3/23/2010

Global Assessment

 来年から精神科に進む(がその前に1年間内科で研修をしなければならない)後輩の先生と、精神疾患の診断分類・診断基準であるDSM-IVと、数年後に更新されるDSM-Vの話になった。このシステムは5つの診断軸で精神科疾患を表現するのが特徴なのだが、最後のaxis 5はGlobal Assessment of Functionと呼ばれ、私には画期的に思えた。
 Global Assessmentとは、患者さんがいまどれくらいうまく人生とつきあっているか(あるいはいないか)を100点満点で採点するものだ。90点台は神のような状態で、何事もその人を惑わし悩ませることはなく、幸せに満ち、そのあふれるオーラから人々が悩みの相談にやってくるような時をいう。80点台は、ときどきけんかしたり不安になったりすることはあっても、おおむね元気で充実している時。
 それより少し深く不安・悩みに影響されるようになると点数がさがってゆき、50点を切ると仕事が続けられなくなり、より病的になってゆく。10点以下は廃人のような状態で、自分の身の回りの世話が全くできないばかりか、自殺他殺の恐れがすぐにも迫っているような時をいう。入院患者さんで精神科コンサルトをすると、だいたい50点以下のスコアがかえってくることが多い。
 まあ適当というか主観的だが、精神状態を定量化するというのは画期的で、痛みを10点満点で評価するのにも似ている。外来診療などで採点を続けていけば、患者さんの状態がよくなっているか悪くなっているか分かりやすいだろう。その精神科に行く後輩とも、その後しばらく会うたび"How are you?"の代わりに"How is your global assessment?"と訊いて、ちょっと元気がない時に低めの点数を付けたりして愉しんだ。
 米国内科研修をはじめるまで、米国の医学教育・病院研修で経験したのは内科だけで、他科の(米国での)知識・経験は非常に薄く、米国医師国家試験の勉強で得た以上のものはない。だからこういう基本的なことも、学生時代に米国医学部・病院で全科をローテートした人からすれば当然の知識だが、私は今まで知らなかったということが起こる。今後、徐々に他科の経験も増えていくだろう。

ICU Book

 名著"ICU Book"(第3版、2007年)を読み始めた。第2版の日本語訳は日本で研修医をしているときに買ったが、数ページ読んだだけで飽きてしまい(あるいは寝てしまい)結局古本屋に売り飛ばした。しかし今、こんなに面白い本にはそうそう出会えないと思うほど引き込まれており、暇さえあれば開いて読んでいる。原著のほうが、著者Marino先生が徹頭徹尾書きおろしているため却って読みやすいのかもしれない。章ごとの連関がみごとで、「(see Chapter 11)」などと言われるままに飛び火して各章を読むことで理解が深まる。
 たとえばFrench、Gaugeという針の太さの単位は何で定義されているかがわかり、はっとする。なぜ中心静脈カテーテル、ましてPICC lineよりも18G針の末梢ラインが緊急時の大量補液に優れているかも、ポアズイユの法則により明快にわかるうえ、グラフや表などでさらに理解が定着する。MAP(mean arterial pressure)を用いるのは、それが動脈の流量、すなわち臓器への潅流を反映している(収縮期圧がたかければ流量が多いわけではない)からとわかり、敗血症ショック時に当たり前にしていた診療の合点がいく。
 すべてのパラグラフ、章がそのような発見や喜び、驚きをもたらし、読んでいて飽きることがない。日本で買った本と同じなのが信じられないくらいだ。おそらく、米国でcritical care medicineをちゃんと経験したからだろう。忙しい2か月のローテーションで無意識あるいは慣習的にしていた診療と、毎日の回診で叩き込まれた知識や原理が、いまここで紡ぎなおされていく、あるいはunderpin(裏打ち)されていく感じだ。6月にsenior residentとしてMICUで再び働くまでに読了し、後輩たちに得たものを教えてあげたい。

3/17/2010

Antihyperglycemics

 非インスリン血糖降下薬も種類が増えてきた。Prandin(repaglinide)はinsulin secretagogue(インスリン分泌促進剤)で、インスリンを分泌する膵臓β細胞のATP依存Kチャネルを閉じることでCaチャネルを開け、カルシウムイオンの流入を起こすことでインスリンの分泌を促進するという。即効性があるので食後の高血糖をおさえるのに用いられる。
 Byetta(exenatide)はGlucagon-like peptide-1(GLP-1)という腸管L細胞で産生されるホルモンに類似した薬である。このホルモンは、腸管に食べ物が入ってくると分泌され、インスリン分泌を促しグルカゴン分泌を抑制することで血糖が上がらないようにし、また胃の動きを遅くして食欲を抑える働きもある(ため副作用として食欲低下、悪心嘔吐がある)。膵臓β細胞の増殖も助けるという。
 GLP-1というホルモン自体は半減期が2分と短く、血中ですぐにDipeptidyl peptidase-4(DPP-IV)という酵素に分解されてしまう。そこでこのDDP-IVの働きを阻害するように作られた薬がJanuvia(sitagliptin)である。この酵素はほとんどの細胞表面にあって、切れるタンパク質を見つけるとザクザクとセリンプロテアーゼで切っていく。不要な細胞の処理(アポトーシス)、すなわちがん抑制の役割もあり、これを抑制する薬には発がんのリスクがあるらしい。

復員

 15夜連続の兵役のようなシフトを終え、ふと気づけば春。マグノリアのつぼみも膨らみ気温も60F(15C)程度まであがってきた。正直この仕事はあまりなじまなかった。後半とくに、身体的には完全夜型に慣れてくるけれど、孤独と精神的な疲労が蓄積してきた。

 二週間ストレートにするのと、一週間ずつ二回するのとどちらが良いのだろうと考える。分けるほうが昼夜逆転の回数が増えるので好きじゃない人もいるようだ。それは同感だが、ぶっつづけで社会から孤立し続ける方が堪えるように思われる。

 この期間、とにかく周囲のサポートに助けられた。また病院では孤独を紛らわすために深夜の病棟じゅうを亡霊のように歩きまわり、ちょっと滑稽だったことだろう。独りで診療するのは勉強になった面もおおいが、正直このシフトがはやく終わってほしかった。これでしばらくリラックスできる。


Reader's digest

 Reader's digestという日本のPHPに近い内容の雑誌があって、当直室にときどき置いてあるのを読む。近所づきあい、仕事、子育てなどをいかにうまくやるか、借金をどう減らすか、ストレスをどう減らすか、病気になったけれどもどうポジティブに受け止めたか、などの無名な人たちによる短い記事が集まってできている。それにちょっとした読者相談コーナー、wordpower(語彙クイズ)、ジョーク集などもある。病気の話などはなかなか感動的である。これくらいの英語ならすらすら読める上に、普通の人との会話にはこの程度の英語表現・語彙を駆使できたほうが(むしろ高尚な雑誌の言い回しなどよりずっと)理解されやすいので、年間購読が10ドルということもあり習慣的に読みつづけるかもしれない。

3/16/2010

Rwanda

 病棟の看護師さんで、アフリカから来たとおぼしき人がいたので(なぜか訳もなく)「フランス語を話しますか?」と聴いてみたら果たしてそうだった。兼ねてからフランス語をはなしたいと思っていたので少し会話した。なんでもRwanda出身で、高校卒業後にこちらの大学に来た人だった。ここからRwandaに帰るには、ベルギーないしイタリア経由、さらにエチオピア経由で丸一日かかるそうだ。
 学校では英語よりフランス語のほうが授業は多かったが、いまは周りにフランス語を話す人があまりいないので忘れかけていると、流暢なフランス語で話してくれた。フランス語で会話しようとしても、おたがい英語がちょこちょこ出てしまい苦笑した。私のフランス語は使わずにいたことで相当怪しくなっており、もはやbrush upというよりre-learnしなければならない状況だが、また機会をみつけて話そう。
 RwandaはAfrican Great Lakes(Lake Victoria、Lake Tanganyikaなど)の地域にあり、ドイツ、その後ベルギーに支配され1962年に独立した。それでフランス語が公用語なようだ。もっとも2008年に「フランス語の代わりに英語を主流公用語にする」という政府発表があり、2009年には国自体が旧英国植民地ではないけれど英連邦に加盟している。Tutsi族とHutu族の長年にわたる対立と、1994年の(Hutu族による)genocideがあまりに有名である。

3/13/2010

nocturnal

 Nightsのよいところは、意外にも時間があるところだ。独りで診療するので、入院時要約、指示などを書くのも速い。それで時間はあまるし、たいてい夜半を過ぎると病棟も落ち着いてくるので、いくつものことを同時にしなければならないという焦りがない。それでいくつかの臨床上の問題点について関連する文献を読み要約してカルテに記載したりもできる。他の多くの人はそんな暇があれば寝たいみたいだが、私は完全な昼夜逆転を達成しているのでその必要がない。
 おもしろい症例もあれからいくつかあった。たとえば重度腎臓病患者(CKD stage5)で数カ月前から治療薬を飲むのをやめてしまった人が足のむくみで来院し、大量の心嚢液貯留にともなう右心不全とわかった。先月面接で教わったEwart's signもみごとに陽性だった。ERもインターンも見落としていたのを私が発見し、翌朝のmorning reportで発表したら好評だった。
 

3/06/2010

Nights

 ついに夜勤がはじまった。今のところ最も困るのは夜明け、朝5-6時ころの過ごし方だ。たいていこの時間には入院はこない。看護師さんが患者さんを見回りはじめ、血液検査の結果もでてくるのでコールは割と多い。身体は疲れている。ちょっとしたことにイラつきやすく、不平を言いやすく(grouch)なる。できれば眠ったほうがよいのだろうが、もう夜型にシフトしているのでパッとは眠れない。寝てしまうと、却って7時の(日中チームへの)引き継ぎに間に合わない。

 Oncology、hospitalist、consult、over-the-cap teachingという四つのサービスを夜間受け持つせいで、朝の時間がないときにそれぞれに引き継がなければならない、必然長くなる。6時45分に急変があれば、その対応に追われて引き継ぎには来られない。四つのサービスそれぞれから対応の最中に「どこにいるんだ」とポケベルが鳴る。そのなかには「ごめん遅刻する」というのもある(その本人にこの急変を引き継いでほしかったのだが)。

 そんなで8時半ころには帰宅する。いつもの道では通勤ラッシュに巻き込まれたので、最近は混まない道を見つけて使っている。メラトニン入りのサプリメントを飲み、本を読みながら眠りに就く。午後1-2時にいったん起きて、昼ごはんを食べることもあれば食べないこともある。夕ご飯は食べるが、6時半ころには家をでなければならない。病院に着いて人に会うと、習慣から"good morning"と言ってしまう。