8/13/2015

Soon it shall also come to pass

 英Economist誌2015年7月27日付の記事によれば、これから10年で東京圏の後期高齢者(75歳以上人口)は175万増えて、572万人に達するという(シンクタンク日本創成会議、東京圏高齢化危機回避戦略より)。当然医療や介護の需要が増大して、現状でもすでに不足している供給とのミスマッチが広がる。ドイツの学者Florian Coulmas氏はこれを経済の繁栄と医療の発展がもたらした一種のdystopia、catastrophic successと呼ぶが、世界に先駆けて東京圏がこの問題に取り組むことになる。
 というか、もう取り組んでいる。意思疎通の取れない高齢者が非特異的な症状でつぎつぎに救急に連れてこられ、入院対応医が行くとたいてい施設の人も家族もおらず(子供だったら多分こんなことはないのに、高齢者は平気で独りにされる)、入院中は医学的な治療よりもADL低下のアセスメントと対策、ケア環境の確認と転院調整がメインになる。それは時間のかかるプロセスで、これからもっと時間がかかるようになるだろう。行き場のない患者さんたち。そして急性期病院のベッドが慢性期の退院調整待ちの患者さんで埋まっていく。
 もうひとつのcatastrophic successと私が思うのは、意思決定能力のない患者さんに対して(あっても)、家族の負い目と医療者の罪悪感と病院の経営面からどんどん高度な生命維持治療や延命治療が行われ「おじいちゃんおばあちゃんが一秒でも長生き」することだ。Abraham Lincolnは"In the end, it's not the years in your life that count. It's the life in your years."と言ったが、緩和ケアが幅広く行われ、かかりつけ医が患者さんの意思決定能力のあるうちに家族と一緒に時間を掛けて今のうちからadvanced directive、POLSTをとるのが望まれると私は思う。
 こんなことは、考えないに越したことはないのかもしれない。確かに、考え出したらやってられない。未来のことは誰にも分からないし、解決策がないなら悩む時間が長くなるだけ損だということもある。誰か頭のいい人が考えればいいことなのかもしれない。でも現在の医療が、昭和初期の日本の政情のように漠然とした不安を前にしていることに気づいてしまったものは仕方ない。まあ昭和初期から日本はいろいろあっても立ち上がってきたわけだし、これも何だかんだいって過ぎ去るのだろう(高齢化の次は人口減だ、ひとつひとつ心配していたらきりがない)。


8/11/2015

Light and Darkness

 光がやって来るタイミングは、①自分の心が悲鳴をあげ、「もう暗闇は嫌だな」と心底思ったとき、②最初は小さかった苦しみが次第に大きくなり、痛みが膨れ上がっていき、「もう限界だ」というところまで来て、ようやく光がやってくるそうだ(加藤秀視『ONE』)。ということは、どうしようもない絶望に陥ることも決して無意味ではなく、むしろ希望が訪れる前兆だとも言える。この話を読んで思い出すのが、レジデント時代に一個後輩だった先生だ。
 UCLA卒で引く手数多だったのに、親戚の世話をしたいと、よりによって東部で交通の便がいいうちを選んだ。しかし外来のpreceptorと馬が合わず、能力に瑕疵がないのに6ヶ月間の1年目延長(米国にはそういう制度がある)、その間は病院に監禁状態で「宿題」を出されるという憂き目にあった。何の前触れもなくプログラムディレクターの部屋に呼び出され、報告書と処分書を前に座らされて即座に「サインしろ」と言われたらしい。アンフェアだと義憤していた。
 私は彼とpreceptorが一緒だったので他人事と思えず、また彼とよく話す機会があったし、彼がいい奴で優秀な奴だと知っていた(延長処分を受ける人のなかには、受けるべくして受ける人もいるのだが、彼は違った)ので、このような理不尽に対して指をくわえていることができず、よく励ました。彼をクルマに乗せ公園に連れて行き、ダウンタウンが見渡せる芝生の丘に折りたたみチェアを置いて座り、一緒に眺めた暮れていく夕日はいまでも鮮明に覚えている。
 その彼に、私は自分が読みおわったViktor Franklの"A man's search for meaning"(邦題『夜と霧』)をあげた。どんな理不尽でも、耐えて忍べばかならず道は開けるから、あきらめないでと。喜んでくれて、本にサインしてくれと言うから、自分が書いた本でもないのにサインした。そして彼は理不尽な延長を終え二年目に上がり、まったく問題なく卒業し、故郷のベイエリアに戻り、臨床もしつつ医学学習モバイルツールの会社も立ち上げつつ、公私共に幸せに暮らしている。これなど、暗闇を受け入れて突き詰めると、光に出る好例と思う。


8/07/2015

Seat Belt

 米国でレジデントをしていたときに外来で特に問題のない若い患者さんを診て、さらっとプレゼンしたら、preceptしてくれた指導医に「シートベルトをちゃんと着用している?」と言われた。もちろん、訊いていなかった。しかし米国人25-34歳代の死因で交通事故は3位(1位は薬物中毒、2位は自殺)、35-44歳代では4位(1位は薬物中毒、2位は自殺、3位は冠動脈疾患)だから、ヘルスメンテナンスの観点からこれを訊くことは大切だ。同様に薬物使用、自殺のリスク、他殺のリスク(25-34歳代の死因4位、35-44歳代の死因5位が他殺だ)も見逃さないようにしなければならない。若い患者層は内科的に健康な場合が多いが、診るときにはこのような特別な配慮が必要になると思う。