米国内科学会誌のOn Being A Doctorを久しぶりに読んだ(Ann Int Med 2015 162 594)。著者は医師を志すところから始まり、医学部時代に苦労して勉学したこと、右も左も分からず孤独できつかったインターンイヤー(伝統的に米国では医者一年目をインターン、二年目以降の研修医をレジデントという;専修医がフェローで、これらを総称してハウススタッフと言ったりもする)を回想したあと、二年目半ばのある日に飛ぶ。
その日、著者はメンターと将来を話し合うことになっていた。しかしメンターは著者と目を合わせず挨拶もなく、唐突にある患者について尋ねた。孤独で疲れる24時間当直のあいだに診て、チームで決めたプランをオーダーし、退院オーダーにサインし、独りでバスに乗って帰った患者だ。メンターは"Well, he died 12 hours after you discharged him from the hospital. You are being sued."と言った。思わぬ言葉を信じられず口も利けなくなり、将来が暗転した。ここで、著者がメンターの部屋を出るときにメンターは何と言ったか。
"You are the type of person who is going to change the world."
パンドラの箱を開けたあと最後に希望が残っていたような話で、こんなことなかなか言えるものではない。ちょっと意味が分からないほどだ。現実には私が世界を変えるどころではない、それは医療の世界が私を変えた瞬間だった、と著者は回想する。弁護士から届く手紙に怒り悲しみ、この件について同僚に相談することを許されず、失敗することを極度に恐れ不安におののき、レジデンシー最後の1ヶ月は出てこないように言われ、パニック発作を起こした。深く傷ついてのレジデンシー卒業だった。
裁判になる二日前に和解が成立して著者は条件付きの放免になった。しかしその頃には著者は粉々に砕け散り、その破片だけがあとに残った。この経験に意味を見つけようとするのに長い時間を要したし、自分自身が持続的に浸蝕され、暗闇のなかで不安や怒りや窒息や腐敗や内臓がむき出しになるような感覚に傷つきながら医学を学び自分自身をhealerと位置づけ続けることは容易ではなかった。こんな自分は、世界を変える人ではない、と思った。
それでも、医学の難しさと医療の不確実性、それに携わる厳しさ(ときに逃げ出したくなるほどの厳しさ)を嫌というほど思い知らされたことを、著者は医師を志す第二のawakeningと回想する。まだどっちに向かっていけばいいのか分からないし、この経験がどう活きるのかもわからない。それでも、I need to feel empowered again. I need to feel like I am walking forward and that I might, just might, be able to change the world.という著者。
I need to、という助動詞に共感できる。一度粉砕されると、「またやるぞ」となかなか言えない。「~じゃなきゃいけない」とは分かっている、という感じだ。Empowered、と受動態なのもわかる。Change the world、という言葉にはやはり光を見る。神は乗りこえられない者に試練を与えない。そしてなにより、こうやって著者が自分の経験と心の中をシェアしてくれることで、読者に希望を与えることができる。誰しもが苦しみや失敗や逆境や試練を経験する。You are not alone、と思える。