10/01/2016

Dispenser

 「ヘパリン1000単位/mlを3mlで3000単位、確認お願いします」といわれて振り向くと、ヘパリンのバイアルと3mlの液体が入ったシリンジが並べてある。ここで「OKです」と言えるには、信頼が必要だ。なぜならばバイアルのなかのヘパリンと、シリンジの中の液体が同じだという証拠がないからだ。そうやって正論を指摘し、「たしかにそうですね、すみません(空気読め)」と目の前でバイアルから引き直してもらうことで世界が少し平和になったと思う一方、そんなことをいちいち疑いだしたら世の中はまわらないよな、と複雑な気持ちだ。信頼というのは、治安とおなじくらい、空気のようにあって当たり前だけどないと困る。

 「医療物品(医薬品とか消毒液とか)」の物流を取り扱うのはSPDというところだ。SPDが何の略か医者を10年以上やっていて知らなかったが、サプライ・プロセシング・ディストリビューションのことを指す。ただの用度課と違うのは、外注委託の業者さんが仕入先から病棟まで一元的に管理してくれることだ。そのおかげで看護部の物品管理の手間が省かれ、医事の負担が軽減し、在庫のムダが少なくなる。もとはメディケア導入などにより経営危機に陥った(以前にここここで習った)病院を救うため、コスト削減の手法としてうまれたらしい(日本医療福祉設備協会会誌「病院設備」第50巻6号)。病院が集まって交渉し、物品の価格をさげているところもある。

 さて、読者のみなさまはどうして私がこんなことを書いているのかもうおわかりかと思う。それは、SPDのIoTによって病棟の安全を確保するために、ディスペンサーを置いてはどうかという提案をするためだ。ディスペンサーというのはIDとパスワードを入れて必要な分しかだせないミニ倉庫で、これを導入すればいつ誰がなにをどれだけ引き出したかわかる(より正確には静脈認証がいい)し、今流行りのIoTでどこにどれだけ物品を補充すればいいかリアルタイムでわかる。電気代がかかるが物品・在庫によるコストの削減で回収できるはずだ。災害時に物品がロックされて使えないのが問題だがG電源をとればいいし、情報漏えいはプロに任せれば安心なはずだ。

 起こることが予見できるのに「それは仕方がない(起きて謝罪すればいい)」と諦めるよりも、起こらない方法を考えて試してみたほうが前向きで、よい副産物が得られるかもしれない。なお、ディスペンサーの成功例は術衣の管理だ。術衣はとても着心地がいいせいか、忙しい業務の中でけっこうなくなってしまい、そのコストが馬鹿にならない(これを英語でスクラブ・ロス・イシューズというそうだ)。そこでディスペンサーをつかうと「あなたはすでに1着引き出しているのに洗濯に回っていないんですけど」とかちゃんと管理してくれるし、棚に野ざらしで置いてあるよりも衛生的だ。日本で導入しているところもきっとあるに違いない。



 [2018年7月追記]この投稿のきっかけになった事件は、容疑者の逮捕をむかえた。名前を変えた病院は、薬剤管理を徹底するとしている。ディスペンサーにまでしたかどうかは、わからないが。