CABG(冠動脈バイパス手術)とAVR(大動脈弁置換手術)を見学した。じつは今の病院で毎日のように行われていたのだが機会がなかった。今月は循環器科コンサルトで、2年目のフェローが「見てきたら」と勧めてくれたので実現した。循環器科フェローシップでは2年次で心臓外科ローテーションがあるらしく、1年目のフェローは「お前にはまだ早い、俺もまだ観たことない」とか言っていたが、外科医はそんなこと気にせず気軽に入れてくれた。手術中は麻酔科医のポジションからよく観察できた。
血管吻合や弁置換自体は、要は血管を縫い合わせるので器用だなあと驚きはしたが外科のテクニックであり、もっと驚いたのは人工心肺と心臓麻痺(cardioplegia)だった。右心房と上行大動脈にメスでスリットを入れ太いカニュラを挿入する。心臓はまだ動いているし血液で満ちているのであるが。右心房から静脈血を引いてきて、酸素化して大動脈に返す。磁石の力でlaminar flow(拍動のない一定した流れ)を生み出し、血液はトロトロ身体を流れる。
Cadiac outputに相当する分時循環流量をダイヤルで調節できるようになっている。肺循環をバイパスするので酸素化が必要で、吸入麻酔も人工心肺を介した麻酔に切り替わる。人工心肺下にある間は、主にperfusionistと呼ばれる人工心肺のテクニシャンが患者さんの循環を担当し、麻酔科医はあまりすることがない。循環の指標にはmixed venous O2 saturationを用い、リアルタイムでモニターしていた(75-80%を維持)。
Cardioplegiaは、クロスクランプ(右心房と大動脈をクランプして心臓を血流から遮断)した後に冷たいカリウム溶液に心臓を浸して心臓の動きを止めること。冠静脈には弁がないので、coronary sinus(冠静脈洞)から麻痺液を流すと静脈を逆流し毛細血管を介して冠動脈に達することで心臓全体を液で潅流させることができる。これをretrogradeといい、逆に大動脈側から潅流することをantegradeという。冠動脈に狭窄や閉塞がある場合は、動脈側と静脈側の両方から潅流しなければならない。
心臓を直接触る手技が終わるころに心臓を再び温めると、心室細動がおこることもまれではない。ただし、循環はまだ人工心肺で行われているのでこの場合の治療の緊急度は低いし、心臓が温まるにつれ元に戻る。必要に応じて心臓を除細動パドルで挟み30J程度の低い電流でショックを掛けたり、リドカインやアミオダロン、マグネシウムを用いる。人工心肺から血液を戻しunclampしたあと、血圧によってはepinephrineを用いるが、必要としない場合がほとんどである。
人工心肺がまわる間、約1300-1400mLの血液が体外にある。これをできるだけ戻すが、戻しきらない分はcell saverという器械にまわす。これにより術中の出血(ドレーンされた分)と人工心肺装置内の血液を回収し、洗って赤血球成分を体内に再び戻すことができる。なので心臓手術といえども輸血を必要とすることは少ない。なお透析と同様、体外のサーキットに血液を通すので術中はへパリンを流し、ACT(絶対凝固時間)をbaselineの約4倍に保つ。体内に血液を戻す頃にはプロタミンでへパリンをreverseする。
ECMOや人工心肺は、外科領域なのでたとえ内科ICUにいても見る機会はほとんどないのでラッキーだった。また、心臓外科手術といえどもここでは日常茶飯事で、CABGも私が入ったのはその日2件目だった。手術もメインの心臓外科医と第一助手のレジデントの二人で淡々と行われていた。CABGが4時間で、心臓に触って血管吻合している時間は2時間くらいと想像より短かった。術後の回復も早く、だいたい翌日には外科ICUから退出し一般病棟に移る。入院期間は5-7日という。