5/08/2019

忘れられない一言 56

スピッツもらいましたか?

「え?」

「スピッツもらいましたか?」

「え?」


 筆者は腎臓内科医をしているので、外来ではほとんどの患者さんで尿検査をオーダーする。しかし、来院してから採尿できない可能性のある方には、事前に容器を渡して当日おうちで尿を採取してもらっている。

 その容器は紙コップでも何でもよいのだが、スピッツ管(写真)が用いられることが多い。おそらく栓がしやすく持ち運びやすいことと、先が尖っているのでそのまま遠心して上清と沈査に分離できることが理由だろう。



 
 冒頭の会話スキットでは、医療補助の方が患者さんの家族にその確認をしていたのだが、一般にはスピッツとは犬の種類、または1987年結成のJ-POPグループ(写真は1994年『空も飛べるはず』MVより)だろう。それで、何のことだか分からなかったと思われる。




 じつは筆者も知らなかったが、スピッツ(spitz)とはドイツ語で「先の尖った、鋭い(英語のpointedやsharpに相当)」という意味。試験管の名前も先が尖っていることに由来するし、バンド名も、ボーカルのマサムネさんがその語感と意味を気に入って付けたとか。

 「容器のことです」と付け加えて解決したが、そのあとしばらく『空も飛べるはず』のメロディー、1996年に主題歌となったドラマ『白線流し』の名シーンなどが頭に去来し、まるで診察室に爽やかな風が吹きぬけたように感じられた。

 なおこのように、医療者で通じる言葉(英語では、lingoなどという)と、患者さんや家族の受けるイメージに違いがある例は枚挙に暇がない。また逆に、医療者は意図しない語感を患者さんや家族に与える言葉も、ある。

 たとえばアーチスト®(カルベジロール)というαβ遮断薬。アーティストとは書いていないが、もちろん"artist"という意味である。「アーチストという薬をお出ししましょうね」と言われれば、なんだか自分がアーティストになったような気がするかもしれない。

 じっさいこの薬は高血圧などを「創造的かつ個性的に治療する」、という意味から命名されたらしい。

 もちろん、商品名だろうが、ジェネリックな一般名だろうが、外国での名前(英語圏ではCoreg®が一般的)だろうが、薬効成分は同じである。しかし、名前の印象というのは意外と大きいから、たとえばジェネリックに変更する時などはきちんと説明する必要があるだろう。