Cardiorenal syndromeで利尿剤を様々に使って体重、浮腫、asterixis、クレアチニンなどをフォローしていた時のこと。治療に反応しなければ透析だから、毎日しっかり患者さんに様子を聞いた。それがご本人は"doing fine"、"whatever"というばかり。たしかにクレアチニンが5.5mg/dlだろうが5.7mg/dlだろうが違いを感じるわけじゃない。
毎日変わらず体重、尿量、食欲など感じにくいものを聴かれても困るかと思い、ある日「趣味は?」と聴いてみた。すると、絵を描くことだという。やっと定年になってYellowstone、Montana、Redwoodなど若い頃に行った美しい景色を再び見て、その絵を描きたいと思っていた。「透析になったら旅行もできなくなるかな…」と彼は淋しげに言った。
透析になっても旅行はできますとはお伝えしたが、煮えきれない思いが残った。それにしても彼が若い頃にした旅行の話がとても美しかった。Redwoodでキャンプしたときの火、Montanaでの大きくてフレッシュなクマの足跡(大変だ)…。それが余りにも鮮やかで、管とモニターと食べかけの食事トレイと数独が置かれた殺風景な病室とのコントラストに目がチカチカした。
その後、どういうわけか(本当に分からないが)利尿剤が効いて心機能と腎機能が回復して、この方は透析を必要とせずに退院することができた。彼が旅行に行ったどうかは、知らない。あとこの方、退院時に「これでhamburger、pizza、fried chickenが食べられる」と真顔で言うので慌てたが、それは別の話。
人と外国語と音楽が好きで、世界に通用する実力と癒やしをもったお医者さんを目指しています。国内外いろんなところでいろんな経験をしてきて、逆境も多かったけど、そのぶん得られたしなやかな強さと優しさをもって、周りの世界を少しだけ幸せにできたらなと思っています。
10/17/2013
10/14/2013
忘れられない一言 1
今でも忘れられない一言は、"It's easy to die, it's coming back that's painful. Dying is a lot easier than coming back."というもの。ある患者さんが、心肺蘇生後のことを何ヶ月もしてから振り返ってこう語った。
あの時、なんと返していいかわからなかった。素直に「その通り(蘇生後のほうが大変)なんだろうな」と思った。それで「なるほど…でも(痛くても)蘇生してくれてよかった」と言ったかな。
患者さんとは帰国の間際に病院のロビーですれ違ったような。Good luckと応援してくれ、"Are you coming back?"と聴かれて分からないというと、彼は「二つの道はまたどこかで交差するかもしれない」と言った(なお、これらのストーリーは詳細を少し変えてある)。
あの時、なんと返していいかわからなかった。素直に「その通り(蘇生後のほうが大変)なんだろうな」と思った。それで「なるほど…でも(痛くても)蘇生してくれてよかった」と言ったかな。
患者さんとは帰国の間際に病院のロビーですれ違ったような。Good luckと応援してくれ、"Are you coming back?"と聴かれて分からないというと、彼は「二つの道はまたどこかで交差するかもしれない」と言った(なお、これらのストーリーは詳細を少し変えてある)。
10/12/2013
ある問い
「あなたにとって最も印象深かった患者さんは誰ですか?」と聴かれたら何と答えるだろうか。すぐに心に浮かぶ人がいるだろうか(個人情報だから別に言わなくてもいいが)。教師に印象深い生徒がおり、結婚式を挙げる聖職者に印象深いカップルが(たぶん)いるように、医師に印象深い患者さんがいてもおかしくないだろう。
この質問が聴いているのは「最も印象深かった患者さん」であり「最も印象深かった症例」ではない。医学的に「印象深い症例」は山のようにあり、学会でも雑誌でもたくさん紹介されている。そうではなくて、この質問はお互いに人として関わったような、何か影響を与え合ったような、そんな患者さんはいますか?と聴いているのだ。
この問いは私には重いが、それに答える助けとして、今まで書きたいと思っていた臨床医としての思いを書き始めたい。β介在細胞と体液貯留に関する新たな展開(JCI doi:10.1172/JCI63492)や、L-WNK1と家族性高K性高血圧の関係(PNAS 2013 110 14366)についての話を待っている方もいるかもしれないが、そっちは少し待ってほしい。
というのも、私はイオンチャネルにしか興味ない訳じゃないから。いままでも経験をあちらやこちらに書いてきた。うまい文章かはさておき、書き続けることが上達への早道と信じて、私なりにやってみよう。「学問と芸術とは肺臓と心臓のように助け合う」というゲーテの言葉もある。
この質問が聴いているのは「最も印象深かった患者さん」であり「最も印象深かった症例」ではない。医学的に「印象深い症例」は山のようにあり、学会でも雑誌でもたくさん紹介されている。そうではなくて、この質問はお互いに人として関わったような、何か影響を与え合ったような、そんな患者さんはいますか?と聴いているのだ。
この問いは私には重いが、それに答える助けとして、今まで書きたいと思っていた臨床医としての思いを書き始めたい。β介在細胞と体液貯留に関する新たな展開(JCI doi:10.1172/JCI63492)や、L-WNK1と家族性高K性高血圧の関係(PNAS 2013 110 14366)についての話を待っている方もいるかもしれないが、そっちは少し待ってほしい。
というのも、私はイオンチャネルにしか興味ない訳じゃないから。いままでも経験をあちらやこちらに書いてきた。うまい文章かはさておき、書き続けることが上達への早道と信じて、私なりにやってみよう。「学問と芸術とは肺臓と心臓のように助け合う」というゲーテの言葉もある。
9/25/2013
You will write again
日本にいても米国や英国の雑誌が届くよう手続きしておいたのが、やっと届き始めた。それで、習慣を続けることができて幸いだ。なかでも米国内科学会誌の感動エッセーOn Being a Doctorは生きていくうえでの勇気を与えてくれるから、こうして日本でも読むことが出来て嬉しいし、そのメッセージをこれからも共有していきたい。
さてこないだは、The Evening Seminarというエッセーがあった(Ann Int Med 2013 159 432)。患者さんを招いて気分障害の治療について患者さんからの視点などを学ぶセミナーで、「一番きつかった不眠をどうやって解決したのですか?」と問われた患者さんが「先生がいつも"You will sleep again"と言ってくれたからです」と答えたというエピソード。そこで著者が感じた、「医師が患者さんにできること、それは薬やオーダーだけじゃない、希望を与えることだ」というメッセージに共感した。
しかし私がこのエッセーから受けたメッセージは、他にもう一つある。それは「自分にも書きたいことがあったら書けばいい」ということ。というのもこのエッセーを書いたのは、ドレスデンにある大学病院精神科で働くドイツ人の先生だからだ。在米中にwritingの訓練も受けたし、私も日々の診療で感じたこと、メッセージを簡潔に書けるようになりたい。"You will sleep again"に倣って、私も"You will write again"と暗示をかけよう。
さてこないだは、The Evening Seminarというエッセーがあった(Ann Int Med 2013 159 432)。患者さんを招いて気分障害の治療について患者さんからの視点などを学ぶセミナーで、「一番きつかった不眠をどうやって解決したのですか?」と問われた患者さんが「先生がいつも"You will sleep again"と言ってくれたからです」と答えたというエピソード。そこで著者が感じた、「医師が患者さんにできること、それは薬やオーダーだけじゃない、希望を与えることだ」というメッセージに共感した。
しかし私がこのエッセーから受けたメッセージは、他にもう一つある。それは「自分にも書きたいことがあったら書けばいい」ということ。というのもこのエッセーを書いたのは、ドレスデンにある大学病院精神科で働くドイツ人の先生だからだ。在米中にwritingの訓練も受けたし、私も日々の診療で感じたこと、メッセージを簡潔に書けるようになりたい。"You will sleep again"に倣って、私も"You will write again"と暗示をかけよう。
9/15/2013
We've got a lynx
米国にいた頃、コロコロのついた台に載ったコンピュータを看護師さんが病棟で投薬などのために用いていた。ICUでは、医師たちが回診するのにこれを用いていた。コロコロがあると、初期研修医がプレゼンする間に後期研修医がコンピュータを操作してカルテ(体温表、データ、画像など)を参照できる。回診の議論で決めたことをオーダーすることも出来るし、カンファ室などでなく病棟の廊下にいるので看護師さんやリハスタッフなどとの話も進みやすい。患者さんに画像などをお見せすることも出来よう。
それで、いまの職場で同じようなコロコロがもらえないかなあ、と病棟にお願いしてみた。すると、投薬などに適した装備のついたやつは看護師さん専用だからと、シンプルな処置台にノートパソコンを載せたやつを即座に私たちのために作ってくださった。それを使って、回診が効率的になった。以前の職場でコロコロはcow(牛)と呼ばれていたが、私たちのは脚がすらっと長くてキラキラして小回りの利くかわいいやつなので、牛というよりlynxだ。
それで、いまの職場で同じようなコロコロがもらえないかなあ、と病棟にお願いしてみた。すると、投薬などに適した装備のついたやつは看護師さん専用だからと、シンプルな処置台にノートパソコンを載せたやつを即座に私たちのために作ってくださった。それを使って、回診が効率的になった。以前の職場でコロコロはcow(牛)と呼ばれていたが、私たちのは脚がすらっと長くてキラキラして小回りの利くかわいいやつなので、牛というよりlynxだ。
9/09/2013
置かれた場所で咲きなさい
新しい職場で仕事を始めて一週間が過ぎた。まず、米国腎臓内科フェローの仲間には卒業後に腎臓内科の仕事につけない人も多いことを考えれば、腎臓内科医として働けることが何より幸せだ。さらに、教える仕事にも付かせてもらえて、こんな有難い恵みはない。さらにさらに、教える人たちの成長が目ざましくて毎日楽しい。
といっても、いきなり腎臓生理学を一から教えようとか、そういうことばかりではない。今の環境に求められること、患者さんの診療に役立つことも教えている。効率的な働き方とか、プロブレムの立て方とか、臨床推論とか、不確定要素があるなかでの臨床判断とか、カルテ・サマリーの書き方とか、ベッドサイドマナーとか。
その吸収が、速い。よく「乾いた大地に水を注ぐ」とか言うが、乾いた大地に水を掛けても土が濡れるだけだ。それが、いまは豊饒な大地で種子のあるところに水を注いでいる感じ。私はいまの職場で「置かれた所で咲きなさい」という素晴らしい言葉を教わったが、置かれた場所で咲き咲かせ、仲間とともに成長したい。
といっても、いきなり腎臓生理学を一から教えようとか、そういうことばかりではない。今の環境に求められること、患者さんの診療に役立つことも教えている。効率的な働き方とか、プロブレムの立て方とか、臨床推論とか、不確定要素があるなかでの臨床判断とか、カルテ・サマリーの書き方とか、ベッドサイドマナーとか。
その吸収が、速い。よく「乾いた大地に水を注ぐ」とか言うが、乾いた大地に水を掛けても土が濡れるだけだ。それが、いまは豊饒な大地で種子のあるところに水を注いでいる感じ。私はいまの職場で「置かれた所で咲きなさい」という素晴らしい言葉を教わったが、置かれた場所で咲き咲かせ、仲間とともに成長したい。
9/05/2013
Clemens Von Pirquet
溶連菌感染後の糸球体腎炎の機序についてComprehensive Clinical Nephrologyで学んでいたら、Clemens Von Pirquet先生のことを知り、彼の業績を讃えつつこの病態の最新理解をまとめたレビューを孫引きして読んだ(KI 2007 71 1094)。日本で主に信じられているGDAPH(メザンジウム細胞や基底膜について炎症を惹起する?ただし病変部分に見られないこともある)、欧州で信じられているzSpeB/SpeB(抗zSpeB/SpeB抗体を惹起する、ただし抗体だけあって発症しない例も多い)の話もさることながら、私にはClemens Von Pirquet先生のことが印象に残った。
Clemens Von Pirquet先生はVienna近郊で生まれ、Innsbruck大学で神学、Leuven大学で哲学をまなんでからGraz大学で医師になった経歴の持ち主だ。医師になって3年目、29才だったClemensは、臨床医として溶連菌後の患者さんを診た経験だけを元に完全な推測で「これは抗体の仕業だ」と思いつき、思いつくだけでなく、それに余りにも確信があったので、この考えを当時の小児科学会に手紙で送った。それも、「この手紙は学会のセッションで、私がいる前に初めて空けてください」という封をして。これは、手紙を受け取った学会関係者が事前に読むと、その考えを盗まれてしまうと恐れたということだ。
学会で一レジデントの新しい意見を発表すれば、年上の先生方に笑われるだろう恐れもあっただろうが、それを上回る確信があったのだろう。こういう「誰がどう思おうと関係ない!」といえるだけの確信が持てる、注意深い観察と推論能力をもちたい。実際に彼の考えは正しかったし、100年経ったKIの論文でも「ゲーテは『最初のボタンを掛け違えるとシャツが着れない』と言ったが(こういう引用が私は好きだ)、Clemensが正しく最初のボタンを掛けてくれたから今の病態理解がある」と締めていた。
Clemens Von Pirquet先生はVienna近郊で生まれ、Innsbruck大学で神学、Leuven大学で哲学をまなんでからGraz大学で医師になった経歴の持ち主だ。医師になって3年目、29才だったClemensは、臨床医として溶連菌後の患者さんを診た経験だけを元に完全な推測で「これは抗体の仕業だ」と思いつき、思いつくだけでなく、それに余りにも確信があったので、この考えを当時の小児科学会に手紙で送った。それも、「この手紙は学会のセッションで、私がいる前に初めて空けてください」という封をして。これは、手紙を受け取った学会関係者が事前に読むと、その考えを盗まれてしまうと恐れたということだ。
学会で一レジデントの新しい意見を発表すれば、年上の先生方に笑われるだろう恐れもあっただろうが、それを上回る確信があったのだろう。こういう「誰がどう思おうと関係ない!」といえるだけの確信が持てる、注意深い観察と推論能力をもちたい。実際に彼の考えは正しかったし、100年経ったKIの論文でも「ゲーテは『最初のボタンを掛け違えるとシャツが着れない』と言ったが(こういう引用が私は好きだ)、Clemensが正しく最初のボタンを掛けてくれたから今の病態理解がある」と締めていた。
8/15/2013
Lindy Hop
Lindy Hopとは1920年代のハーレムが発祥の、ジャズに載せた踊りだ。見たら分かるがかなり激しくアクロバティックで、こんなダンスが生まれ大流行したとは、Fitzgeraldが1920年代の米国をJazz Ageと名づけたのもうなずける。このあともCharleston、Boogie-Woogie、Jive、Jitterbug、Rock'n'Rollなど様々なダンスが産まれて現在に至る。
さて、米国内科学会誌で私が楽しみにしているコーナーOn Being a Doctorに、Leslie Cohen先生が書いたエッセー"Jitterbug"(Ann Int Med 2013 158 919)が載った。これは彼女がフォローしていた患者さんとの話だ。糖尿病と高血圧でフォローしていたが、病院に来ても待合室で元気なく座って、笑わず、話もゆっくりだ。うつ病や内因性の疾患をスクリーニングしたが陰性。
ある日彼女は、"What was the best job you ever had?"と聴いてみた。すると彼女は、若い頃にTimes Squareでダンサーをしていたこと、Pat Allenという芸名で、特別な衣装を着て人気を集めたこと、そして亡き夫であるダンスパートナーに出会ったことなどを話した。これらの思い出を話しながら、彼女がキラキラし始めた。
3ヵ月後の外来、彼女は待合室の患者さんを芸名で呼びかけると、それまで目を閉じて退屈そうに座っていたAllenさんは目をパチクリさせ、ニコッとした。そして、診察室でAllenさんのお気に入り、Glenn MillerのIn The Moodを踊った。それまで動きの遅かった患者さんは、機敏な動きで彼女をリードした。一分くらいして終わり、おじぎをして、それからお互い座り血液検査の結果、食事、薬について話し合った。
この話がimpact factor 16.7の米国内科学会誌で、original articlesやらsystematic reviewやらに混ざって載っているのはなぜだろうか。それは、この学会が医師として患者さんといかに関わるか、医師としてやっていくとはどういうことなのかを教えてくれる生の声をvalueしているだからだと思う。On Being a Doctorと他の記事、どちらがよりインパクトがあるか一概には言えない。
さて、米国内科学会誌で私が楽しみにしているコーナーOn Being a Doctorに、Leslie Cohen先生が書いたエッセー"Jitterbug"(Ann Int Med 2013 158 919)が載った。これは彼女がフォローしていた患者さんとの話だ。糖尿病と高血圧でフォローしていたが、病院に来ても待合室で元気なく座って、笑わず、話もゆっくりだ。うつ病や内因性の疾患をスクリーニングしたが陰性。
ある日彼女は、"What was the best job you ever had?"と聴いてみた。すると彼女は、若い頃にTimes Squareでダンサーをしていたこと、Pat Allenという芸名で、特別な衣装を着て人気を集めたこと、そして亡き夫であるダンスパートナーに出会ったことなどを話した。これらの思い出を話しながら、彼女がキラキラし始めた。
3ヵ月後の外来、彼女は待合室の患者さんを芸名で呼びかけると、それまで目を閉じて退屈そうに座っていたAllenさんは目をパチクリさせ、ニコッとした。そして、診察室でAllenさんのお気に入り、Glenn MillerのIn The Moodを踊った。それまで動きの遅かった患者さんは、機敏な動きで彼女をリードした。一分くらいして終わり、おじぎをして、それからお互い座り血液検査の結果、食事、薬について話し合った。
この話がimpact factor 16.7の米国内科学会誌で、original articlesやらsystematic reviewやらに混ざって載っているのはなぜだろうか。それは、この学会が医師として患者さんといかに関わるか、医師としてやっていくとはどういうことなのかを教えてくれる生の声をvalueしているだからだと思う。On Being a Doctorと他の記事、どちらがよりインパクトがあるか一概には言えない。
7/24/2013
8月15日から再開
このブログも6年目に入った。いったん休憩して8月15日から再開するが、再開後も意欲的に書き続けるつもりである。どうして書き続けるのか?それは、学ぶ楽しみを共有せずにおれないからである。そして、「一番好きなことをベストを尽くしてやれば後のことはなんとかなる」という恩師の教えを信じているからでもある。
6/26/2013
Music therapist
うちの病院にはmusic therapistがいる。それで、彼らがICUでも病棟でも、ギターや音楽プレーヤーなどをカートに載せてやって来るのをよく目にする。しかし先日、院内報に音楽療法のことが取り上げられ、彼らmusical therapist達はただのperformerではないと知った。Music therapistは自分達のために演奏して患者さんや家族に楽しんでもらうのではない。
逆に、患者さんや家族が人生に意味を見出したり、逆境に取り組んだり、苦しみを乗り越えたり、心や魂を癒したりという目的があって、彼らのリクエストする音楽を提供するのだ。彼らが歌うこともある。Palliative careの一環として音楽療法の効用はさまざまなスタディで示されているというが、音楽が心を勇気づけ魂を癒すことは自明と思う。
逆に、患者さんや家族が人生に意味を見出したり、逆境に取り組んだり、苦しみを乗り越えたり、心や魂を癒したりという目的があって、彼らのリクエストする音楽を提供するのだ。彼らが歌うこともある。Palliative careの一環として音楽療法の効用はさまざまなスタディで示されているというが、音楽が心を勇気づけ魂を癒すことは自明と思う。
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