2/05/2016

よろしくお願いします

 日本に帰ってきて未だになれないのが記号としての「よろしくお願いします」だ。回診で患者さんとお話して、何をどうよろしくお願いするのかよくわからないがとりあえず最後に「よろしくお願いします」という。私は言葉を額面通りに受け取ってしまうので当惑を隠せず日々を送っていた。私なら「病状はよくなっていますから治療を続けましょうね」とか「おつらいとおもいますけどお薬を用意していますからナースコールを押してくださいね、また見に来ますね」とか具体的な内容のある言葉をかける。

 が、こないだ珍しくある日本のドラマ(写真も参照)を観ていたら、告白してお付き合いすることになった男女がお互いに「よろしくお願いします」と言っていた。しかも何度も。これに及んで、「よろしくお願いします」は何かを具体的に依頼する「お願いします」ではなく、日本においてコミュニケーションを潤滑にする記号なのだと悟った。その証拠に、「よろしくお願いします」といわれた患者さんは「は?何をお願いされたのか聞いてないんだけど」と混乱することはなく、(ああなるほど回診の締めくくりだな)と納得するのか「はいどうも、よろしくお願いします」とか「ありがとうございます」とかいう。

 そもそも「よろしくお願いします」という言葉は私の知る限り日本語と韓国語にしかなく、英語に直訳するとplease treat me favorablyとなるそうだが、そんなゴマすりみたいな用法で日本で使われることはない。「今日も一日よろしくお願いします」みたいな、もはや挨拶、記号なのだ。とおもって、わたしも最近は患者さんに何かをお願いするわけではない「よろしくお願いします」を使えるようになってきたが、いつか患者さんに「は?何をよろしくお願いされるか分からないしそんなこと言われても困るんだけど」とたしなめられないかビクビクしている。