Cardiorenal syndromeで利尿剤を様々に使って体重、浮腫、asterixis、クレアチニンなどをフォローしていた時のこと。治療に反応しなければ透析だから、毎日しっかり患者さんに様子を聞いた。それがご本人は"doing fine"、"whatever"というばかり。たしかにクレアチニンが5.5mg/dlだろうが5.7mg/dlだろうが違いを感じるわけじゃない。
毎日変わらず体重、尿量、食欲など感じにくいものを聴かれても困るかと思い、ある日「趣味は?」と聴いてみた。すると、絵を描くことだという。やっと定年になってYellowstone、Montana、Redwoodなど若い頃に行った美しい景色を再び見て、その絵を描きたいと思っていた。「透析になったら旅行もできなくなるかな…」と彼は淋しげに言った。
透析になっても旅行はできますとはお伝えしたが、煮えきれない思いが残った。それにしても彼が若い頃にした旅行の話がとても美しかった。Redwoodでキャンプしたときの火、Montanaでの大きくてフレッシュなクマの足跡(大変だ)…。それが余りにも鮮やかで、管とモニターと食べかけの食事トレイと数独が置かれた殺風景な病室とのコントラストに目がチカチカした。
その後、どういうわけか(本当に分からないが)利尿剤が効いて心機能と腎機能が回復して、この方は透析を必要とせずに退院することができた。彼が旅行に行ったどうかは、知らない。あとこの方、退院時に「これでhamburger、pizza、fried chickenが食べられる」と真顔で言うので慌てたが、それは別の話。