11/16/2016

Brewing Question

 アメリカでCCU(循環器のICU)にいた時、指導医がいつもコーヒーを持って教育回診に現れた。この先生は院内感染対策(とくにカテーテル関連の菌血症)で有名な方だったのでなんだか可笑しかったが、たしかにコーヒーに雑菌がいるわけじゃないし、患者さんを診るときには手洗いやジェルを使っていた。日本でだって、長い外来を乗り切るために机にこっそりコーヒーを忍ばせている先生は少なくないと思われる。
 コーヒーといえば、日本の病院で朝食にコーヒーを出すところを聞いたことがない。「朝コーヒーをだす病院」で検索しても、カフェインの害(不眠、頭痛など)を指摘する記事しか出てこない。もし害があるから出さないのなら退院後もコーヒーをふくむカフェイン制限をかけたらいいと思うが、不眠や頭痛誘発がある患者さまのように明確に避けたほうがよい場合を除きそんなアドバイスはしない。
 コーヒー摂取と死亡率に逆相関(飲んだほうが死亡率が低いということ)があると示した疫学研究はたくさんあって、なんどもまとめられている(たとえばJ Nutr 2010 140 1007、これには日本の研究もいくつか含まれている)。死亡率のなかでも、心血管系死亡率に逆相関する結果がおおい。交絡因子がたくさんあるけれど、もしコーヒーを飲む人は心臓に優しく長生きする生活をしているというなら、習慣に取り入れたらいいかもしれない。認知機能や気分によい影響を及ぼすという論文もある(たとえばJ Nutr 2014 144 890)。
 それと別に、利尿作用で脱水になるという懸念がある。たしかに、まったくカフェインを抜いた被験者にコーヒーを数杯摂取させると同量の水摂取にくらべて多く尿が出る。だからコーヒーを飲んでいない人、かつ頻尿で困っているとくにご高齢の方に無理やり飲んでもらうことはない。ただ、コーヒーをのんで尿が出るから摂らないほうがいい、とまではいえないそうだ(coffeeandhealth.orgにまとめてある)。もしカフェインが心配ならカフェイン抜きのもある。
 入院前にコーヒーを飲んでいた患者さんは、退院後またコーヒーを飲む。あるいは好きな人は入院中も、売店や病院内のコーヒーショップ(写真)で挽きたてを買ってこっそり楽しむ。それはそれでいいけれど、食事代は入院費と別に払うのだから「朝食はコーヒーで牛乳はいらない」と言う人が、自分の払った牛乳を捨てて、コーヒーショップで別にお金を払うというのはいかがなものか。
 どうしてコーヒーが出ないのか。パンとコーヒーを朝食にするのは都会の若い人だけで、おおくの患者さんは今でもご飯とお味噌汁だからだろうか。私の印象ではご高齢でも都会でなくても結構な割合でパンとコーヒーを召し上がっている(ある飲料メーカーの調査では日本人の3割が朝にコーヒーと書いてあるがそれより多い)。
 コーヒーは淹れるのが大変なんだろうか。たしかに何百人分のコーヒーを朝つくるのは大変そうだし、新しくコーヒー設備を給食設備にいれる投資に見合った利益が回収できないのかもしれない。コーヒーは冷めると風味が落ちるので病棟のすみずみに運ぶのが難しそうだ。
 あるいは、技術的にもコスト的にも可能で医学的に問題がないけれど、言い立てるほどのことでもないし好きなら自分で買って飲むから、誰も言い出さないのかもしれない。それでもときどき「朝のたのしみだから缶コーヒーを飲もうとしたら病棟に止められた」、「いつも朝はパンとコーヒーなんですけど、病院ではごはんとほうじ茶じゃないといけないんですか?」などの声を耳にすると何とかならないかなと思う。