2/26/2010

幸福

 患者さんをきちんと診察して、何が起きているかわかり、それを説明でき治療できる。後輩にも教えることができる。いまそれが楽しい。好きな音楽に囲まれて、好きな本を読んで、好きなことをもっと知りたくて調べて、好きな所に出かけてゆき、感動する。いまそれが楽しい。好きこそものの上手なれ(Love comes around while doing things you like)。ふさわしい時と場所を得て深めてゆければそれに越したことはない。好きでないことをさせられることを考えればずっと恵まれている。
 知を愛するのはよい、善く生きる(アレテー)のもよい。でも何かmissingしていないか?と思っていたら内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』に出会った。彼の博学は博学のためというよりも、何か彼の中に核があって、信念があって、その結果学んでいるようだった。また彼は「罪は梃子であり、基督信徒はそれにより神の御子を通じて神の高みまで、マルクス・アウレリウス型の男や女の全く達し得ない高さにまで昇る」という。原罪のことは知っているけど、この言葉の意味はよくわからない。どきっとした。