2/03/2016

Armchair Detective

 armchair detectiveというのは、『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉)の影山のように話を聞いて推理する探偵のことだ。まあそんなにかっこいいものじゃないけれど、世の中の臨床的な問題はガイドラインとUpToDateに書き尽くされているものではないので、それでもわからないことはこの世に知られているところまでは調べなければならない。「わからない」といってしまったら、それで終わりだから。ほかの誰かが調べてくれると思ったら大間違いだから。最悪剖検になっても、正直いって通り一遍のことしか調べてくれないから。そしてなにより、論文がオンラインで検索できるおかげでたとえばlate-onset primary hemophagocytic lymphohistiocytosisの遺伝子異常、PRF遺伝子のさまざまな変異による免疫病態のスペクトラムであるperforinopathyなど、専門外や稀な病気であってもかなりのところまで調べることができるから。

 私は機械みたいに来る日も来る日も同じような病気を同じように治療するということはできなくて、ぜったいこれはおかしいという外れているところを見つけなければと思って(まあそれでも見逃すことはあるから難しいんだけど二度同じ間違いはしないようにして)、その時々の状況でどうすればいいかをclinical judgementを働かせながら悩み、患者さんごとの生い立ちとか個性とか家族背景とかにフォーカスをあてて共感しながらゴールを考え、医療がいろんな職種のいろんなひとたちが人間ゆえの不器用さで協力しあい危うく(内部告発するわけじゃないけど、危ういんですよ本当に…自明です)成り立っているのを受け入れながら腐らず仕事をしているわけだが、本気で調べなければならないことがあったらarmchair detectiveになってパソコンの前でサイバー攻撃のように検索をかけるのも大事な役目だと思っている。

 この作業は正直あたまが熱くなって疲れるなと思うこともあるけど、なんでもかんでもガイドラインとUpToDateで診療すればいいんだったら、それこそほんとうに誰にでもできるし。




2/02/2016

CAB(prazans)

 H+/K+-ATPaseはαサブユニットが2種類あって、α1はgastric isoform(HKα1)、α2はcolonic isoform(HKα2)と呼ばれるがそれ以外にも存在して、腎臓では遠位ネフロン、とくに介在細胞で酸排泄(とK+再吸収)に関わっている。HKα1 H+/K+-ATPaseが極小濃度のSch-28080で阻害されることは古くから分かっていた(J Biol Chem 1987 262 2077)が、この薬は肝障害などあり胃酸分泌抑制に実用化されることはなかった。

 しかし月日は流れ、H2ブロッカーがでて、PPIがでて、ついにSch-28080を修飾したH+/K+-ATPaseのK+ competitive acid blocker(CAB) がでた。まず韓国でrevaprazanが認可されて、ついで日本でvonoprazanが認可された。ドイツでlinaprazanが研究されたが効果がなく中断された。糖尿病、高血圧などと並んで胃薬は超巨大市場だから、やっぱり新薬研究は進んでいて(J Neurogastroenterol Motil 2014 20 6)、PPI徐方剤やPPI合剤、TLESR(Transient Lower Esophageal Sphincter Relaxation Reducers)などがあるようだ。

 TLESRはGABA-B、mGlucR5、CB、CCK、5-HT4、ムスカリン受容体、オピオイド受容体などをターゲットにしているらしい。ところでCABはとても強力に胃酸を抑制するが、Clostoridium difficile腸炎だの入院中の誤嚥性肺炎だのガストリン産生によるカルシノイドだのといった長期の副作用が気になる(vonoprazanの動物データでは何百倍も神経内分泌腫瘍のリスクが上がるそうだが)ほかに、コモンな副作用に下痢があるそうだ。これが、HKα2をブロックすることによる大腸でのK+喪失に関係しているのか興味がある。



12/18/2015

忘れられない一言 35

 「反省することは重要だが、医者である以上絶対に自分を責めてはいけない。後ろを振り向いてばかりいるよりも、様々な経験から未来の患者さんを救いなさい」(黒島偉作、平山正実対談集『イノチを支える』)。時間には二種類あって、時計が刻む時間はクロノス、それに対して質的でその一瞬が永遠に人生を変えてしまうような時間はカイロスという(日野原重明著『私が経験した魂のストーリー』)。「いろいろな試練に出会う時は、この上ない喜びと思いなさい」(James 1:2)。


11/24/2015

Hemospray

 症例から学べるだけ学びたいから、消化管出血の止血方法について調べていた。というのもこないだ直腸潰瘍症例でみたクリッピングに満足できなかったからである。

 そしたら、Cook Medical社のHemosprayTM(TMは商標のこと)がみつかった。Cook社秘伝の(proprietary)キトサンと鉱物のmixtureを消化管壁に散布すると吸水して固まり、それが止血の物理的なバリアになるだけでなく、凝固や血小板凝集能も高めるらしい。腫瘍からの出血など触りたくない場合や、出血箇所がはっきりしない場合などにバーっと撒けばよいから優れているらしい。YouTubeで検索したら噴いていた出血が止まった動画がいくつもでてきた。

 しかしこのデバイスはアメリカでも日本でも認可されていない(Googleで「ヘモスプレー」と日本語で入れても一件も出てこない)。Cook Medical社自体はアメリカインディアナ州にあるのに不思議だ。北米州ではカナダとメキシコ、アジアでは香港、シンガポールなどで認可されている。




11/22/2015

End-of-life Consultation

 米CMS(The Centers for Medicare & Medicaid Services)が2016年1月1日からの支払い規則を最終決定して、その変更点のひとつにEnd-of-life consultationへの支払いが含まれることになった。最初の30分で$86(病院だと$80)、それ以降の30分はup to $75となっている。このインセンティブがあれば時間をとって患者さんや家族の意思が尊重されるようになり、意思に反した過剰な検査・治療が防げて医療費を抑制できるということを狙っていると思われる。ついでに the End-Stage Renal Disease Quality Incentive Programも最終決定されて、透析ユニットで貧血や感染症や各種安全が一定基準を保てない場合に支払い額が減らされるようになる。


11/21/2015

Gush of Blood

 長期臥床ICU患者が突然に大量新鮮下血してショックになったら、輸液でも輸血でも昇圧剤でも放り込んでとにかく蘇生するのはもちろんだが、一刻も早く出血を止めなければならない。ここでただ消化器内科医を呼んだのでは甘い。たしかに激しい上部消化管出血が下から鮮血ででてくることはあるけど、患者さんの病歴と経過を知る者としてはこの出血が直腸潰瘍によるものと確信されるのだから(経鼻胃管から何も引けないし)、型どおりに上部内視鏡をして直腸からダバダバ何リットルでも出血するにまかせるのではなく、「直腸潰瘍ですから上部ではなく一刻も早く下部内視鏡をして止めてください」と説得しなければいけない。もし嫌だといわれたらIVRに掛け合うか、あるいは直腸に挿入して圧迫止血するチクワ状のSPONGOSTAN®を使うか(8cmしかないから届かないかもしれないけど)して、とにかく即刻出血を止めて失血を防がないといけない。ICUは全身管理が勉強になるのも一面だけど、やっぱりこういうひとつの判断で予後が大きく変わるような緊急事態にたくさん遭遇して即応判断力をつけることも大切だなと思う。





11/18/2015

Going the extra mile

 腰痛と「Mタンパク(とだけ書いてある)」と貧血と進行する腎障害がある症例が紹介されてきたら、骨髄腫を疑って一刻も早く異常タンパクを減少させたい(高Ca血症や体液減少や敗血症などがあればそれも治療しなければならないが)。骨髄腫における腎障害はmedical emergencyなんて書いてる論文もあるが(Bone Marrow Transplantation 2011 46 771)、各種検査が外注で時間のかかる市中病院ではけっこう間延びする。とりあえずその「Mタンパク」とやらの詳細な情報を前医に取り寄せたいが、研修医が問い合わせて送ってもらったFAXには「検出」としか書いてない。で、そこで止まっている。うちでSIFEを出しなおしているが、結果が出るのに一週間はかかる。あーもう見てられない、と私が前医に電話したらあっさり教えてくれた。
 つぎは骨髄穿刺/生検だが、これもやったはいいが外注のレポートが来るまでには時間がかかる。そんなに待ってられないなー、スメアのGM染色を自分で見れば形質細胞くらいわかるんじゃない?というわけで午後3時にした骨髄穿刺/生検のスメアがGM染色されているか午後4時に検査室に電話したら明日やる予定だという。「今日染めたら残業になりますか?」と聞いたら「いや五分くらいで染まるし大丈夫ですよ」というのでお願いして、例のすごい検査室の方にざーっと全視野をスキャンしてもらい形質細胞を確認できた(細胞数カウントまではしないけど)。
 ここまでで、入院して24時間。腎生検の予定も組んだ。私ならこの時点で少なくともbortezomibくらいは始めてしまうが、まあそれはこの間不在だった血液内科医の先生が来られて考えられることだ。私は血液内科医でもないし、そもそもこの症例は私のチームではないのだけど、やっぱり腎臓と患者さんを助けたいし、こういうふうに詰めの甘いところを詰めたりいまできることから行動したりするとやりがいを感じる。どうしたらこういう積極的な働き方というか態度を教えられるか考えている。


8/13/2015

Soon it shall also come to pass

 英Economist誌2015年7月27日付の記事によれば、これから10年で東京圏の後期高齢者(75歳以上人口)は175万増えて、572万人に達するという(シンクタンク日本創成会議、東京圏高齢化危機回避戦略より)。当然医療や介護の需要が増大して、現状でもすでに不足している供給とのミスマッチが広がる。ドイツの学者Florian Coulmas氏はこれを経済の繁栄と医療の発展がもたらした一種のdystopia、catastrophic successと呼ぶが、世界に先駆けて東京圏がこの問題に取り組むことになる。
 というか、もう取り組んでいる。意思疎通の取れない高齢者が非特異的な症状でつぎつぎに救急に連れてこられ、入院対応医が行くとたいてい施設の人も家族もおらず(子供だったら多分こんなことはないのに、高齢者は平気で独りにされる)、入院中は医学的な治療よりもADL低下のアセスメントと対策、ケア環境の確認と転院調整がメインになる。それは時間のかかるプロセスで、これからもっと時間がかかるようになるだろう。行き場のない患者さんたち。そして急性期病院のベッドが慢性期の退院調整待ちの患者さんで埋まっていく。
 もうひとつのcatastrophic successと私が思うのは、意思決定能力のない患者さんに対して(あっても)、家族の負い目と医療者の罪悪感と病院の経営面からどんどん高度な生命維持治療や延命治療が行われ「おじいちゃんおばあちゃんが一秒でも長生き」することだ。Abraham Lincolnは"In the end, it's not the years in your life that count. It's the life in your years."と言ったが、緩和ケアが幅広く行われ、かかりつけ医が患者さんの意思決定能力のあるうちに家族と一緒に時間を掛けて今のうちからadvanced directive、POLSTをとるのが望まれると私は思う。
 こんなことは、考えないに越したことはないのかもしれない。確かに、考え出したらやってられない。未来のことは誰にも分からないし、解決策がないなら悩む時間が長くなるだけ損だということもある。誰か頭のいい人が考えればいいことなのかもしれない。でも現在の医療が、昭和初期の日本の政情のように漠然とした不安を前にしていることに気づいてしまったものは仕方ない。まあ昭和初期から日本はいろいろあっても立ち上がってきたわけだし、これも何だかんだいって過ぎ去るのだろう(高齢化の次は人口減だ、ひとつひとつ心配していたらきりがない)。


8/11/2015

Light and Darkness

 光がやって来るタイミングは、①自分の心が悲鳴をあげ、「もう暗闇は嫌だな」と心底思ったとき、②最初は小さかった苦しみが次第に大きくなり、痛みが膨れ上がっていき、「もう限界だ」というところまで来て、ようやく光がやってくるそうだ(加藤秀視『ONE』)。ということは、どうしようもない絶望に陥ることも決して無意味ではなく、むしろ希望が訪れる前兆だとも言える。この話を読んで思い出すのが、レジデント時代に一個後輩だった先生だ。
 UCLA卒で引く手数多だったのに、親戚の世話をしたいと、よりによって東部で交通の便がいいうちを選んだ。しかし外来のpreceptorと馬が合わず、能力に瑕疵がないのに6ヶ月間の1年目延長(米国にはそういう制度がある)、その間は病院に監禁状態で「宿題」を出されるという憂き目にあった。何の前触れもなくプログラムディレクターの部屋に呼び出され、報告書と処分書を前に座らされて即座に「サインしろ」と言われたらしい。アンフェアだと義憤していた。
 私は彼とpreceptorが一緒だったので他人事と思えず、また彼とよく話す機会があったし、彼がいい奴で優秀な奴だと知っていた(延長処分を受ける人のなかには、受けるべくして受ける人もいるのだが、彼は違った)ので、このような理不尽に対して指をくわえていることができず、よく励ました。彼をクルマに乗せ公園に連れて行き、ダウンタウンが見渡せる芝生の丘に折りたたみチェアを置いて座り、一緒に眺めた暮れていく夕日はいまでも鮮明に覚えている。
 その彼に、私は自分が読みおわったViktor Franklの"A man's search for meaning"(邦題『夜と霧』)をあげた。どんな理不尽でも、耐えて忍べばかならず道は開けるから、あきらめないでと。喜んでくれて、本にサインしてくれと言うから、自分が書いた本でもないのにサインした。そして彼は理不尽な延長を終え二年目に上がり、まったく問題なく卒業し、故郷のベイエリアに戻り、臨床もしつつ医学学習モバイルツールの会社も立ち上げつつ、公私共に幸せに暮らしている。これなど、暗闇を受け入れて突き詰めると、光に出る好例と思う。


8/07/2015

Seat Belt

 米国でレジデントをしていたときに外来で特に問題のない若い患者さんを診て、さらっとプレゼンしたら、preceptしてくれた指導医に「シートベルトをちゃんと着用している?」と言われた。もちろん、訊いていなかった。しかし米国人25-34歳代の死因で交通事故は3位(1位は薬物中毒、2位は自殺)、35-44歳代では4位(1位は薬物中毒、2位は自殺、3位は冠動脈疾患)だから、ヘルスメンテナンスの観点からこれを訊くことは大切だ。同様に薬物使用、自殺のリスク、他殺のリスク(25-34歳代の死因4位、35-44歳代の死因5位が他殺だ)も見逃さないようにしなければならない。若い患者層は内科的に健康な場合が多いが、診るときにはこのような特別な配慮が必要になると思う。