歴史上最初に腹腔穿刺を記載したとされるのは紀元前1世紀ころ古代ローマの医学書De Medicinaを著したAulus Cornelius Celsusで、青銅の管でお腹を刺す方法だったという。そういえば私が初めて初期研修病院の見学にいった日に初めて救急にきた患者さんが、自分でお腹をナイフで刺したという人だった(突き刺さったままやってきた)。「学生さんおいで」といわれて手術見学に入らせてもらったら腸管が無傷で、指導医の先生が「汁の入ったうどんに箸を刺してもうどんは傷つかないでしょ」と平然と言っていたのに驚いたのもいい思い出だ。
歴史上の人物で腹水穿刺を受けたのはベートーヴェンで、1827年のこと。パンパンに膨れたお腹から水が放たれ「楽になった」と喜びの涙を流したが、残念ながら末期肝硬変だったようで、その二日後にはエリーズィウムに旅立ってしまったという。この手技もレントゲンも超音波も使わずに行われたのだろう。ベートーヴェンの直接死因が血圧低下だったのか、あるいは腹膜炎だったのかはわからないが、穏やかに亡くなったのだとしたらやはり「うどんは傷つかなかった」もなかったのかもしれない。
さて今回、超音波で左下腹部に当たりをつけてブラインドで穿刺して腹水の流出があったにもかかわらず、すぐ出なくなった。で、超音波ガイド下でダグラス窩付近にカテーテルを入れなおしたが、今度はカテーテルからは自然流出があるのにチュービングをつけると出ない。それで、途中に三方活栓をつけてシリンジをつかい、手動で50mlずつ研修医の先生に抜いてもらった(しばらくしたら重力で落ちるようになったが)。手技はこういうトンチのような工夫ができるのが面白い。なお、私がいままでいた施設ではみたことがないが、持続吸引につないで腹水を排液することもあるらしいから、そうしてもよかったかもしれない。