10/29/2013

忘れられない一言 5

 あれは米国でインターン(一年目レジデント)をしていたときのこと。私は最初のICU勤務、毎朝早起きして患者さんの各システムについて刻々変わる状況を把握しようと必死だった。それでも結局担当の看護師さんのほうがよく知っていたから、プレゼンしてもしばしば「ううん、今はもう違うよ」と正された。それにまだ経験が少なかったから、プレゼンして意見を訊かれても「あー」と立ち尽くすこともあった。自分は役に立っていないと思った。
 ICU勤務が終わって数ヶ月して、メールボックスに手紙が入っていた。小さいのに分厚い封筒で、患者さんからだった。たしかこの方は、人工呼吸器管理だったが、気管切開になろうかという直前に抜管に成功した。彼女の回診では指導医から「肺胞がどうの」「換気がどうの」と呼吸生理学の質問を矢のように受けたのを覚えている。
 しかし彼女の管が抜けた翌日に彼女は一般病棟に移ったので、おそらく会話はしていない。それなのにどうして私に手紙を?と、封を切ると手紙と小さな贈り物が入っていた。手紙は所謂サンクスカード。私はこの文面を生涯忘れることはないだろう。それを以下に要約して紹介したい。

 お久しぶりです、私が伝えたいのは最大の感謝です。入院を繰り返し、人工呼吸器がついて動けないし話せない私はmessでした。でもあなたは親切で思いやりある態度で朝起きる私を迎えてくれました。私はあなたの手をとって目を合わせ、「私の命を救ってくれて有難う」と感謝の気持ちを精一杯伝えていたんですよ!

 私は、主があなたをほかの人たちと共に私の元に届け、私を健康に導き、そしてもう一度地上の人生にゴーサインを出してくれたと信じています。二ヶ月かかってしまいましたが、手作りの小さな贈り物を作りました。何もお返しできませんが、私はあなたを尊敬し感謝しつづけるでしょう。You're the Best。

 ところで、これについて書くには少しの年月が必要だった。というのも私はこの手紙を受け取って、「私にこれを受け取る資格があるのか?」と複雑だったからだ。私には神の手もないし、ほかの人より献身的なわけでもない。上にも書いたが、診療方針は私の診察所見より正確な看護師さんの情報に基づき、私の診療方針よりすぐれた指導医の意見で決められた。
 でも歳月を経て、少なくとも患者さんが診療チームメンバーの中で私を選んでYou're the Bestと言ったのには何か理由があると考えられるようになった。そして今は、たとえ言葉が通じなくても、話ができなくても、ずっといられなくても、毎日の朝回診で、ほんとうに数分だけでも、患者さんの病態を一生懸命探ろう、良くなって欲しいという真心は伝わるのだと信じている。