で、購入者が結果について予防・治療の相談をしに病院にやってくるかもしれない。海外のデータではおおむね、DTC PGTを購入した人の2-3割が結果について医師に相談にくる。その多くは一般内科医だが、知識がなく結果の正確さと臨床への応用に疑問をもち外来時間が足りないなど準備ができていない(私も含めて;2009年の日本のアンケート研究では回答した非専門医の6割が検査そのものを知らなかった、J Hum Genet 2009 54 203)。そして今回のPGenスタディで患者側のアンケートを取ると、主治医に相談して「非常に満足」は35%、「まったく不満足」は18%、医師に知識がありそうで話し合う気があり診療に活かそうとするほど満足度が高かった。
主治医を飛ばして専門家にかかることもあるだろう。べつのスタディで、遺伝専門家でDTC PGTの知識と結果の解釈能力を持っているべきだと感じている人は回答者の約半数とさほど多くなく、自分たちから勧めるという人は4%だった(Genet Med 2011 13 325)。なお日本遺伝カウセリング学会が認定する臨床遺伝専門医一覧をみると千数百人いらっしゃるようだが小児科と産婦人科の先生が多い。生殖医療や遺伝病を主に扱っておられるのだろう。また同学会が認定する遺伝カウンセラーは2015年12月現在182人いらっしゃるが、地域差が大きくたとえば九州には6人しかおられない。どちらも名簿が公開されているが、成人の購入者が来始めているだろうか。
チラシにあるもうひとつの小さな文字が、「本検査のお申し込みにあたりお客様よりご提供いただいた個人情報は会員規約に基づき利用できるものとします」。「規約以外の目的で利用されることはありません」と書かないのは、規約に基づき利用するからだろう。6月25日付の英Economist誌にAll about the base(Meghan Trainorの歌、All About That Bassと掛けている)という記事が載って、ゲノムシーケンス市場規模は2020年までに200億ドルに達するとみられる。技術革新が著しく、最大手米Illumina社は、4種の塩基がナノ孔を通過する電気抵抗の違いを読む英Oxford Nanopore社、PCR不要で走査型電子顕微鏡の原理で電気抵抗を読む日本のQuantum Biosystems社はじめとする次世代シーケンサーに抜かれるかもしれない。
そしてシーケンスされたゲノム情報は、天文学的に膨大なデータベースとして集められ、集めた会社が製薬会社と契約を結ぶ。たとえば米Human Longevity Inc社はAdstra-Zenecaと(10年で数億ドル)、英政府がつくったGenomics England社はAbbVie、Biogen、Roche、Takeda、GSKと。またデータベースのプラットフォームとなるクラウド会社は、使用料をもらう。たとえばHuman Longevity Inc社はAmazonに月100万ドル払っているという。ほかにもGoogle、中国のHuaweiなどがすでに参入して、情報処理や分析のパフォーマンスを向上させシェアを争っている。
研究で病気がおこる遺伝的しくみが解明されたり遺伝子を標的にした治療がうまれたりするのはすばらしいことだし、ビッグデータがそれを可能にするかもしれない。カネになるから国や経済的には乗っかったほうがいいと思う。ただ現時点でのDTC PGTの臨床応用は、止めることはできないけれどどうかなと思う。米国内科学会誌は、9つの遺伝子異常(SNP)を組み合わせて糖尿病の発症を予測できるが、それよりBMIのほうがよほど強い予測因子だという臨床医的なコメントをしていた(Ann Intern Med 2016 164 564)。医師患者関係があるのでせっかく相談してくれたからには無下にしないが、患者さんに届くレポートに具体的な遺伝子名やSNPの場所などは載らないだろうし検査会社も「診断ではない」と断言してあるのでやっぱり困りそうだ。