ローマの賢人皇帝マルクス・アウレリウスは自省録で「汝、海に屹立する崖になれかし、波は絶えず打ち砕けようとも、崖は静かに聳(そび)え立ち、まわりの逆巻く波も穏やかに静まりぬ」と書いた。これは近代医学教育の父ウィリアム・オスラー卿の講演集『平静の心』の最初に書いてあるから、医療界には知っている人も多いだろう。
この引用句を久々に読んで、「どれだけの人が亡くなる前に平静でいられるだろうか」と考えた。そして、亡くなる直前に、はっきりした意識で、BiPAP®(陽圧換気で呼吸を助ける器械)の突風を受けながら診療チームの私に力強く"Thank you"と言った方を思い出した。それも、何度も。
その平静さと思いやりに、私は患者さんがまるで家族のように感じられた。手をとり絶句したが、正直涙をこらえるので精一杯、あの場で平静さを保つのはとても難しかった。医療は煩雑で、時間がかかり、苦痛を伴い、治せないものは治せないし、治せるものも良かれと思った治療が裏目に出るし、どんなに気をつけても見逃し間違える。
しかしこの世に医療がある限り、いつの時代も医療者はその時の倫理観と知識・技術・経験のベストを尽くして患者さんを良くしようとしていると私は信じたい。そして、『もはや動かしがたい事態に対して潔く従われんことを』(プラトン『ソクラテスの弁明』より、またD・カーネギー『道は開ける』でも紹介されている)、だ。