こないだも書いたが、10人10色といってそれぞれ考え方が違うのはあたりまえで、それを受け入れ乗り越えていく大事さを痛感している。たとえばイギリスにおける英国教会(を含むプロテスタント)とカトリックの対立は、1534年に英国教会ができてから1688年にグロリアス・レボリューション(名誉革命)が成し遂げられるまで150年以上つづいた。その間にヘンリー8世がカトリックを弾圧し、メアリー1世がプロテスタントを弾圧し、中道を謳ったエリザベス1世がカトリックのスコットランド女王メアリースチュアートを処刑した。
結婚しなかったエリザベスのあとを継ぎチューダー朝(この「朝」はHouseで、どこを統治しているかは問わないが)からスチュアート朝を建てたメアリーの息子ジェームス1世は自らが母と同じカトリック寄りと見られることを怖れてか、火薬陰謀事件で国家転覆を図ったカトリックの犯人たちを処刑した(事件のあったユリウス暦11月5日はいまでも祝われる)。しかしその息子チャールズ1世はカトリックと王権神授説にかたより議会と対立し、内戦でクロムウェルらに破れ処刑された。1649年のことである。
このあとFirst Commonwealth、the Protectorate、Second Commonwealth、亡命していたチャールズ1世の息子がチャールズ2世として即位し王政が復活。そのジェームス2世が、名誉革命でプロテスタント派のオレンジ公(プロヴァンスにある神聖ローマ帝国の封土;ドラマ『The O. C.』とは別)ウィリアムにオランダから侵攻され追放される。ウィリアムスは妻と一緒の共同統治を英議会に納得さそれぞれウィリアム3世とメアリー2世になった。この革命でイングランドのカトリック化は終った。
わたしはどの宗教がどうだと評価しているのではない。カトリックには主とイエスと精霊しか認めない新教にはないマリア崇拝があるし、やっぱりTota pulchra es(「あなたは完全に美しい」、つまり原罪の穢れなき受胎を意味する祈り)などに触れると心が慰められる。また英国教会がヘンリー8世の離婚沙汰でうまれたからといって、その聖性がそこなわれるものではない。すべての宗教宗派は究極的につながっている(万教帰一)。
人と人がうまくやるためにどうしたらいいか。「人は人に対して壁を作らず、橋を作るように。橋は愛によって作られます(バレンタイン・デ・スーザ『そよ風のように生きる』)」。「ひとはあなたの暖かい褒め言葉によって強められ、自信を深めていくでしょう。相手を認めることは生かすことです(前掲書)」「慈悲深さ、寛大さが生活を明るくします。それらがないと、生活は暗く、小さなものになってしまいます(前掲書)」。この人は、イエズス会員だ。
もっと実践的な人もいる。アンドリュー・カーネギーの右腕経営者チャールズ・シュワッブはこういっている(デール・カーネギー『人を動かす』)。「他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。わたしは決して人を非難しない。人を働かせるには奨励が必要だと信じている。だから、人をほめることは大好きだが、けなすことは大嫌いだ。気に入ったことがあれば、心から賛成し、惜しみなく賛辞を与える」。