医者になって10年以上経つのに、いまだに院内PHSは身体の一部にならない。本能的に(こいつさえいなければ)と思っているのかもしれない。医局の机に置き忘れたことに気づいて取りに行くと、たいていはランプが赤く点滅していて、着信記録が何件もある。
あまりたくさん着信があると、「本当に必要なものはまたかかってくるだろう」と放置することもある。実際そういう案件は、かかってくる。それに対して、私以外の医師に連絡がついて処理された案件は、かかってこない。
もちろんカバーしてくれた医師には感謝するが、電話をくれた相手にも「お電話くださったのに済みません」というフォローが必要だ。無視したことになり、心象を悪くしたかもしれない。じっさい、こうした事例があまり重なれば、信用は落ちる。
先日もそんなことがあったが、スタッフとやりとりした後の一言は、心に響いた。
「(いつも必要なときに電話にでてくれるあなたを信じて、他の誰かではなくあなたに対処して欲しくて電話したのに、でてくれないなんて・・)ふられちゃった」
カッコ内は筆者の妄想だ。しかし、本当に信用を落としていたらこうは言われないだろう。訳書『医のアート ヒーラーへのアドバイス』によれば、患者は医師への信頼を日々増したり減らしたりして、その残高を査定しているという(5章参照)。医療スタッフもまた同様ということだ。
同時に、頼られ必要とされるということが、(機械の部品や社会の歯車のように扱われることを嫌う)医師にとっていかに価値ある財産かということも、あらためて実感した。何のために働いているのかと迷ったときには、この言葉を忘れないようにしよう(写真は、小野正利による1992年のヒットシングル、"You're the Only...")。