12/15/2016

大事な本

 「どうしても、何が何でも、理屈がどうでも、説得されても、情に訴えられても、危険でも、命の保証ができなくても、とにかく入院は絶対にいやだ」という人にあうと、9年前のことを思い出す。救急的なシチュエーションならよくある話で、世の中にはできる事とできない事があるのは分かるけど、それでも何とかならないのかなと思う。それで、11年前にシカゴにあるNorthwestern大学病院(写真)の総合内科に留学した時に書店で買った本を開いてみた。

 Frederic W. Platt先生とGeoffrey H. Gordon先生が書いたField Guide to the Difficult Patient Interview(2004年)は、何回引越ししても私のそばにある。STEP(日本の国家試験参考書)もハリソン内科学もどこかにやってしまったけれど、こういう本は蔵書に残るんだなと思う。で、調べてみるが本の目次に「入院や検査を拒否する患者さんとの接し方」という章がない。仕方ないからパラパラ読んで探したらUnderstanding the Meaning of Illness(病気の意味を理解する)章にかいてあった。

 「Aだから入院が必要」だと了解可能なのに「『Aだから入院が必要』だろうが何だろうが関係なく、とにかく入院はしない」と患者さんがいっているとき、私達はおそらく患者さんにとって病気が何を意味するかを分かっていない。だから患者さんが自己破滅的で真実から目を背けていると責めるのではなく、私達の側に、みつけるべき事実がもっとあることを受け止めるべきだとこの本は言っている。

 まず「あなたが絶対に入院しないことは分かりました」で「そうだ!」というYesをひとつもらう。そのあとで、説得するためというのではなく相手を理解しようという誠実な関心を示す。そこで知りたいのは、患者さんはどうして自分が病気になったと考えているか、病気になったことについてどう思っているか、入院することで何を失うか(お金、社会的な役割、インターネット環境、能力)、病気や入院や治療による負担を軽減するためのどんなサポート(家族、友人、保険)を持っているか、など。

 It's not their problem, it's your problem。Paul Farmer先生が言っていたのにも通じるが、患者さんがどうしても入院したくないとおっしゃるのは患者さんの問題ではなく、患者さんの理解不足な私達の問題(だから章タイトルが「理解すること」になっている)。人のせいにするのは簡単だ。こういう状況では患者さん一人が聞かん坊の悪者みたいになっているから、誰もあなたを責めない。でも喧嘩別れみたいに帰すのが正解ではないと思う。まだまだこの本にお世話になりそうだ。



12/02/2016

キュア!

 トランプ氏が次期大統領になって、オバマ大統領はTPPも通せないし、残り任期でできることはメルケル氏の4選を応援するくらいだと思っていた。しかし、それでも共和党と民主党が一緒に可決できる法案というのはあるもので、昨日可決したのが21st Century Cures Actだ。やっぱり医療は人類共通の課題だから、党派を超えて賛同を得られる。予算の48億ドルは、薬や医療デバイスの認可を速く簡単にする規制緩和のほかに、NIHの研究、プレシジョン・メディシン・イニシアティブ(ゲノム情報などをもとにして一人ひとりに合わせたいわゆる「テーラーメイド医療」)、BRAINイニシアティブ(脳疾患についての詳細な脳マッピングプロジェクト)などに使われるという。
 キュアなんていうと言葉の響きがいい(下図)けれど、要は製薬業界の圧力を受けた規制緩和法案で、何も知らない患者さんが薬害や副作用に簡単にさらされると懸念する声もある。それでもやっぱりキュアっていい響きで、撲滅したい病気はたくさんあるから頑張ってほしい。例えばこないだアルツハイマー病に対する抗アミロイドβモノクローナル抗体のSolanezumabが治験で失敗したけれど、似たような抗体はたくさんあるし、beta secretase cleaving enzyme(BACE)拮抗薬という別のクラスの薬もたくさん治験中だ。Roche、Biogen、Lilly、Merck、AstraZenecaがリードしているようだが、日本の製薬会社も研究しているといいなと思う。