以前に紹介したAtul Gawande先生が2017年1月23日付でNew Yorker誌に発表した"Heroism of Incremental Care(地道なケアを称える)"を、読んだ。医療政策・医療費の偏在などに対する政治的なコラムだが、医のアートに触れる内容だった。
積極的介入・手技によって、多くの病気が「水で火を消すように」治せるようになった。手技は結果が見えやすく、成功して救命すれば、患者や家族だけでなく、医療スタッフや社会全体にまで充実感と感動を与える。
いっぽう、表題のincremental care(地道なケア)とは、プライマリ・ケア、予防医学、慢性疾患の注意深いフォローなどのことだ。医療資源・予算の配分も少なく、専門性がないと批判されることもある。
しかし、こうした地道なケアは、慢性的な問題に粘り強く取り組むことで長い目で効果を発揮する。また、信頼した患者が医師に問題を相談しやすくなる。こまめなフォローや、患者にあわせた対応などもしやすくなる。
地道なケアの重要性じたいは、先生が初めて提唱したことではない。しかし、記事には、彼自身が取材して感じたこと(彼自身も外科医なので、最初は「実際のところ、どうすごいのか?」と疑問があったようだ)が紹介されていた。
たとえば、何十年も重度の偏頭痛に悩まされた患者。あらゆる医療機関と治療を試したが効果がなく、自殺まで考えた。しかしある頭痛外来にかかり、普通に生活できるまでに回復した。
彼が受けた治療は何か?
それは、頭痛日記をつけ、必要時の薬と予防の薬、生活の工夫を愚直なまでに試行錯誤することだった。医師は半信半疑の患者を励ましながら、過度な期待もさせずに、ゆっくり効果がでてきていることを確認しながら、淡々と診療をつづけた。
数年かかって、患者はふつうに生活できるようになった。
なんということはないエピソードだが、医師の筆者が読むと、思わず涙がでる。「一般診療なんて誰でもできる」というものでは、ない。患者が投げ出してしまうこともあれば、医師が投げ出してしまうこともあるだろう(そっちのほうが、多いかもしれない)。
当たり前のことをちゃんとやるのは、意外と難しい。