1/18/2019

入院サマリーの書き方 後編

3. 身体所見

 バイタル>みため(general appearance)>頭頚部>肺>心臓>腹部>四肢(皮膚・筋骨格)>神経、と、系統的に書く。電子カルテ時代であるから、それぞれの一般的な所見をいれたテンプレートを作っておいてもよいだろう(紙カルテ時代は、ハンコだった)。あるいは、基本的な所見なら数分でかけるようにしておいてもよい。例えば:

T36C 150/80mmHg 90/min R16/min SpO2 98%RA
苦悶表情なし
頭頚部 眼瞼結膜貧血なし、眼球結膜黄染なし、口腔粘膜湿潤、扁桃腫大なし、頚部リンパ節腫脹なし、頚静脈怒張なし
肺 呼吸音左右差なし、crackle・喘鳴聴取せず
心 S1正常S2正常S3/S4聴取せず、心音整、心雑音聴取せず
腹部 軟、圧痛なし、腸音正常、肝脾腫なし
四肢 浮腫なし、チアノーゼなし、足背動脈触知、皮疹なし、関節腫脹なし、筋肉把握痛なし
神経 脳神経II-XII異常なし、両上下肢筋力・知覚正常、腱反射正常

 と書くのに、じっさいは2-3分しかかからない(予測入力機能があれば、もっとはやい)。

 これらの所見のとり方は別に習って欲しいが、残念ながらOSCEを過ぎると学生・研修医時代に診察の仕方を教わる機会は意外と少ない。「診察するのを見ててください」と先輩医師にお願いしてみるのも一つの方法だ。また、検査などで結果が出ている患者さんで診察のいわば「答え合わせ」をするのも非常によいフィードバックになる。


4. 検査所見

 
 本来の「H and P」は病歴と身体所見までで、それらに基づいて検査と治療の計画を立てる。しかしわが国の入院時サマリーは入院時に行なわれた諸検査をふくめるのが一般的だ。どの科でもだいたい診るものとしては、以下が挙げられる。

血算
(白血球、分画、Hgb、MCV、血小板など)
腎機能・電解質
(BUN、Cr、尿酸、Na、Cl、K、Caなど)
※わたしは腎臓内科なので、ここにHCO3、IP、Mgも足したい。
肝酵素
(AST、ALT、Bil、総蛋白、Alb、gGTP、ALPなど)
代謝
(血糖、HgbA1c、TG、総コレステロール、LDL、HDLなど)
炎症
(CRPなど)
尿
(比重、蛋白、潜血など)
画像
(胸部X線、心電図、CT・MRIなど)

 これらに加えて血液ガス、血液型、凝固、感染症(梅毒・B型肝炎・C型肝炎・HIVなど)などもぱっとわかる検査であり、とくに救急外来ではだされることも多い。
 

5. プロブレムリスト


 入院したからには、入院理由があって、それを解決して入院が不要になる(通院や転院もふくめて)ようにするのが私達の目標だ。あたりまえのようだが、あたりまえではない。それだけですか?と考える人もいる(こちらも参照)。

 とはいえ、そういう人たちもプロブレムを挙げることを否定しているわけではない。そのうえで、「医療には、さらに数値化・言語化できないひととしての関わりもあるんじゃないですか?」とおっしゃっているだけである。

 さて、プロブレムの一番は、入院理由だ。すでに診断がついているのなら「肺炎」でも「膜性腎症」でも「橋本病」でもかまわない。ついていないのなら代わりに「発熱」「蛋白尿」「甲状腺機能低下」などと書くしかない。

 それから、色々見つかった異常をリストにする。「しびれ」などの症状、「糖尿病」などの既往歴(現在治療しているアクティブなものでよい)、「浮腫」などの身体所見、「貧血」などの検査異常にくわえ、「介護する家族の不在」など社会的なものまで含まれる。そして、最後に「急変時(フルコード、DNAR)」を書いておく。

 なお、全身管理を要するICU患者さんなどでは、システム(脳神経、循環、呼吸、腎電解質、代謝栄養、血液・・)ごとにプロブレムを書いていくこともある。


6. アセスメントとプラン


 アセスメントとはプロブレムごとに「なにがおきているのか」「どうしたらいいか」と問いかけて考えることだ。まずは主訴について「なにがおきているのか」を考える。診断にはおおきく演繹的なアプローチと帰納的なアプローチとあり、これらを組み合わせていくことになる。

 演繹的なアプローチとは、主訴をおこす病気一覧のなかから原因を探すことだ。たとえば発熱なら、肺炎か、尿路感染症か、胆のう炎か、髄膜炎か、皮膚・軟部組織の感染症か、悪性腫瘍か、膠原病か、血栓症か・・と当たっていく。

 世の中には星の数ほど病気があるが、いくつかにまとめることはできて、たとえばVINDICATEのような語呂合わせもある。

V 血管がつまる、切れる、破れる(vascular)
I 感染症(infectious)
N 悪性疾患(neoplastic)
D 変性(degenerative)
I 医原性(iatrogenic、薬など)
C 先天性(congenital)
A 自己免疫疾患(autoimmune)
T 外傷(traumatic)
E 内分泌・代謝(endocrine/metabolic)

 演繹的なアプローチは漏らしが少ないが、何も考えずにリストのうえからチェックしていくのは冗長になりがちだ。それに対して帰納的なアプローチとは、患者の情報を積み重ねて推論することだ。たとえば発熱・腹痛・黄疸がそろえば、肝・胆・膵などの感染や炎症を疑うだろう。

 ただし、帰納的アプローチといっても病気の種類をまったく知らなければぴたりと答えにいたるのは難しい。胆石性膵炎、急性肝炎、十二指腸がん、総胆管結石による胆管炎・・・などの病気リストから、どれが最も考えやすいかを演繹的に考える作業も必要だ。

 なおこの分野は「臨床推論(clinical reasoning)」として確立されており、推理小説(シャーロックホームズのモデルはスコットランドの医師ジョセフ・ベルである)、テレビ番組(ドクターG)にもなっている。そして、医師のやりがいの一つでもある。
 
 脱線したが、じっさいのサマリーにはどう書くか。もっとも疑う仮診断(working diagnosis、またはtentative diagnosis)を書き、さらに別候補の鑑別診断を書くのが一般的だ。そして、どういう点(疫学、症状、病歴、身体所見、検査所見・・)がその診断に合い、どういう点が合わないかについて考察する。

 たとえ「昨日入院した脳梗塞の患者さんを診ておいて」といわれたような場合でも、脳梗塞の根拠(神経症状、画像所見など)を挙げたほうがよい。また、脳梗塞の原因(心原性、ラクナ梗塞、めずらしい血管炎や血栓症など)や合併症(梗塞内の出血、誤嚥性肺炎など)も考えてみるといい。

 同様に主訴以外のプロブレムについても考察していく。プロブレムが1個という単純な患者さんは少ない今日この頃、すべてのプロブレムを診るのは大変だ。が、脳梗塞で入院した糖尿病患者さんの血糖を無視するわけにもいかない。ひとりの患者さんから多くを学べるチャンスだから、できるかぎり食らいつけるといい。

 「なにがおきているか」のつぎは、「どうするか」だ。これがなければ、考えるばかりで前に進まない。大きく分けて検査プランと治療プランにわかれる。検査プランはアセスメントで挙げた診断を除外・確定するためのもの。各論はプロブレムごと異なるが、大まかには侵襲が少ない順に以下のように分類できる。

・病歴の追加
 本人、家族、施設、かかりつけ医など
・身体所見の追加
 直腸診など
・血液・尿・便・その他体液の検査
 なにかの数値、培養、細胞診などをみる
・画像検査(X線、CT、MRIなど)
・生理機能検査(心電図、超音波、呼吸機能、ABI、脳波など)
・より侵襲的な検査(針生検、内視鏡、試験開腹、血管造影など)

 治療プランもまた、プロブレムごとに異なる。それでも、大別はできてだいたい以下のようになる(手術、内視鏡、PCI、透析、人工呼吸器管理、放射線治療などの専門的な治療は、各科で学んでほしい)。

・処方
(定時、必要時など)
・注射
(末梢、中心静脈、皮下、輸血など)
・処置
(酸素、圧迫止血、下肢挙上、創部洗浄、尿道カテーテル留置など)
・食事
(絶食、制限などもふくめ)
・リハビリ
(PT、OT、ST)

 なお、こうして大別した検査と治療のうち自分で実際にやるのはごく一部で、多くは「オーダー」をだして看護師さんや技師さんにやってもらう。臨床実習中には、どのようにオーダーが書かれ、伝えられ、受け取られ、実践されているかをよく見ておいてほしい。医療の不確かさやコミュニケーションの重要さが分かるだけでなく、チーム医療のやりがいや人と関わる面白さにも気づけるはずだ。


7. 終わりに

 
 ここまで、「病歴」「身体所見」「プロブレムリスト」「アセスメントとプラン」の書き方を説明した。これらは最も基本的でよく使う「仕事道具」であり、飯を食っていくという意味では「お箸」でもあるから、一度系統的に習っておいて損はないと思う。また、学生さんが来るたびに「現病歴というのは・・・」と繰り返し同じことを教える手間が省けてウィン・ウィンになることを意図してもいる。

 よい意図でつくったこの文章が、あなたと私、そして世界を少しでもよくしたなら幸いである。