのようには見えなかったのだが、CT画像でみるとmiliary TB(粟粒結核)を疑わせる小粒状影がみられた。しかしTB諸検査は陰性。VATS(胸腔鏡下手術)生検でも最初は診断がつかず、検体を大学病院に送ったところLangerhans cell histiocytosisという診断に至った。

8/07/2010

Geriatrics

 Geriatricsは、医学のみならず看護、リハビリ、栄養、認知、眼・耳・歯・足・骨などのケアー、周囲の環境(家、家族サポート、地域サポート)、金銭面(Medicare coverage)など様々な角度から患者さんを診るのが特徴だ。しかも継続して診ることが何より重要だ。そして家や施設に往診などすると、バイタルサインも自分で取るし、入院患者さんの診療にくらべて身体所見に頼るウェイトが高い。全身状態、症状、それに背中の叩打痛から腎盂腎炎を疑い近くの病院ERに送ったりもした。治癒を目的にするというより「できるだけお家で生活できるようにする」とか「できるだけ現存機能を保持する」といったことが目標になる。自分にとって関心のあった新領域なので今は色々なことが分かって楽しい。

Inspire the audience

 先月は、日本の二つの進歩的な教育病院で若い先生方を前に講演した。準備しながら「この話の目的はなんだろう」とずっと考えていた。知識を伝えることなのか、自己満足のためなのか、相手をけなすためなのか、色々な考えが頭に立ち現われては消えた。そしてたどり着いた目的は「相手をinspireすること」だった。目的が明確になって、講演に魂が入った。実際に人々をinspireできたし、それにより新しいproductiveな出会いも沢山もたらされた。

 インスパイアするには、三つのステップがあると学んだ。まず相手の気持ち(不安)や目標、信じる価値にコネクトする。そして、なぜそれらの不安が生じるのか・なぜ現状ではうまくいかないのかを説明する。そのあとで、新しい価値、価値観を聴衆に訴えかける。この気づきのあとで、かなり形骸的な知識が多かった原案を変え、また最初の講演の後はさらに重要部分をクローズアップするようにして、二回目は内容・発表ともぐっと改善することができた。

story telling

 story tellingの上手な人になりたい。そういう魅力のある人の話は、たとえその話が長くても周りの人が飽きずに(また中断せずに)聴いてくれる。結論を急ぐ、ただ事実を伝えるのとは違い、「そういえば何年か前に僕が…」とかやると相手が(それで?そのあとは?)と注目して聴いてくれるような話。私は色々経験しているし、色々知識も増えているけど、これからはそれをいかに伝えるかだ。

7/17/2010

Insulin pump

 インスリンポンプは、一定速度でbasal insulinを持続皮下注する。夜間は少なめ、明け方はdawn phenomenon(暁現象、成長ホルモンレベルの上昇に伴う血糖上昇)に対応するため少し多めに設定する。インスリンは100単位/ml、インスリン抵抗性が強い人には5倍濃縮のu500(500単位/ml)を用いる。そのほかに、炭水化物:インスリン比を設定して、食事ごとに摂取する炭水化物の量を入力するとpremeal bolusを計算してくれる。また一日4回程度血糖(正確には皮下間質のグルコース濃度)を測定し、correction factor(目標から何mg/dlごとに1単位追加)に基づいてsliding scaleの要領でbolusしてくれる。いままでポンプの患者さんの診察はしても、ちゃんとは教わらなかったので今回はためになった。

7/16/2010

Basal insulin

 現在米国には、NPH、Glargine(Lantus)、Detemir(Levemir)の三種類がbasal insulinとして使われている。Lantusは、pHが酸性でモノマー、中性でヘキサマーになるよう分子工学的に変化している。だから皮下の中性pH下ではなかなかモノマーにならず長時間作用を示す。Levemirはアミノ酸の一つにmyristic acidが付加されたことで、血清アルブミンに結合する。それで長時間作用を示す。さらに、Degludecという新薬が治験中(phase 2)で、これはLantusとDetemirの両方の工夫を取り入れたインスリンで、作用時間は両者よりずっと長い。だから用量も少なくて済むし、週3回でもいいかもしれない。

[2019年4月追記]上述のDegludecは、商品化されている(日本の商品名は、ライゾデグ)。

7/13/2010

thyroid cancer

 Hashimoto甲状腺炎の10%は自己抗体が陰性で、その場合の診断は甲状腺超音波による。超音波で、Hashimotoに典型的なechotextureが見られるらしい。Hashimoto甲状腺炎を疑ったら(ほとんどの原発性甲状腺機能低下症で疑うが)超音波検査を行うことはもはやスタンダードになっているが、それは前述の理由のほかに、甲状腺炎はnoduleを高率に併発しその一部は悪性でありえるからだ。
 甲状腺がんで、lobectomy(subtotal)とtotal thyroidectomyのどちらを選択するかは施設ごとの考えと患者さんの考えによって異なる。papillary、follicularはいずれも予後がよいので、どちらもあまり成績は変わらない。Totalのほうがより侵襲が大きいが、よい外科医が施術すれば反回神経麻痺、副甲状腺機能低下低下症などは起らない。
 悪性度の度合いによってTSH suppression、radioactive iodine therapyを追加する。フォローアップは画像または血清thyroglobulinによって行う。治療中、分化度が下がって(de-differentiate)anaplastic thyroid cancerになることもある。この種類だけは、残念ながらどうあっても患者さんを助けることができない。先月この病気患者さんをMICUで診た。

血糖降下薬

 今週は、1月にteachingのattendingとしても一緒に働いた内分泌先生と一緒だ。この先生はボストンの病院でトレーニングを受けただけあって、最新エビデンスに精通しているのみならず、「最近のCleveland clinicはこう言っている」「Mayoはこう言っている」と全国トップレベルの診療を知っている先生なので話が面白い。

 GLP-1アナログ(Byetta®のクラス)は何種類もの新薬がFDA治験最終段階まできており、新しいものは週1回あるいは月1回の使用でよいという。GLP-1の膵島β細胞への作用はグルコースに依存しているため低血糖を起こしにくいとされている。

 GLP-1は胃蠕動を低下させたり食欲中枢に作用して食後の満腹を早くもたらしたりするが、他にも糖尿病患者に見られる食後のparadoxical Glucagon secretionを改善する。この現象は、糖尿病患者がインスリン欠乏(膵島β細胞の喪失)のため食後のグルカゴン分泌を抑制できないためと考えられている。

 SU剤については、このクラスの多くの薬剤が血管上にあるK-ATP channelにも作用するため虚血時の血管拡張を阻害することが知られている。とくにGliburideはそれが顕著であるため、もはや使われることはほとんどない。その点ではGlimepiride(Amaryl®)が、比較的安心して使える。

 食後高血糖を抑えるにはNovolog®(超速効インスリン)、Prandin®、SUが用いられるけれど目標血糖は食事後2時間で140mg/dl以下とされている。ちなみに非糖尿病者での食後血糖は、一旦食前血糖より高くなり、そのあとインスリンがovershootするため食前血糖より低くなる。このとき、交感神経が敏感な人(不安な人、やせた人など)では汗や震えなどの低血糖症状が出ることがある。これは生理的な反応で必要に応じた対症療法を行う。

 Prandin®のクラス(Non-SU insulin secretogogue)にはもう一種類あるが、Prandin®のほうがpotentでかつ用量に幅がある(0.5mgから4mg)ので好まれている。SUに関しては、50%ルールというのがある。これは「FDAが定めた最高用量の50%で90%の血糖降下作用がある」というもので、逆にいうとこの用量から増やしてもあまり効果増は期待できない。

 Actosと同クラスのAvandia®は、心血管系副作用の件で、いままさにFDAによる調査を受けており、今週末にも市場から外される見込み。いま教わっている先生が治験データなどを読み込んだところによれば、この薬はFDAがいうほど心血管系の副作用は大きくないそうだが。

[2019年追記]上述のPrandin®は一般名レパグリニド、日本の商品名はシュアポスト。このクラスは他にミチグリニド(日本の商品名はグルファスト)、ナテグリニド(ファステック、スターシス)がある。

7/11/2010

PBL

 いまは内分泌コンサルトをやっているので、診る患者さんはprimary service(総合内科)に属している。だから私が総合内科の研修医と医学生に、内分泌科からの治療・検査プラン(レコメンデーション)をつたえる必要がある。その際には、どうしてそう考えるかを教えてあげるようにしている。

 そんなわけである患者さんのことで医学生に汎下垂体機能低下症の病態と診療について教えていたら、この医学生がものすごい切れの良い質問を次から次にしてくる。訊けば、彼女は医学部1-2年生のあいだ講義はいっさいなく、すべてPBL(problem-based learning)形式で学んだという。これはグループにわかれて、症例あるいは疾患について、各々がありとあらゆる問いを立てそれにつき調べ学び発表する方法だ。私も医学部在籍時代、これを知って自主的にこの方法で学ぶクラブ活動をしたことがある。

 このやり方は、自主的に学ぶので頭に残りやすい。また問いを自ら建てることは、医師として働くうえで生涯にわたりきわめて重要なツールなので、より実践的と言える。この学生さんが「質問しまくることでバカみたいに見えるけど、その分学べるからいいんです」と言っていたので、(そうだよね)と嬉しくなって「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だよ」と返したら、「その表現いいですね」と喜んでいた。日本のことわざとは言わなかったが、友達に広めておくようにと冗談で言っておいた。

7/09/2010

Cushing syndrome

 Cushing症候群、Cushing病について学ぶ。Cushing病と単純な肥満を見分けることは難しく、Cushingに特徴的なサインを覚えてpretest probabilityの精度を上げる必要がある。とくに重要なのはアザができやすいか、紫色で幅広い(1cm以上)striaeがあるかどうか、そしてflushingがあるかどうか。また、Cushing病・Cushing症候群は進行が緩慢(数年単位)で患者さん本人も近親者も久々に会う人に指摘されるまで体型の変化やmoon faceに気づかないことがあるという。それに対して異所性ACTH産生腫瘍は進行がとても速いことがあり(数週間)、多くの場合carcinoidあるいは肺癌によるという。
 スクリーニング試験に適しているのは1mg(経口)dexamethasone抑制試験で、前日23時にdexを内服し翌朝8時に血中cortisolレベルを測定する。早朝に来るのが大変な人は、24時間蓄尿してurine free cortisol(UFC)を測定する。前者のほうが感度は良いが、偽陽性があるので注意が必要だ。偽陽性は、肥満やうつ病でみられる。これらはACTHがやや多く分泌されていることが原因。それで、偽陽性を否定するにはCRH刺激試験を行う。これは0.5mg dexamethasoneを6時間おき2日間(厳格に6、12、18、24時)内服して副腎も下垂体も黙らせたあとで、それでも下垂体がCRHに反応するかをみる。朝6時に8錠目のdexを内服してから朝8時にCRHを静注し、15、30、60分後にcortisol レベルを測定する。肥満やうつ病であれば、下垂体が黙るのでcortisolレベルは低い。
 Cortisol産生過剰が示された後は、どこが異常かを調べる。まずACTHレベルを測定し、副腎腺腫ならばACTHは低値、それ以外ならばACTHは高値と鑑別する。副腎腺腫の治療は、患側の副腎摘出である。摘出後は対側の副腎がまだ寝ておりホルモン補充が必要だが、やがて目覚めるのでその必要がなくなる。Hydrocortisone(半減期8時間)を午前8時に20mg、午後1時に10mgというふうに内服していれば、夜間にはhydrocortisone freeになり副腎抑制が掛からない。次に下垂体ACTH腫瘍と異所性ACTH腫瘍を鑑別するために8mg dexamethasone抑制試験を行う。下垂体腫瘍はこの高用量ステロイドに負ける(投与翌朝8時の血中cortisol濃度は投与日朝8時のレベルに比べて90%以上も低くなる)のに対し、異所性ACTH腫瘍はタチが悪く、これだけやっても投与後cortisolレベルは投与前に比して40%未満しか下がらない。
 それでも判断がつかなければ、IPSS(inferior petrosal sinus sampling)を行う。これは放射線科が大腿静脈から内頚静脈を通して左右のinferior petrosal sinus(下垂体のすぐそば)にカテーテルを挿入し、さらに末梢ラインも挿入して、それら三か所から血液サンプルを同時に採取してACTH濃度を測定する。ACTHが下垂体由来であれば、下垂体からの血液のほうが末梢のそれよりACTHは高くなる(比で2:1以上)。CRHを注射して反応をみた場合も同様(比は3:1以上になる)。左右どちらの下垂体由来かも診断できる。ACTH産生腫瘍はしばしば小さく(5mm以下)MRIにも映らないことが多いので、この試験は治療上も有用である。下垂体ACTH腫瘍の治療は外科摘出、それでも上手くいかなければ副腎摘出に踏み切ることもある。異所性ACTH腫瘍の治療は由来を確かめるところから(胸部CT、somatostatin scan、気管支鏡、EGD、etc)。

7/08/2010

Growth hormone

 下垂体の話はまだ続く。IGF-1が低値であれば、GH産生低下を証明するためにGH産生刺激テスト(=ITT, insulin tolerance test)を行う。0.15unit/kgのインスリンRを静注(インスリン抵抗性の患者では0.2、インスリンにナイーブな患者では0.05)して、GHレベルが3.0mcg/L以下であれば成長ホルモン分泌不全と診断する。recombinant GHは40,000ドル/年もかかるから、治療は他のホルモン分泌不全(甲状腺、副腎、性腺など)を治療しても不応の例に限られる。GHは全般的に組織の増殖を助けるので、悪性腫瘍の患者には禁忌である。
 GH産生過剰(acromegaly)は98%下垂体由来で、多くの場合adenomaによる。IGF-1が高値の場合OGTT(75gグルコース)を行い、GHレベルが1.0mcg/L以上であれば診断する。GH産生腺腫は近傍のLH/FSH産生細胞を圧排するため、性腺機能異常を伴うことが多い。治療は手術が第一選択で、不応例にはstereotacticな放射線治療もおこなわれるが、これはまず汎下垂体機能低下を起こすと思ったほうがよい。ソマトスタチンアナログも用いられる。手術がうまくいけば、骨の異常以外のacromegalyの所見は消える。またacromegalyの患者は心血管系疾患と悪性疾患を合併している場合が多いので、スクリーニングが重要だ。

7/07/2010

Pituitary gland

 下垂体の左右には海綿静脈洞があってⅢ、Ⅳ、Ⅵ脳神経、内頸動脈が走っている。前葉はおもにLH/FSH、PRL、TSH、GH、ACTHを分泌しており、下垂体機能を評価するにはこのすべてを測定する(GHは分泌にムラがあるので代わりにIGF-1を測定する)。IGF-1が高値な場合、確認のためにOGTT(グルコースによりGH分泌は抑制されるはずなのに、GH分泌過剰時には抑制されない)を行う。TRHはlactotropic cellsによるPRL分泌を促進する。PRLはLH/FSH分泌を抑制する。それで、無月経と乳汁分泌を起こす状況のなかでは一次性甲状腺機能低下症が最も多い。
 PRL産生細胞は、視床下部からのドパミン産生ニューロンによる抑制を受けている。高PRL血症をおこす薬剤は多く、dopamine blocker(抗精神病薬、metoclopramideなど)、dopamine産生阻害剤(methyldopa)、opiates、H2 blockers、imipramines、SSRI、verapamilなど。下垂体茎(stalk)の圧迫によっても高PRL血症がおこる。これらの場合、PRL濃度は100mcg/Lを超えることはまずない。100mcg/lを超えてきたら、まずprolactinomaと思ったほうがよい。Prolactinomaの治療は、以前まで手術が主流だったが、現在ではcabergolineあるいはbromocriptineで多くの場合adenomaが縮小しPRLレベルも正常化することがわかっており、手術は内科治療に抵抗性のケースに限られる。

7/05/2010

hyperinsulinemia

 内分泌月間がはじまった。最初に受け持った患者さんは低血糖で、16年前にRoux-en-Y gastric bypassを受けた人だった。低血糖とgastric bypassでUp To Dateを検索したら、nesidioblastosisなる疾患があって、これは膵島細胞症ともよばれ、gastric bypass後におこる消化管ホルモンの異常(高GLP-1血症)で膵島細胞が過形成をおこし、高インスリン血症による低血糖がおこる。この患者さんでは血中インスリン濃度が低く、どうやらカロリー摂取不足のほうが可能性としては高いが、勉強になった。
 高インスリン血症は、必ずしもインスリノーマだけにみられるわけでなく、インスリン抵抗性の症例でも見られる。大事なことは、インスリン濃度は血糖とともに測定しなければならない。低血糖時にはインスリン分泌は抑制されているはずなのに、それでもインスリンが過剰分泌されていれば、インスリノーマやnesidioblastosisを疑う。
 血糖は正常なのにインスリン濃度が高いときには、脂肪酸や炎症サイトカインによりインスリンによる血液中から細胞へのブドウ糖の取り込みが抑制され、それを補う形で血中インスリン濃度が上がっている可能性もある(高インスリン血症はインスリン受容体のdown-regulateをおこし、悪循環になる)。
 インスリン抵抗性を測定する方法に、hyperinsulinemic euglycemic clampという試験があって、これはインスリンを一定量上静脈から流しながらその作用に拮抗して正常血糖を維持するためにどれだけブドウ糖が必要かを測定することで、患者さんがどれだけインスリンに敏感(あるいは抵抗性がある)かを調べるもの。しかし、今月一緒に働く先生によれば、こんなことしなくても、metabolic syndromeかどうかで分かるという。
 なお、PCOS(polycystic ovary syndrome)はインスリン抵抗性を合併しているが、先生によればこれはPCOSの結果なのではなく、むしろインスリン抵抗性による高インスリン血症のために卵巣内のthecal cellsが過形成・肥大を起こし、さらにテストステロンを分泌するため無月経や多毛が起こるのだという。だから治療はmetforminである。

6/16/2010

Graduation

 先週には3年目の先生を送り出す卒業式があった。各先生の送辞に続いて、各卒業生の名前が読み上げられdiplomaが授与された。今年はfellowshipに進む人が少なかったせいか、例年のように「A先生はB病院に進みます」というような進路の紹介がなく、名前のみだったのが私には不服だった。なおこの卒業式は1年だけ内科をして他科に進むprelimとtransitionalの先生を送る場でもあるが、ここでは「A先生はB大学病院の麻酔科レジデンシーに進みます」というように進路を紹介していた。

 せっかく内科でトレーニングしたのに「C先生はD州のある街で内科医として開業します」と紹介するのが恥ずかしいことだなんて悲しい。総合内科のプログラムを3年修めた人が、総合内科医として働いていくことは素晴らしいことである。そもそもうちの病院はプライマリ志向が強い人が集まっている。他の病院ではフェローシップへ進む人が多いことをよいプログラムかどうかの指標のように考えているところもあるだろうが、うちの病院まで追従することはない。

 とはいえ、卒業生の顔も晴れやかで、式のあとには外に出て記念写真撮影、そしてreceptionの席で歓談した。来年は自分かと思うと、時がたつのは速いなと思う。来年、名前を呼ばれたときに三年間の苦労を思い起こすと胸に込み上げてくるものがあろう。未来志向で先のことを考えていれば、もっと晴れやかだろう。でも、節目だから前者のほうがいいのかもしれない。例年、人気のある先生は壇上にあがったときの拍手がことさら大きい。私もそうならいいと思う。

Procedures

 今月はMICUで、手技をする機会がとても多い。私は日本にいた時には手技があまり好きでなかったのだが、いまは好きだ。ひとつには手技キットが充実しているので準備が楽である。またMICUの各部屋は広く、ベッドの高さや傾斜も自在に変更できるのでポジショニングが楽である。看護師さんも一人1-2部屋(1-2人)担当なので無理なく手技に付いてくれる。さらに、肥満などで体表から解剖学的な位置を同定しにくいときには超音波を使うので確実である。そんなわけで毎日1-2件の手技をしている。中心静脈ライン、動脈ラインが多いけれど、腰椎穿刺、腹腔穿刺もやった。胸腔穿刺はたいていpulmonary critical careのフェローがする。気管内挿管は、麻酔科の仕事なのでおそらくこちらですることはないと思われる。

6/12/2010

HITT

 初めてHITT(Heparin-induced thrombocytopenia and thrombosis)とおぼしき症例にあたった。やや非典型的なプレゼンテーションであるが、いまのところPF4抗体は陽性(serotonin release assayは結果待ちだが)で、塞栓症を合併しているのでおそらくHITTであろう。巨大なskin necrosisを併発しており、当初はwarfarin-induced skin necrosisを疑われたが、これもHITTの一症状とみられる。この病院に運ばれるまでの処置で、いくつか適切でないと思われるものがあり、患者さんの重症度とあわせ、人災の面があると思うとやり切れない。とはいえargatrobanで治療して、回復を祈るばかりだ。血液内科の先生も併診しており、この症例はlupus anticoagulantを合併している可能性があるとのこと。その検査結果を待っている。

Perseveration

 Non-convulsant status epilepticus(脳内はけいれん状態だが身体は動いていない)の患者さんを診た。脳波検査をしてわかるまでの数日間、何がおきているのかさっぱりだった。というのも患者さんは、聞かれた質問に対して5-10秒だまったあと答える(「どこにいますか?」「…病院」)ものの、その後数分のあいだは、何を訊いても同じことを反復して答え続ける(「名前はなんですか?」「…病院」)。これは英語でperseveration(保続)という。CT、MRI、脳脊髄液検査はいずれも異常なく、脳波でやっと判った。神経内科レジデントによれば、保続はnon-convulsant status epilepticusの一症状らしい。つぎの質問は、「なぜ患者さんがけいれんしなければならないのか」である。いまのところtoxic metabolic encephalopathy、あるいはlimbic encephalopathyが疑われる。

5/02/2010

colloquialism

 先月の教育回診では、実に多くの英語表現を先生が教えてくれた。それは、先生が英語や米国文化について教えることが私の成長にとって為になると考えたためと思われる。Johns Hopkins大学出身の先生が選ぶ言葉は時にスラング、ときに現代語、ときにレベルのとても高い語彙を用いており、教養の高さに由来する諧謔的なユーモアにあふれていた。今後私が米国で学び教え働くうえで、積極的にこれらの表現を摂取したことはきわめて有益だった。
 "plot thickens"(台本が厚くなる)とは、症例を聴いているうちに面白い展開になってきた時に聞かれた。"jet fuel"(飛行機の燃料)とは、ただの燃料よりもっと爆発的なエネルギーを供給するものということで、心収縮力を亢進する(がその代わり心筋酸素消費量を上げ心室不整脈のリスクがふえる)milrinoneやdobutamineの比喩で用いられた。
 "It speaks to the fact that .. "、とは「~という事実と関係している」というような意味合いで使われていた。"bit on the rear end"(お尻に噛みつかれる。rear endは、assの婉曲表現)は、「痛い目に遭う(から気を付けなければ)」ということ。"bit on the tail"も同義語。
 "around the horn"とは、野球で三振で試合終了させた後に捕手→三塁→ショート→二塁→一塁→投手とボール回しすることで、「やったぜ!」と勝利の感激を分かち合う(難しい病気の患者さんを退院させた後など)こと。野球表現では他に、"long run for the short slide"(少しのスライディングのために長いことは走らなければならない、苦労の割に見返りが少ない)というのもあった。
 "be attuned to"、とは「準備している、敏感である、話に耳を傾ける」ということ。"portend"とは「予兆となる」で、harbinger(名詞)、herald(動詞)なども同義。"as mad as a hatter"とは「気が狂っている」、不思議の国のアリスにででくるmad hatter(最近のディズニー映画ではJonny Deppが演じている)より。帽子職人が水銀中毒になったことに由来するらしい。
 "languish"とは、「勢いをなくす、衰える」。患者さんがICUをでて一般病棟にいくと、十分なケアを受けずに衰えてまたICUに帰ってくる恐れがあるという文脈で用いられた。"scripture"とは「聖書(経典)に書かれた言葉」ということで、「教科書的にはこうしなさいと言われていること」の意味で使われた。"surly"とは「無愛想な、苛立った」という意味。どういう文脈で使われたかは忘れた。
 最後に"You are all over this"。この類の口語表現が私にとって難しい。辞書を引くと"all over"にはいろんな意味があるが、ここでは「全面的な」ということ。「この件は君に任せたよ」「これは君が何とかするんだろう?」という感じだ。"He is all over the place"という表現もよく聞くがこれは別の意味で、「落ち着かない、せん妄状態だ、気がどうかしている」という感じ。

Cardiology

 大動脈弁逆流症(aortic regurgitation, AR)でみられるdiastolic rumblingは、Austin-Flint雑音とも呼ばれるがこれは拡張期に大動脈からの逆流が多くなると左心房からの血液の流入の邪魔をするために起こる。ARが重症になるほど、拡張期大動脈圧がさがり拡張期左室圧があがるので大動脈弁が早く開くようになり、雑音は短くなる。
 Ashman's phenomenonとは、RR間隔が長い拍の次に急にRR間隔の短い拍がくる(たとえば心房細動などで)と、その拍のQRS波は右脚ブロックになることをいう。これは前拍の長いRRのせいで右脚はまだ不応期がにあるため(右脚の不応期のほうが左脚のそれより長い)。これはwide QRS complexだが上室(房室結節より上位)由来で、premature ventricular contractionではない。
 心筋への慢性的なβ刺激は、β受容体のdown regulationを起こす。だからβ blockerが慢性心不全に有用である。またmilrinoneなどPDE阻害剤のよいところはβ受容体を介さずに心筋収縮力と血管拡張を起こすところにある。Flecanideの経口剤は、心房細動のリズムになるたび頓服する"out-of-pocket approach"で用いられることもあるが、これはstructural heart diseaseのある患者には有害である。
 心室頻拍(ventricular tachycardia, VT)をATP(anti-tachycardia pacing)でbreakすることができる。これは、AICDによりVTの拍より速くペーシングすると、ペーシングのリズムがVTをentrainしてしまう。これは、entrainという語感から、走っている馬に乗っている人の横をそれより速い列車が通り過ぎ、ひょいっとその人を車内に引き入れ捕まえるようなイメージを想像する。クールなアイデアだ。
 冠動脈の狭窄が有意かどうかを決めるのは、単なる狭窄割合ではなく、狭窄以遠の血管拡張能力(vasodilatory reserve)がどれだけ残っているかによる。まだ血管拡張能力が残っていれば、なんとか狭窄以遠に血流を確保することができる。その能力を使いきるのはだいたい狭窄が70%を越えたくらいのことが多いが、場合によりその限りではない。
 若年患者で右心由来のVTをみたら、arrhythmogenic right ventricular dysplasia(ARVD)なる心奇形を考えなければならない。これは右室自由壁の心筋が線維や脂肪組織に置き換わる遺伝的異常である。右心由来のVTは、肢誘導のQRSが北西軸(本来あってはならない方向)で胸部誘導のQRSが左向きという特徴がある。

4/14/2010

Teaching round

 教育回診で循環器のことを勉強するはずが、英語表現ばかり勉強していて不真面目に思われるかもしれないから、両者とも書いておくことにする。きょうは"I'm tossing you a cream puff"という表現が回診で聞かれたが、これは「君に簡単な質問をあげよう」ということ。シュークリームをふわっと放るというのが原義だ。簡単な質問じゃないのに冗談で言っている場合もあるので要注意だ。"get out of Dodge City"というのは「悪いものを一掃する」という意味で、これはDodge Cityという荒くれ者の巣窟だった西部の街に由来する(同名の街がカンサス州にもあるが)。

 LDLコレステロールが酸化されて、冠動脈血管内皮細胞膜上に接着因子を表出させる。それが単核球を血管内膜に遊走させ、マクロファージとなり、コレステロールを貪食して泡沫状マクロファージになる。そこからさまざまな炎症カスケードがはじまりプラークが肥大し、プラーク表面が薄くなり破裂や潰瘍をつくる。ここでTF(tissue factor)が露出し、傷口と同じように局所的な血小板凝集と凝固系亢進がおこり、一気に血管がつまる。だから心筋梗塞の患者さんの血管をその6か月前に振り返ってみたとしても、そこには重度な狭窄は見られない場合が多い。

 "I shall not today attempt further to define the kinds of material, ... [b]ut I know it when I see it"、とは1964年に連邦最高裁判事がobscenity(わいせつ)の定義に関して言及したもの。「(わいせつが)どんなものかをこれ以上定義しようとはしませんが、見れば分かります」という。Propensityとは「性向、傾向」という意味で、tendensyに近いがよりfancyな言葉だ。ほかにdebauchery(extreme indulgence in sensuality、放蕩)という語など教わってしまった。

 VT(心室頻拍)と、SVT with aberrance(上室頻拍と変向伝導)の違いについて回診で話していた時に、だれもぴたりと答えられず、先生が「みんな、最高裁のわいせつに対するアプローチ(定義できないけれど見ればわかる)なのかい?」とおっしゃった。そのあと、心拍数が早ければVT、QRS morphologyが崩れていればVT、precordial discordanceがあればVT、AV dissociationがあればVT、元のリズムとのsemblance(類似)がなければVT、など有名な文献をもとに大まかな分類を教えてもらった。

4/10/2010

学ぶは楽し

 Get things down patとは「(何かを)完璧に理解する」という意味。ECGでPR間隔が短縮していたら、pre-excitationがあればWPW、なければLGL症候群。前者はHOCM、primum ASD、Ebsteinなどの心奇形を合併していることがままある。Playoff beardとは選手やファンがプレーオフに入るとゲン担ぎでヒゲを伸ばし続けること。主にNHLで見られる慣習だ。Pungentとは「鼻にツンとくる刺激臭」のこと。Putrifactionとは「腐敗」。Repulsiveとは「ひどく不快な、嫌悪すべき」。Repulsive forceは「斥力」。毎日ごちゃごちゃ色んなことが学べる。さらに空いた時間にはICU Bookを読み続けているので、そこからも知識がどんどんついてくる。

4/09/2010

Aortic valvular area

 大動脈弁の開口面積は、大動脈弁狭窄症の重症度を知る指標の一つだが、いままでずっと実際に弁が開いたときの口の面積を測っているのかと思っていたが違った。それがなんと、弁前後の血流速度と、弁前後の圧較差を使って計算される値だったのである。Gorlin(ボストンにいた循環器科医師)の方程式というのがその基礎になる考えで、心エコーはそこから派生した計算式を使って弁口面積を計算している。確かに、重症度はどの程度の心機能障害、血行動態への影響がでているかで図られるべきで、ただ孔の面積を測っても仕方ない。

3/23/2010

Global Assessment

 来年から精神科に進む(がその前に1年間内科で研修をしなければならない)後輩の先生と、精神疾患の診断分類・診断基準であるDSM-IVと、数年後に更新されるDSM-Vの話になった。このシステムは5つの診断軸で精神科疾患を表現するのが特徴なのだが、最後のaxis 5はGlobal Assessment of Functionと呼ばれ、私には画期的に思えた。
 Global Assessmentとは、患者さんがいまどれくらいうまく人生とつきあっているか(あるいはいないか)を100点満点で採点するものだ。90点台は神のような状態で、何事もその人を惑わし悩ませることはなく、幸せに満ち、そのあふれるオーラから人々が悩みの相談にやってくるような時をいう。80点台は、ときどきけんかしたり不安になったりすることはあっても、おおむね元気で充実している時。
 それより少し深く不安・悩みに影響されるようになると点数がさがってゆき、50点を切ると仕事が続けられなくなり、より病的になってゆく。10点以下は廃人のような状態で、自分の身の回りの世話が全くできないばかりか、自殺他殺の恐れがすぐにも迫っているような時をいう。入院患者さんで精神科コンサルトをすると、だいたい50点以下のスコアがかえってくることが多い。
 まあ適当というか主観的だが、精神状態を定量化するというのは画期的で、痛みを10点満点で評価するのにも似ている。外来診療などで採点を続けていけば、患者さんの状態がよくなっているか悪くなっているか分かりやすいだろう。その精神科に行く後輩とも、その後しばらく会うたび"How are you?"の代わりに"How is your global assessment?"と訊いて、ちょっと元気がない時に低めの点数を付けたりして愉しんだ。
 米国内科研修をはじめるまで、米国の医学教育・病院研修で経験したのは内科だけで、他科の(米国での)知識・経験は非常に薄く、米国医師国家試験の勉強で得た以上のものはない。だからこういう基本的なことも、学生時代に米国医学部・病院で全科をローテートした人からすれば当然の知識だが、私は今まで知らなかったということが起こる。今後、徐々に他科の経験も増えていくだろう。

ICU Book

 名著"ICU Book"(第3版、2007年)を読み始めた。第2版の日本語訳は日本で研修医をしているときに買ったが、数ページ読んだだけで飽きてしまい(あるいは寝てしまい)結局古本屋に売り飛ばした。しかし今、こんなに面白い本にはそうそう出会えないと思うほど引き込まれており、暇さえあれば開いて読んでいる。原著のほうが、著者Marino先生が徹頭徹尾書きおろしているため却って読みやすいのかもしれない。章ごとの連関がみごとで、「(see Chapter 11)」などと言われるままに飛び火して各章を読むことで理解が深まる。
 たとえばFrench、Gaugeという針の太さの単位は何で定義されているかがわかり、はっとする。なぜ中心静脈カテーテル、ましてPICC lineよりも18G針の末梢ラインが緊急時の大量補液に優れているかも、ポアズイユの法則により明快にわかるうえ、グラフや表などでさらに理解が定着する。MAP(mean arterial pressure)を用いるのは、それが動脈の流量、すなわち臓器への潅流を反映している(収縮期圧がたかければ流量が多いわけではない)からとわかり、敗血症ショック時に当たり前にしていた診療の合点がいく。
 すべてのパラグラフ、章がそのような発見や喜び、驚きをもたらし、読んでいて飽きることがない。日本で買った本と同じなのが信じられないくらいだ。おそらく、米国でcritical care medicineをちゃんと経験したからだろう。忙しい2か月のローテーションで無意識あるいは慣習的にしていた診療と、毎日の回診で叩き込まれた知識や原理が、いまここで紡ぎなおされていく、あるいはunderpin(裏打ち)されていく感じだ。6月にsenior residentとしてMICUで再び働くまでに読了し、後輩たちに得たものを教えてあげたい。

3/17/2010

Antihyperglycemics

 非インスリン血糖降下薬も種類が増えてきた。Prandin(repaglinide)はinsulin secretagogue(インスリン分泌促進剤)で、インスリンを分泌する膵臓β細胞のATP依存Kチャネルを閉じることでCaチャネルを開け、カルシウムイオンの流入を起こすことでインスリンの分泌を促進するという。即効性があるので食後の高血糖をおさえるのに用いられる。
 Byetta(exenatide)はGlucagon-like peptide-1(GLP-1)という腸管L細胞で産生されるホルモンに類似した薬である。このホルモンは、腸管に食べ物が入ってくると分泌され、インスリン分泌を促しグルカゴン分泌を抑制することで血糖が上がらないようにし、また胃の動きを遅くして食欲を抑える働きもある(ため副作用として食欲低下、悪心嘔吐がある)。膵臓β細胞の増殖も助けるという。
 GLP-1というホルモン自体は半減期が2分と短く、血中ですぐにDipeptidyl peptidase-4(DPP-IV)という酵素に分解されてしまう。そこでこのDDP-IVの働きを阻害するように作られた薬がJanuvia(sitagliptin)である。この酵素はほとんどの細胞表面にあって、切れるタンパク質を見つけるとザクザクとセリンプロテアーゼで切っていく。不要な細胞の処理(アポトーシス)、すなわちがん抑制の役割もあり、これを抑制する薬には発がんのリスクがあるらしい。

復員

 15夜連続の兵役のようなシフトを終え、ふと気づけば春。マグノリアのつぼみも膨らみ気温も60F(15C)程度まであがってきた。正直この仕事はあまりなじまなかった。後半とくに、身体的には完全夜型に慣れてくるけれど、孤独と精神的な疲労が蓄積してきた。

 二週間ストレートにするのと、一週間ずつ二回するのとどちらが良いのだろうと考える。分けるほうが昼夜逆転の回数が増えるので好きじゃない人もいるようだ。それは同感だが、ぶっつづけで社会から孤立し続ける方が堪えるように思われる。

 この期間、とにかく周囲のサポートに助けられた。また病院では孤独を紛らわすために深夜の病棟じゅうを亡霊のように歩きまわり、ちょっと滑稽だったことだろう。独りで診療するのは勉強になった面もおおいが、正直このシフトがはやく終わってほしかった。これでしばらくリラックスできる。


Reader's digest

 Reader's digestという日本のPHPに近い内容の雑誌があって、当直室にときどき置いてあるのを読む。近所づきあい、仕事、子育てなどをいかにうまくやるか、借金をどう減らすか、ストレスをどう減らすか、病気になったけれどもどうポジティブに受け止めたか、などの無名な人たちによる短い記事が集まってできている。それにちょっとした読者相談コーナー、wordpower(語彙クイズ)、ジョーク集などもある。病気の話などはなかなか感動的である。これくらいの英語ならすらすら読める上に、普通の人との会話にはこの程度の英語表現・語彙を駆使できたほうが(むしろ高尚な雑誌の言い回しなどよりずっと)理解されやすいので、年間購読が10ドルということもあり習慣的に読みつづけるかもしれない。

3/16/2010

Rwanda

 病棟の看護師さんで、アフリカから来たとおぼしき人がいたので(なぜか訳もなく)「フランス語を話しますか?」と聴いてみたら果たしてそうだった。兼ねてからフランス語をはなしたいと思っていたので少し会話した。なんでもRwanda出身で、高校卒業後にこちらの大学に来た人だった。ここからRwandaに帰るには、ベルギーないしイタリア経由、さらにエチオピア経由で丸一日かかるそうだ。
 学校では英語よりフランス語のほうが授業は多かったが、いまは周りにフランス語を話す人があまりいないので忘れかけていると、流暢なフランス語で話してくれた。フランス語で会話しようとしても、おたがい英語がちょこちょこ出てしまい苦笑した。私のフランス語は使わずにいたことで相当怪しくなっており、もはやbrush upというよりre-learnしなければならない状況だが、また機会をみつけて話そう。
 RwandaはAfrican Great Lakes(Lake Victoria、Lake Tanganyikaなど)の地域にあり、ドイツ、その後ベルギーに支配され1962年に独立した。それでフランス語が公用語なようだ。もっとも2008年に「フランス語の代わりに英語を主流公用語にする」という政府発表があり、2009年には国自体が旧英国植民地ではないけれど英連邦に加盟している。Tutsi族とHutu族の長年にわたる対立と、1994年の(Hutu族による)genocideがあまりに有名である。

3/13/2010

nocturnal

 Nightsのよいところは、意外にも時間があるところだ。独りで診療するので、入院時要約、指示などを書くのも速い。それで時間はあまるし、たいてい夜半を過ぎると病棟も落ち着いてくるので、いくつものことを同時にしなければならないという焦りがない。それでいくつかの臨床上の問題点について関連する文献を読み要約してカルテに記載したりもできる。他の多くの人はそんな暇があれば寝たいみたいだが、私は完全な昼夜逆転を達成しているのでその必要がない。
 おもしろい症例もあれからいくつかあった。たとえば重度腎臓病患者(CKD stage5)で数カ月前から治療薬を飲むのをやめてしまった人が足のむくみで来院し、大量の心嚢液貯留にともなう右心不全とわかった。先月面接で教わったEwart's signもみごとに陽性だった。ERもインターンも見落としていたのを私が発見し、翌朝のmorning reportで発表したら好評だった。
 

3/06/2010

Nights

 ついに夜勤がはじまった。今のところ最も困るのは夜明け、朝5-6時ころの過ごし方だ。たいていこの時間には入院はこない。看護師さんが患者さんを見回りはじめ、血液検査の結果もでてくるのでコールは割と多い。身体は疲れている。ちょっとしたことにイラつきやすく、不平を言いやすく(grouch)なる。できれば眠ったほうがよいのだろうが、もう夜型にシフトしているのでパッとは眠れない。寝てしまうと、却って7時の(日中チームへの)引き継ぎに間に合わない。

 Oncology、hospitalist、consult、over-the-cap teachingという四つのサービスを夜間受け持つせいで、朝の時間がないときにそれぞれに引き継がなければならない、必然長くなる。6時45分に急変があれば、その対応に追われて引き継ぎには来られない。四つのサービスそれぞれから対応の最中に「どこにいるんだ」とポケベルが鳴る。そのなかには「ごめん遅刻する」というのもある(その本人にこの急変を引き継いでほしかったのだが)。

 そんなで8時半ころには帰宅する。いつもの道では通勤ラッシュに巻き込まれたので、最近は混まない道を見つけて使っている。メラトニン入りのサプリメントを飲み、本を読みながら眠りに就く。午後1-2時にいったん起きて、昼ごはんを食べることもあれば食べないこともある。夕ご飯は食べるが、6時半ころには家をでなければならない。病院に着いて人に会うと、習慣から"good morning"と言ってしまう。

2/26/2010

幸福

 患者さんをきちんと診察して、何が起きているかわかり、それを説明でき治療できる。後輩にも教えることができる。いまそれが楽しい。好きな音楽に囲まれて、好きな本を読んで、好きなことをもっと知りたくて調べて、好きな所に出かけてゆき、感動する。いまそれが楽しい。好きこそものの上手なれ(Love comes around while doing things you like)。ふさわしい時と場所を得て深めてゆければそれに越したことはない。好きでないことをさせられることを考えればずっと恵まれている。
 知を愛するのはよい、善く生きる(アレテー)のもよい。でも何かmissingしていないか?と思っていたら内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』に出会った。彼の博学は博学のためというよりも、何か彼の中に核があって、信念があって、その結果学んでいるようだった。また彼は「罪は梃子であり、基督信徒はそれにより神の御子を通じて神の高みまで、マルクス・アウレリウス型の男や女の全く達し得ない高さにまで昇る」という。原罪のことは知っているけど、この言葉の意味はよくわからない。どきっとした。

primary care physician

 地域医療の月が終わった。外来診療をちゃんと勉強する機会が内科にいると余りない中、PCPの仕事ぶりを肌で感じることにより外来の要領がつかめた。それにより、自分自身の外来も時間内に必要な要素をいれてしかも患者さんを満足させることができつつある。何事もまず見て学び、やってみるのが早道である。長年フォローすることで得られる医師患者関係は、もはや絆と言ってもよく、一つの望ましい医師像をみた。またオフィスで一緒に働くMA(medical assistant, 診察前にバイタルサインをとるなどする医療助手)、医師達は家族のようで、人生そういうふうに過ごすのも生甲斐かもしれないなと思った。まだ先かな、もう少し転々として学び続けたい。

2/18/2010

Diversity

 旅の翌日は、また旅で雪降るNYはLa guadia空港へ。翌朝着いた病院は、Bronx一帯の比較的貧困なエリアをカバーするCity Hospitalで、とにかく忙しそうだった。ERも100室くらいあった。米国ではたいへんめずらしい一室6床の病棟があった。フランス語しか通じない(西)アフリカ移民、スペイン語しか通じないヒスパニック、中国語を話す人、アルバニア語を話す人など、きわめて多様なdemographicなのはさすがNYという感じがした。私の友達が働いているlower Bronx(全米有数の危険地帯)ほどではないみたいだが、いっぱいTraumaは来るみたいだった。Manhattanから通うことも不可能ではないみたいだが、交通の便はあまり良くない。病院近隣は、そこまで危険ではないみたいだが、もはやNY近郊なのでこれといって何もないエリアだ。

2/13/2010

Tips for the interview

 フェローの先生に昼ごはんを食べながら「面接の秘訣は」と尋ねたら、プログラムが自分に合っているかを見極めることが大事だ、それが分かるような質問をすることが大切だとのことだった。自分を売り込むとか、採用してもらうように媚びたりお願いしたりとか、そういうことじゃないんだなと改めて痛感した。インタビューじたいはプログラムを知るための機会、そのうえで、いろいろ回ってやっぱりここがいいと分かったら、その時には「以下の理由と事情で私はどうしてもここのプログラムがいいです」とプログラムディレクターにメールすればよいとのことだった。マッチングは、「絶対取る(絶対行く)」と「絶対取らない(絶対行かない)」の間の不確定な領域を取扱うのでストレスもあるが、自分にできることはBe yourself、know yourself、そしてknow the program very well。

2/11/2010

from my heart

 面接対策をしていてつくづく思うことは、心からの言葉でなければ伝わらないということだ。心からの言葉ならば、後から何があっても後悔はない。しかし、心からでないことを言うと、その結果がどうなっても(たいてい悪くなるけど、もしならなくても)後悔する。とくに私は、口だけのことをいうとすぐ気持ちがこもっていないことが分かってしまうらしい。気を付けなければ。

2/10/2010

aftermath

 コンサートの翌朝、やはり私のクルマは頼もしく雪など無いが如く病院に到着した。しかし、ハイウェイが通行止めになったりしてこれない先生たちが続出した。結局、病棟チームのカバーで後輩の先生のサポート役として働く予定だったのが、チーム全員15人の患者さんを独りで診ることになった。少し時間はかかったが、短時間で患者さんを把握するのも訓練のうちであり、患者さんや病棟の皆にも感謝されたのでよかった。

 病院からの帰りもスムーズだったが、いざ家の前まで来たら屋内駐車場への入り口が30cm以上の積雪でふさがっている。一気に疾走すれば大丈夫かと思ったらはまってしまった。ちょうど外に出てきた近所の方に手伝ってクルマを押してもらい、なんとか脱出することができた。少しでも雪深いところは、タイヤが嵌まるというよりもクルマが浮いてしまってタイヤが地に着かなくなるので注意が必要だ。それからは慎重に運転したので問題はない。

2/03/2010

Practicality

 二月は日本の研修で言う「地域医療」に相当するであろうambulatoryで、開業医のofficeで外来診療を手伝う仕事だ。今日楽しかったことは、現場の機転や実学志向を生で学べたことだ。たとえば、どうにも肩から指先まで変な感覚がとれないという患者さんがやってきて、私は脳、頚髄、腕神経叢、肩から指先まで走る神経、そして筋肉とどのレベルが問題なのかをじっくり問診と診察で定めようとした。どうやら頸椎のすべりか何かが原因そうだと思われたがよく分からない…というところで指導医の先生にバトンタッチした。
 その先生は診察して、さっそく少用量のgabapentinと物理療法士(によるリハビリ)を処方した。たしかに頸椎MRIで何か写っても手術するわけじゃなし、手術しても神経症状がなくなるとは限らないし…。神経からきた痛みのようだからgabapentinは効くかもしれないし、リハビリで生活に適応できれば何も問題はない。教科書の記載にもとづいた形而上学的な病態理解も大事だけれど、実際に患者さんを良くするにはという観点を思い出させてくれた意味で、このセッションは静かな衝撃とあらたな学びの喜びを私にもたらした。

1/22/2010

empowerment

 語気が強く感情をこめて反駁しがちな後輩の先生がいて、目についていたが「態度が悪い」と今まで他の先生の間でも問題になっていたと知るにつけ徐々に介入し始めていた。率直にどういうつもりか訊いてみると、"The argumentative Indian(議論好きなインド人)"というノーベル経済学賞受賞者(Amartya Sen)が書いた本を持ち出して、議論こそ学びの原点であり、私はそういう文化で育ちましたし、けっして悪気はありません、という答えだった。確かに普通に話す分には感じのよい先生だし、悪気があるわけではなさそうだった。
 しかし、ある日に患者さんとトラブルを起こしてしまったので「あなたの態度は、他人を傷つけるし、ひいてはあなた自身の評価を傷つける」ということを分からせる必要に迫られた。チーフレジデントに説明するも、やはりインド系なせいか「プログラムディレクターからきつく言ってもらう」とか「患者さんをあまり持たせないようにしてみては」とか、(そんなことをしたら雰囲気が悪くなりすぎて月末まで一緒に働けないよ)というアドバイスしかもらえなかった。さてどうしたものか。
 トラブルがあった日の翌日は休日だったのでその間ある程度考えて、①なるべく感情をこめずに客観的な事実を伝える、②私があなたに成功してもらいたいと思っていることを伝える、という二点を胸に翌日に二人で個別に話をした。それでも彼女がdefensiveに反駁してきた時は、もう仕方ない。そのまま文化相違に適応できずにさらなる大事故を起こしてdrop-outしても助けられない。難しいけれどやってみよう。
 まずは「この件を知ってから私は二日間あなたをとても心配し、どうしたらあなたを助けられるか考え続けた」という思いやりから始めた。そして「あなたの態度について患者さんがこのように不快な思いをした」という事実をつたえた。幸い彼女は「私はそんなこと言ってません」とか「そんなつもりじゃありませんでした」という気持ちをいつものように感情をこめて表出せずに、少ししょんぼりした面持ちで私の言葉を待った。
 つづいて「あなたがそんなつもりでなかったことは信じるけれど、あなたの態度は、時に他人を傷つける」と率直に指摘した。彼女は「そうですね、でもお父さんもそういう態度だったし、私は生れてからずっとそういう環境で育ったんです」と心の内を口にした。私は「文化的相違に適応することも異国で臨床研修する過程で獲得すべき重要な資質の一つ」と研修目標を示し、「自分も異質な文化からやって来たので困難はあったけれど、この一年でずいぶん学んだ」と共感した。そして「私たちはここに学ぶためにおり、私の仕事はあなたをempowerし成功に導くことで、私はあなたをあきらめない。私があなたがこの件から何かを学んでよりよい医師になってほしい」と言った。
 彼女は「あなたの言葉はとても美しく表現されている(beautifully put)と思います。あなたは他の先輩達と違ってmatureだと思います。あなたの期待に添えるように頑張ります」と言った。「そうだと確信している(I am sure you will)」と元気づけてその場は終わった。その時から彼女は、少なくとも私に対しては今までの態度を改めた。長い間身に付けた性格を変えるのは難しいと思うけれど、彼女が平静の心(Aeguanimitas)を身につけようと努めていることがとてもうれしかった。そして私自身も、この件を通じて単に気持ちをぶちまけたり、怒ったりするのではなく、それこそ平静の心で困っている相手を助けるという大事な訓練をすることができた。

1/15/2010

一皮むけたかな

 仕事をしていて、だんだん率直で単刀直入になっている自分に気づく。へんな遠慮がいらないと正直、楽である。たとえば、何か成し遂げたい仕事(検査、治療など)があるときに"Can you do this?"とたずねるのではなく、"I want to get this done"というように相手がyesだのnoだの言えないように要求を突き付けるようにしている。

1/08/2010

Teaching senior

 病棟業務をこなす日々からteaching monthに変わって、暇さえあればのべつ幕なしに喋って後輩の先生や医学生達に教え続ける日々になった。彼らがそばにいるたびに何か教えなければという気持ちになる。まるでひな鳥にえさをあげる親鳥のよう。と書いて、spoonfeedするよりも、えさのとり方を教えることが教育ではないか?という問題提起がおこった。その目で振り返ってみると、今のところ最終的な指示や決定方針を与えるのではなく、治療指針や考え方を教えるようにしているから大丈夫だろう。