Richard Colgan著"Advice to the Healer: on the Art of Caring"が、筆者訳で『医のアート』として今月末に刊行されるのにともない、アートについて考えている。この言葉はよく「技術」や「技法」と訳されるが、それだと同様に訳されることの多い「スキル」や「テクニック」の意味合いが強くなり、「アート」とずれる気がしていた。
そんなとき、今週の英Economist誌に、遺伝子編集技術などの合成生物学についての特集があるのを読んだ(下図は表紙)。遺伝情報を読み替えたり加工したりして医学をふくむさまざまな分野に応用する試みに、頭が吹っ飛ぶような(mind-blowing)衝撃を受けたが、もっと衝撃を受けたのは内容よりもコラムの質だった。
特集の見出しは「生命を加工する技術が、すべてを変え始める日も近い(The engineering of living organisms could soon start changing everything)」と新聞的であるが、そのあとつづくコラムのタイトルは"A whole new world"。言わずと知れた、1992年のディズニー映画『アラジン』のテーマである。
それだけならまだ、思いつくかもしれない。しかしさらに、段落ごとの節目に置かれた副タイトルまでもが"Shining, simmering, splendid"、"Unbelievable sights"、"Dazzling place I never knew"といずれも歌詞から引用されている。内容にもマッチしているし、「すごいね!」と読んでいて快哉を叫びそうになる。
ただし、このようにタイトルや副タイトルを有名な作品から引用すること自体は、テクニックと言える。歌詞のshining、simmering、splendidはいずれもエスで始まっているが、これも「頭韻」という技法だ。
いっぽうアートというのは、その一次元上の概念だと筆者は考える。つまり、コラムのアートとは、こういった技法をさまざまに組み合わせながら当意即妙さや読後の感動を極めてゆくということだ。それは日本語でいう「道」。詩歌や絵画、文章だけでなく、医療にも道がある(じっさい、「医道」という言葉もある)。
それは、終わりがないという意味では気が遠くなったり厳しかったり苦しかったりするだろうが、「道中」にはいろいろ感動とか出会いとかがあって、その過程を楽しむこともできる。人生を賭けた、楽しく美しくやりがいのある追求。ここでいう「アート」の定義にしたがうなら、誰でも「アーティスト」になれる。