11/25/2018

忘れられない一言 48

 電子カルテの患者画面には、もちろん性別と年齢が書いてある。しかし、何歳何ヶ月まで書かれていることは意外と知られていない。「XX歳0ヶ月」と書いてある人は、その月に誕生日を迎えたばかりというわけだ。

 アメリカにいた頃に用いていたソフトでは、それを強調するアイコンが年齢の横にでて、受付の方が「誕生日だったんですね」などと声を掛けるようにしていた。素直に喜べない誕生日であっても、やはりその年まで生きてきたということはおめでたい。

 さて、これは患者さんの誕生日ではないが、わたしの誕生日に外来をしていたある時、ある患者さんが部屋に入って座るなり笑顔で身を乗り出して「先生、調子いいです!」と発言したことがあった。

 ラーメン屋さんでお客さんが食べるなりカウンターから身を乗り出して「店主、ラーメンうまいね!」と言えば、まあ、うれしいだろう。でも、ラーメンが美味いのか、お客さんの機嫌がよかったのか、お腹が空いていたのかは、わからない。

 医者も同じだ。だから、(誕生日にうれしい言葉だな)くらいに心にとどめながら、「そうですか、それは何よりですね」と返す。

 「じゃあ診るべきことがないですね!仕事を楽にしてくれてありがとうございます」くらい、冗談を言ってもよかったがやめた。実際にはいくつもの問題点について治療を行なって注意深く診ており、そういうよい日ばかりではないことはお互い分かっているので(下はイソップ寓話『メメント・モリ』、2013年ペンギン社刊より)。




6/28/2018

レシート幾何学 102

 電車の中で考えるレシート幾何学シリーズ、その続編は五角形からはじまった。正五角形をつくるには、正方形を半分におり、さらに半分の半分というように折り目を付ける(下図)。




 そして、下図のように斜めに折り返すと、できる角度が72度(360/5)になっている。折り返すと72度がふたつで、はみ出す部分の角度は36度(180-144)になっている。半分の折りたたみを元に戻せば、そこも72度(36×2)というわけだ。




 ここから、下図の三角形ABCについて考える。




 AB、BC、ACについてピタゴラスの定理が成り立ち、ABとBCは1:3なので、ACの長さはABの√(1の二乗+3の二乗)倍。AB:BC:ACは1:3:√10。ここで10という5の倍数がでて、ああやっぱり五角形かと思う。

 さて、ここから幾何と代数を融合させ、つぎのようなマトリクスに当てはめる。




 そして、AB、BC、ACの長さをθで求めてみる。そのためには下の二つの方程式を解けばよい。



 
 展開すると、AB、BC、ACは以下のようになる。




 ああ、美しい。しかし美しいものは美しいものを呼び寄せる。ここで、θを正n角形をつくる角度とすると、θはラジアンに直して2π/nとなる。さらに、それを今度は図のような複素数平面に置き換えてみる(図はnが5の場合)。




 ここから先は、AB、BC、ACの話と言うよりも、2π/nの三角関数をどうやってnの多項式に直すか、という問題になる。そして数学雑誌の論文(DOI: 10.1080/0025570X.2004.11953242)などもみると、それにはEuler's totient function、Eisenstein's criterion、Euler's identity、De Moivre's formula、Binominal theorem、Chebyshev polynomialなどが出てくるらしい。

 これらを成書で学ぶのも、楽しみだ。

6/22/2018

テザリング

 通勤車内を書斎にできる人は、幸いだ。ひとりで、誰にも邪魔されずに読書や執筆などさまざまな作業をする時間を、確実に確保できるのだから。遠距離通勤の役得とも言えるかもしれない。

 わたしもその時間を通じて、1年間で1冊の本を訳すことができたクチだ。それはスマホでやったが、パソコンで作業するにはネット環境をどうすればいいかな?と思っていた。そして調べて、スマホのテザリング機能をつかえばよいと分かった。

 これがあれば、スマホがwifi(あるいはbluetooth)のアクセスポイントとなり、パソコンのネット接続が可能になる。唯一の難点は、ネット環境とは関係なく、パソコンキーボード打鍵音のうるささくらいだ。静音化するため、キーボードにかぶせるパッドとかを検討しよう。

 これがあれば、モバイル書斎が一層充実し、執筆も進むだろう。


6/07/2018

Be perennial

 Perennialとは、多年生植物のことだ。わっと咲いてわっと枯れる一年生植物ではなく、多年生植物のように持続的に成果を出して幸せを味わって生きたいものだ。

 それに対してevergreenとは常緑樹のことで、永遠の生命の象徴でありクリスマスにもみの樹が崇拝される理由でもある(もしかすると七夕の竹信仰とも関係あるかもしれない)。

 ただ常緑樹のような人生はちょっと単調な気がする。

 落葉してもいいから、冬にもちゃんと立っている。四季ごとにいろんな喜怒哀楽を経験しながら、それでも立っている。

 そんな人生がいいんじゃないかと、ふと考えた。



5/15/2018

忘れられない一言 47

 病気を生活習慣を改善させることでなんとかしたいと思う人は多い。薬を飲まなくて済むなら、なお結構というわけだ。実際、生活習慣を改善させるよう指導すると外来診療で管理料がとれる。そのひとつが禁煙だが、運動や減塩を勧めるのと違ってこればっかりは患者さんから「いやーなかなか(^-^;)」という苦笑いが返ってくることが多い。

 こういう行動変容について情熱を燃やすのは、総合診療科のマインドを持った人たちが多い印象があるが、腎臓内科医も自分は総合内科医だと思っている。それに『CKDの集学的治療』なんていって禁煙を勧めないんじゃあ片手落ちだということで、私も割とこの話を避けない(成功話はこちら)。

 すると、まあいろんなお話が聞ける(たとえばこちら)けれど、こないだも認知や行動について示唆的な発言があった。

「2ヵ月後お会いする時には、どれだけ吸っていると思いますか?」

 とお伺いしたところ、

「半分にします」

 とおっしゃる。それで、

「半分って何本ですか?」

 とお伺いしたところ、

20本の半分だから、15本

 とおっしゃった。20本の半分は10本だ。半分と言ったものの10本は無理と思ったのか。いずれにしても、この発言だけで禁煙の意思と喫煙の欲求のあいだで激しく相克があることが伝わってくる。

 完全喫煙が100で、1本でも吸っていたらゼロって白黒な世界じゃない。現実はもっとファジーで、マーブルで、カラフルで、まるで人生そのものだ。





忘れられない一言 46

 腎臓内科医にとって、むくみが減って皺ができるのは、よいことだ。消化器外科医にとって、手術した患者の放屁を聞くのがよいことであるように。

 しかし、患者さんにとって、とくに女性の患者さんにとっても皺が祝福すべきことかと言うと、そうでもない。

 だから、「むくみが減って皺が寄りましたね」なんて満面の笑顔で言って、「皺ができたなんて嫌なこと言わないでよ!」と怒られないよう注意が必要だ。

 要は、相手の立場にたって考えられますか?ということだ。医療者のゴールと、患者のゴールは、多くの場合近くて似ているが、まったく同じではない。





忘れられない一言 45

 家族構成を知るのには、"Who do you live with?"の直訳である「誰と一緒にお住まいですか?」という質問が便利だ。すると、配偶者と住んでいたり、母と一緒に住んでいて父は他界していたり、子供一家と住んでいたり、孫と住んでいたり(子はいなかったり出て行ったり)する。

 家族が同席しているような場合は、その家族と一緒に住んでいる場合もあるし、そうでない場合もある。あるいは、同席しているのが家族ではないこともあるので、まず確認することが必要だ。いつも配偶者ときていた人が別の人ときた場合に、理由をたずねると

「(配偶者は)キュウシしましたので

 という答えが帰ってくることだってあるかもしれない。キュウシが急死だとわかるのに少し時間がかかるくらいはまあ仕方ない。でも、動揺を見せずにその時の様子、葬儀のこと、亡くなった後の生活についてお話を聞いたり共感し、診察をつづけるのがプロだ。

「自分が死んだら、悲しんでくれる人はいるのかな?」

 などと考えるのは、診察が済んでからでいい。




 

5/10/2018

ところ変わって変わらないもの

 ABIM(米国内科専門医資格を管理するところ)による、資格維持のための教育モジュールを解いて、最初は感動したが、だんだん悲しくなってきた。

 ABIMの専門医資格といえば、これがあれば米国では一生やっていけるという大事な資格であると同時に、その更新制度については改革が会員の反対があった経緯がある。

 しかし、反対後に極めてリーズナブルな再改革がなされ、現在では何年ごとに一定の単位(MOCポイント)をとればよいことになった。

 単位はJournal ClubでもGrand Roundでも、本当にさまざまな教育活動が含まれるようになった、そのひとつがABIMがやっているモジュールだ。

 各科ごとに各年のupdateモジュールがあるが、何度トライしてもよいので、色々調べて勉強してください(こういうのをオープン・ブックという)、となっている。

 その具体的な内容はもちろん開示できないが、とにかく、非常に勉強になる。ABIM資格を持っていて、本当によかったと思う。

 ではどうして悲しいことがあるのか?それは、多くの治療が日本でまだ認可されていないからだ。

 もちろん、高齢化とか透析とか医療制度とか、日本には日本で先を行っている分野がある。抗IL-6モノクローナル抗体のように日本にしかない薬もある。
 
 日本は日本だし、米国は米国だ。まあ、それでいい。それでも、日本でも米国でも(別の国でも時代でも)変わらないものがあるはずだから。
 
 

11/30/2017

忘れられない一言 44

 外来にいれば、いろんな患者さんがやってくる。同じ年齢でも、元気な人もそうでない人もいる。元気が溢れてでている人もいる。そんな人に「お元気ですね」と水を向けると、こんな答えが返ってきた。

たくさん苦労したんだから、長生きしないと

 何事も受け止め方次第だなと思う。苦労したら長生きできないような気もする。でもそうではなくて、苦労したぶんよい報いがあるということだ。こういう考え方でいると、長生きできそうだ。



 

9/19/2017

忘れられない一言 43

 朝にEメールボックスの片隅にアナルズの最新号目次が届いていた。それをみて、ひさびさにOn Being A Doctor(Ann Intern Med 2017 167 444)を読んだ。人々の人生や社会に影響を及ぼしていないようでも、及ぼしているんだなと実感する心温まるエピソードだった。こういう話を読むと、医師のやりがいについて再認識できる。

 お酒をやめられずに肝硬変で苦しむ患者さんと、ERで同時にみた入院の一人として一瞬関わっただけだけれど、「(お酒をやめられず身を持ち崩したら)あなたの子供達が心配です」という一言と視線で、やめたというお話。そのときベッドサイドにいた息子も、そのことがあってから人を助けたいと思うようになり医療職についた。

 読んでから病棟にいくと、昨夜入院した患者さんに両手を合わせられ感謝された。「ゆうべは言葉を出したくても出てこなくてもどかしかった(がいまは話ができる)」と。家族にも感謝された。異変に気づいた家族から正確な病歴を取れたのが大きかった。行きがかりで診ることになった方で、彼らの話に耳を傾けなければ、ただしい診断には至らなかっただろう。論文に共感した。

 論文は1946年のクリスマス映画“It's a wonderful life”を引用している。天使クラレンスが、思い詰めた主人公ジョージに、自分が居なかったら世界がどうなっているかをみせる。クラレンスはそれを、グレイト・ギフトと呼ぶ。そうは感じられなくても、ひとは生きていることで多くの人達に影響を及ぼしている。

 天使に会わなくてもそれは感じられるはずだ、こんなふうに。あるいは、天使がみせてくれているのかもしれないが。