10/19/2019

忘れられない一言 63

 ロサンゼルス地下鉄、パープル・ラインのWilshire-Normandie駅でプロ並みにプッチーニを歌う、路上生活者のEmily Zamourkaさんが話題になっている(詳しい解説はこちらも参照)。

 ツイートしたLAPD警察官の、“4 million people call LA home. 4 million stories. 4 million voices ... sometimes you just have to stop and listen to one, to hear something beautiful”という一言にも、ほろりとさせるものがある。

 筆者はこのニュースに触れて、10年前の『The Soloist』という映画を思い出した。映画の舞台もまたロサンゼルスで、主人公で実在人物のNathaniel Ayersさん(Jamie Foxxが演じる)もまた、路上生活者のミュージシャンだったからだ。

 ただし彼は、音楽の才能を持ちながらジュリアード音楽院時代に統合失調症を発症し、以後LAでホームレスをしながら弦の切れたバイオリンを引き続けていた。たまたま出会ったLA TimesのコラムニストSteve Lopezさん(Robert Downey Jrが演じる)が、彼のことを記事にしつつ交流してゆくのが映画の本筋だ。

 SteveはNathanielを助けよう、社会的状態を改善しよう、才能にもう一度チャンスを与えよう、病気を治療しよう、と関わっていく。けれども、最終的にはそういうことではなくて、ふたりは友達になった。それが助けになったとも言えるが、同時にSteveの側も、信じるものを信じ続けることや、大事なものを手放さないことなどを学ぶことができた。

 Emilyさんの場合も、彼女を支援するクラウド・ファンディングなどが盛り上がっているが、この先どうなるか注目したい。

 なお筆者は、映画公開時に米国で研修医をしていたので、当時のことも思い出した。

 その日は4月ながら最高気温が80F(約27C)を越え、5時半に仕事が終わったあと、何をしようかなと思案しながら帰宅した。朝に着てきたダウンジャケットも脱ぎ、クルマの窓も全開にして気分爽快だった。

 帰宅すると同期からお出かけに誘うメールがあり、ふたたびクルマに乗ってバーの屋外テラスで歓談した。同期と彼のgirlfriendがいて、仕事や生活、彼らの結婚準備のことなど話した。

 そのあと20時頃に、街を一望できる見晴らしの良い丘まで行こうという話になり、彼らをクルマに乗せた。夕焼け、高層ビル群とその灯り、川面に映るそれらの光が彩る美しい風景であった。

 展望台では、椅子、テーブル、ワイングラスなどを持参して簡単な食事をしている若い人たちもいて、ナイスアイデアと思った。Prom(高校などの卒業ダンスパーティ)の前か後らしく、みなドレスで着飾っていた。

 そのあと、翌日みんな休みだった(遅くなっても大丈夫)ので、映画館に行った。上映開始の22時までのあいだは、Cheesecake Factoryでチーズケーキを食べた。こぶし大のホイップクリームが二塊もついてきて、でもおいしかった(一塊は残した)。

 彼らは『Obsessed』を観るというが、筆者はホラーには興味がなかった。そこで、別々に観ることにしたのが、『The Soloist』だったのだ。筆者はそれまで一人で字幕なしで映画館で映画を観たことがなく、理解できるか不安だったことを覚えている。

 しかし、話の筋はわかったし、オリジナル言語で観ることの魅力も経験できた。たとえば、Nathanielの発病・家出以来ほぼ生き別れのお姉さんが、数十年ぶりに彼と再会するシーンで、Nathanielはこんな短いセリフをいう:

"We had some life, didn't we?"

 聞いたお姉さんは、涙。この、積み木のようなシンプルな一文に、どうしてこんなに気持ちが表れるのだろう?感動もしたし、これなら自分にもできるかもしれないと勇気づけられもした。


 あれから10年。We had some life, didn't we?