7/19/2015

Compassion

 私がアメリカで医学教育を受けたいと思ったきっかけは医学部時代に赤津晴子先生が『アメリカの医学教育』でよいドクターの資質として第一にcompassionate(思いやりのある)、第二にcompetent(有能な)と挙げておられているのを読んだからだ。以後、このふたつのバランスを取ろうと努力してきた積りだが、compassionのほうは後から付いてくるような感じがしていた。そこにきて、積極的なcompassionについて学ぶ機会を得た。それは、相手に対して次のように心の中で唱えるというものだ。
この人は心と身体を持っています。私と同じです。この人には気持ちや感情、考えがあります。私と同じです。この人は、悲しんだり、がっかりしたり、怒ったり、混乱したりすることがあります。私と同じです。この人は人生において肉体的、心理的な苦しみを経験しています。私と同じです。この人は人生において喜び、幸せ、愛を経験しています。私と同じです。この人は幸せになりたいと思っています。私と同じです。この人が幸せでありますように(サンガ編集部『グーグルのマインドフルネス革命』136ページより)。
いままで「腎臓内科医は数字を大事にするがそれ以上に患者を大切にする」などと言っておきながら、外来で患者さんを迎え入れる時に私の心は何をしていたか?迅速で確実な診断のために目、耳、すべての感覚で患者さんから情報を得よう得ようとする余り、「この人は辛くてここに来たのだな、私のすべての力を使って、どうかこの人が幸せになりますように」という祈りを真っ先に届けることを忘れていたのではないか?

 Compassionate careは、患者さんが信頼を寄せるので有用な病歴を言い出しやすくなり診断の質が上がる、患者さんの治癒力をあげる、また治療のアドヒアランスをあげるなどさまざまな肯定的なスタディ結果がでている。Competentであるだけでは半分だ。赤津先生がおっしゃるようにcompetentは大事だが二の次で、まずcompassionateであることが大切なのである。これは医療に限ったことではない。政治やビジネスで競争、交渉する相手を思いやることも重要視されているし、よいリーダーの資質としてアメリカ海軍において重視されてもいるそうだ。

 しかし、よい知らせは思いやる力はトレーニングで鍛えることができるということだ。Neuroplasticityという概念もあるように、成人になってからでもトレーニングによって脳の回路や構造を可塑的に変えることができるとわかってきた。前述の文章を唱えるのもひとつだし、グーグル社のJolly Good Fellow(という役職;エンジニアだったがマインドフルネスに目覚めてそちらを本職にしている)Chade-Meng Tan氏などは「通りがかる人をランダムに選んで"I want this person to be happy"と唱えるように」と言っている。そして相手を思いやると自分の幸福度が上がることも示されているそうだ。