12/04/2014

Healerとはどんな人か

 医師が医師なのはtechnicianではなくhealerだからだと言ってもよいだろうが、いざhealerとはどんな人かと言われると定義があるわけではない。だから身近なロールモデルを参照したり、古今東西のすぐれたhealerについて読んだりするわけだが、healerを構成する要素のおよその束みたいなものはあって、本書でも紹介されている。

 すなわち、人間性に真の関心を持ち、人類同胞のために尽くすことほど崇高な職はないと信じて、道徳規範となり、利他的に善を施すため医療を行う。患者だけでなくその家族、知人、そして自分自身も大事にしてあげる。どんな場面でも丁寧で、礼儀正しく、親切だ。最高のhealerになるためなら物欲から離れることが出来るいっぽう、謙虚で医のアートを知り尽くすことは出来ないと知っている。

 著者は医学生にもhealerがどんな性質を持った人か聴いてみたところ、共感的で、無私の精神で、与えることを悦び、人として魅力的で、勤勉で、思慮深く、正直で、智恵を持ち、理性的であると同時に現実的で、理解を示し、辛抱強く、好奇心があり、広い視野を維持でき、心の広い人だという結果だった。

Physician Heal Thyself(汝自身を癒せ)

 「Full potentialで働く」を日本語で「全力で働く」とか「100%の力で働く」と訳すと、なんだかその人は無理をしているように感じられるのは私だけだろうか。そのニュアンスの違いが、この節「Physician Heal Thyself(汝自身を癒せ)」に表されている。要は自分の健康を守れない人が人の健康を守れないということだ。予防できる病気にかかって体調を崩すのは馬鹿げていると著者は言う。そして自分で自分の健康管理をするのはいいが、自家診療(自己診察、家族の診察)は客観性を欠き質が落ちるので信頼の置ける主治医を持てと。

 また、患者のケアに執着しすぎて燃え尽きたり、患者と密接になりすぎてストーカーや脅迫されたり命の危険にさらされたりしないよう自分を守ることも大事だ。著者は理不尽に患者からメール、電話、直接に苛まれ、診療拒否を試みたが失敗し、州の医師会に問い合わせて紹介してもらった弁護士を頼って患者が近づけないようにした経験を書いている。後にこの患者の行動は精神疾患の前触れだったとわかった。さてこれで第八章は終わり、終章に続く。

忘れられない一言 26(aka the true poetry of life)

 医師として働くことは、自分の得た知識と経験をつかって人のためになり、尊敬されお金にも困らないが、勤務時間もながくストレスもたまりきつい仕事でもある。時にはほかの職業で楽をしてお金もたくさんもらえる人がうらやましく思えたり、そもそも自分はどうしてこの職業を選んだろうと自問することもあるだろう。そんな時に、Osler卿がこんなことを言っている。

Nothing will sustain you more potently than the power to recognize in your humdrum routine, as perhaps it may be thought, the true poetry of life - the poetry of the commonplace, of the ordinary man, of the plain, toil-worn woman, with their loves and their joys, their sorrows and their griefs.

 患者(と家族)の人間サイドに気づくこと。医師こそは患者の心の部分、ソフトな部分を知る特権を持っている。これを助けにすれば前向きに医師としてやっていけると著者は言う。そのために、患者(と家族)とのやりとりで得たヒューマンな部分を日誌に書き記すのがなお良いと著者は言い、これについては以前にも触れた。私の「忘れられない一言」シリーズもそこに影響されて始まったものだ。

12/01/2014

医療過誤 2

 患者が訴訟を起こしたからといって、必ず裁判になるわけではない。裁判で争われるべき違法性、またそのような事実があると認められるとは限らないからだ。だから、たとえ患者が訴えても被告にならないようにすることが最善だ。次に、万一被告になってしまったら、自分を弁護してくれるチームをいかに効果的にアシストするかを知ることが重要だ。
 患者(と家族)はおおくの場合に、治療の一連の流れのなかで起きた結果に驚いて「訴えてやる」となる。誤診された、診断を見逃されたと感じたり、悪い結果に対する不満感情ともいえる。もし患者(と家族)が患者の元々の状態が悪かったうえでのことだという認識を了承していたり、医療が完璧でないことに気づいていてくれたら、彼らはそこまで驚かないかもしれない。
 医療過誤訴訟であなたを守ってくれる最も大切な「防具」は何か?よく知られたことだが、カルテだ。しかし、逆にカルテは患者側があなたを攻撃する最大の「武器」にもなる。開示されたカルテは患者側の代理人が別の中立な医師のところに持っていって、そのうえで一字一句調べられ、その医師が過失・厳重責任・不法行為がなかったかの意見を述べるからだ。カルテをあなたを刺す剣ではなくあなたを守る楯にするには、どうすればよいのだろうか?
 それには①明確で②正確で③タイムリーなカルテを、忙しい臨床のなかでも「これくらいはできるでしょ」というリーズナブルな最善の労力を払って書くことだ。ひとりひとりのカルテを長編小説にする必要はない。要点をおさえたカルテを書くことだ。診たことを書く(診なかったことは書かない)、したことを書く(しなかったことは書かない)。とくに患者、家族、コンサルタントとのやりとりは、要点を押さえて書くことが求められる。
 こうして書いたカルテは、まずなにより保存する(紛失しない)。そして言うまでもなく重要なことだが、いかなる状況でも改ざんしない。これが見つかったときあなたのキャリアには…(恐ろしいことが起こる)。万一編集するときには、編集したことを明示し、その理由と編集日時もはっきりと書くべきだ。
 万一患者が訴えを起こしたら、いちはやく自分の医療過誤保険者に知らせることだ。患者側は、訴えを起こした時点ですでにあなたのカルテを読み込んで訴訟に勝てるという根拠を握っているのだから、のほほんと構えている余裕はない。弁護団を早急に用意してくれるようにお願いすべきだ。不安にかられて誰彼かまわず打ち明けたくなるのは本能だが、自分の弁護人以外にはするな。著者は"loose lips sink ships"と言っている。
 一方弁護人に対しては真実を率直に包み隠さず述べよ。たとえ真実が「醜く、いいかげんで、悪い」ものであっても、弁護人はあなたを弁護することを一番に考えてくれる存在なのだから。そして、客観的に振り返って自分の治療が「標準の治療」から外れていなかったこと、過失と患者の害に因果関係がないことを医学的に立証しようと最善の努力をしろ。弁護団にあなたの医学的な見解を述べることで、あなたは弁護団に貢献できる。というか、この裁判で失うものが最も大きいのはあなたなのだから、自分にできることは全てしなくては。そして、ながい法廷闘争のあいだ、弁護団に質問に答えてもらったり弁護戦略を相談したり、密接な関係を維持しろ。
 医療過誤は起こる。いつどのようにおこりやすいかを知り、患者(と家族)とのコミュニケーションを良好に保ち、緊急で重大な診断も率直に話し合い、心配になったら医療訴訟保険者にすぐさま連絡を取り、弁護団を召集してコミュニケーションを密接にとることがマスト(must)だ。そうすればyou will survive!と著者は言っている。私は在米中に訴訟に巻き込まれたことはないが、長く臨床していれば避けられなかっただろう。経験ある著者のアドバイスとして肝に銘じよう。

医療過誤 1

 医療過誤を避けてつねによい診療を選択できるに越したことはないが、医師は経験数と実力に関わらず、よい診療をして診療録をつけていても、それでも訴えられる。この本によれば医療過誤は人身傷害(personal injury)、不法行為法(tort law)の範疇にはいり、①過失(negligence、損害を与えるかもしれないと予想できるにもかかわらず不注意によりそれを回避しないこと)、②厳格責任(strict liability、たとえ過失や悪意がなくてもその行為の結果発生した損害に責任を問うこと)、③故意による不法行為(intentional torts)に分類されるという。
 医療過誤は患者が医療者が過失を犯したと主張した場合に起こる。過失を証明するには、①裁判所はその医療者が、彼または彼女と同等のトレーニングと経験をもった人が類似した状況でするであろう標準的な治療から逸脱していることと、②その結果患者に害が及んだことを示す必要がある。それでたいてい医療訴訟では鑑定人(expert witness)として呼ばれ証言させられる。なにが「標準的な治療」なのかは医療職ギルドによって規定されるが、このように身内の意見が大きな役割を果たすのは医療訴訟の特徴ともいえる。
 医療過誤がおこったらどうするかを説明する前に、医療訴訟は起こらないに越したことはないわけで、著者はそれについて強調している。言うまでもないことだが、鍵はよい患者(と家族)とのコミュニケーションだ。誰だって間違えは起こすが、医師・患者関係が良好に保たれていれば、それが訴訟に至るのはごく一部だ。それは、おおくの場合に患者は医師を尊敬し信頼しているからだ。そのためにも、満足のいく医師・患者関係を平素から維持することは、よい診療をおこない正確なカルテを書くことと同じくらい重要だ。
 しかし、初診で命に関わる疾患を診断した場合など、コミュニケーションをとる時間が十分にとれないこともあり、このような場合は訴訟に至りやすい。たとえ時間がなくても、いいづらくても、患者(と家族)に事の重大さを説明し理解を共有することは医師の責任である。これを著者は"hanging crepe paper(ちりめん紙を掛ける)"と比喩している。これは米国で昔、病人の死期が迫ると家の前に黒いちりめん紙のリボンを掛けた慣習に由来するそうだ。

11/27/2014

The 25 Rules of Considerate Conduct

 次に紹介されていたのが、Johns Hopkinsが立ち上げたCivility Projectの産物、The 25 Rules of Considerate Conductだ。Healing skillsを磨きたいなら、これらを意識して診療(のみならず生活)するとよいだろう。

  1. 注意を払う:Hippocratesの「全てを観察せよ」という教え、Osler卿の「五感すべてを使って診療せよ」という教えの流れを汲むものと理解せよ。
  2. 相手を大事にし尊重せよ:たとえば、患者の付き添いがいたとき、無視せず彼らにも自己紹介し患者との関係を知るよう努めよ。
  3. 最善を考えよ:「あ~また鎮痛麻薬がほしくて来たのか」などと最初から決めてかからず(実際そうでも)最初は希望と楽観を持って患者と接しろ。
  4. 聴け:よく聴けば診断もつくというものだが、それ以外、医療チーム間のコミュニケーションにおいても「聴いているよ」と示し傾聴の技術を向上させることが重要だ。
  5. 受け入れよ:文化価値観の差異を意識し尊重することで診療の質が向上する。
  6. 優しく丁寧に話せ:たとえば「どうされましたか?」で始め「他になにかしてあげられることはありませんか?」で終わるのは丁寧な問診だ。
  7. 悪口を言うな:患者の悪口、医療者の悪口は無論、人のケアの悪口も言うな(悪口と建設的な批判を受け入れあうこととは別だ)。
  8. ほめよ:患者さんが何か少しでも健康のためになったことをしたならそれを認めてほめろ。心理学者Carl Rodgersがいう「unconditional positive regard(無条件によいとみなされること)」は患者の診療体験をよいものにする。
  9. どんな些細な「いやです」も尊重せよ:医療者のレコメンデーションに患者が同意しない時には、患者の意思を尊重しなければならない。ただし、同意しなかった場合に起こりうることを十分に理解してもらうこと。
  10. 人の意見を尊重せよ:プライマリケア医とコンサルタント、それぞれの立場と専門性を尊重してこそ良いケアが提供できる。
  11. 身体に気をつけよ:自分が健康でなければ人を健康にすることはできない。
  12. 同意せよ:おたがい同意できないときにも、同意できないということを同意することはできるわけで、その際に悪態をついたり礼を欠いたりしないようにせよ。
  13. 静かにせよ(そして沈黙を再発見せよ):沈黙によって患者に返答の十分な時間を与えることで、こちらから沈黙をさえぎっていては得られなかった情報が得られることもあるだろう。話しにくいことを話してもらえるように時間を与えることもまた礼儀と知れ。
  14. 人の時間を尊重する:「待たされる」ことほど患者満足度を下げるものはない。たとえそれが医療現場の現実であっても、自分の遅刻は問題外だし、度を過ぎたoverbookingも避けるべきだ。それでも全ての手を尽くしても遅れたならば、誤ることだ。この筆者は自分の主治医に待たされ外来をrescheduleすることになって不満だったが、その晩に主治医から謝罪の電話を貰って彼を尊敬し満足したという。
  15. ひとの空間を尊重する:患者の病室は患者のスペースなのだから、入っていいか、座っていいか、診察を始めて良いか、一声掛けるのが礼儀と知れ。
  16. 心の底から謝罪せよ:間違えが起きたとき、医師は説明や情報提示のみならず患者(家族)の謝罪の要求にもできる限り応えるべきである。
  17. 自己主張せよ:患者のために主張すべきときは主張せよ、たとえそれが困難であっても。保険会社が拒否した治療でも必要と思ったらアピールすべきだし、コンサルトしたら患者情報がコンサルト先に正しく十分に伝わったかを確かめるような、going the extra mile(もう一歩を踏み出す)医師たれ。
  18. 不要な個人的質問を慎め:患者の個人情報を得る特権を乱用することが許されないのは言うまでもない。
  19. 患者をゲストとして扱え:とくに高齢者や障害者でアシストを必要とする患者に対しては、優しさと配慮をもってそうせよ。
  20. 配慮あるゲストとなれ:往診するときには、医師の都合だけでなく往診先の都合を考えて時間を設定し、往診先に着いたら椅子に座るの一つとっても患者環境に踏み込んでいるという敬意を払ってしろ。
  21. よほどのことがない限り患者に個人的なお願いをするな:医師・患者関係においては医師が圧倒的な力を持っている。職権乱用にあたるお願いをするな。
  22. ぐだぐだ文句を言うな:医療現場は不満のもとがいっぱいかもしれないが、それらに文句をいう隙間はないし、ネガティブな態度は診療の質を下げる。
  23. 建設的な批判を受け入れ合え:患者、同僚医師、多職種、指導医、皆が多くの教訓を教えてくれる。批判しあえる環境で人は伸びる。ただ受け入れるときには客観的に受け入れよ。英語でよく"don't take it personally"と言うが、反省すべきを反省して次に活かせばよいのであって、ふてくされたり凹んだり諦めたりするべきではない。
  24. 環境と動物を尊重せよ:人だけでなく。Schweitzerのいう「生命の尊厳」だ。動物実験は適切におこなわれているか、産業廃棄物は適切に処理されているか。
  25. 責任転嫁するな、そして人を責めるな:患者が怒っているときの対処法に「トリプルA」というのがある。
  • Acknowledge:患者が怒っていることを「私はあなたが怒っていることを認識していますよ、わかっていますよ」というメッセージを伝える。
  • Accept:責任が自分にあるのなら、それを認めて受け入れる。
  • Amend:状況をできるだけ修繕する。

 それでも解決しなければ訴訟沙汰に至ることも有るだろう。この本の第八章第一節はそれについて書いてある。見出しも「医療過誤の定義」「よくある医療過誤」「あなたの弁護士があなたに知ってほしいこと」など、ベテラン医師の経験をもとにした刺激的なものだ。早く先が読みたい。

Etiquette Based Medicine

 この本の第七章はcivility(礼儀正しさ)についてかかれている。日本でも医学部はしらないが初期研修では接遇講習を取り入れるところが増えていると思う。これがなぜ大事かと言うと、医師からすれば正しい診断と正しい治療を行い患者の言うことを理解しcompassionやempathyを示していれば十分に思えそうなものだが、患者からすれば「あの先生は握手しなかった」「あの先生は名前を名乗らなかった」ということは些細なことではないからだ。
 だからBeth Israel Deaconess Medical Centerの精神科医にしてHarvardの助教授であるDr. Michael W. Kahnによれば、医学教育において接遇講習は必修化されるべきだという。人間性の涵養などといって難解な本を読ませるよりずっと簡単で、教えることができるし、効果も期待できる。形から入ることで内容もついてくるものだからだ。彼はそれを、CVラインの感染症予防に手袋着用や清潔野の確保といったチェックリストをつくるアプローチになぞらえている。
 それで彼は接遇六箇条を仮につくり、New England Journal of Medicineに紹介し(2008 358 1988)、のちにこれはNew York Timesにも紹介された。六箇条とは:

  1. 診察室に入る許可を求め、答えを待ってから入る
  2. 自己紹介する、その際IDバッジをみせる
  3. 握手する(必要なら手袋をする)
  4. 座る、必要なら笑顔を見せる
  5. 患者ケアチームにおける自分の役割を簡単に説明する
  6. 病院にいることについてどう感じているかを尋ね、反応を聴く
医師からしたら「この程度のこと」かもしれないが、あなどってはならない。これで患者満足度があがるのである。人として、healerとしての土台だろう。これが必修化されて「この程度のことだが残念ながら意外とやられていないこと」が「やって当然のこと」になれば、不要な医師・患者関係の摩擦が減るだろう。

11/19/2014

The Kalamazoo Consensus Statement

 Michigan州Kalamazoo。Kalamazooといえばジャズ・ビッグバンドの名指揮者にしてトロンボニストであるGlenn Millerの名曲"I've got a gal in Kalamazoo"を思い出す人も多いだろう。しかしこの本の第6章を締めくくるのはそれではない。1999年5月、ここに医学教育やプロフェッショナリズムに関わる団体から代表者たちが集まって「よき医師・患者関係に必須の要素を目に見える形で提示しよう」と議論した結果についてだ。まあ当たり前のことが書いてあるといえばそうなんだが、可視化することに意味があると思う。

  1. 関係を築く:患者中心の、関係性中心の診療アプローチをしよう。患者の価値観は自分と違うかもしれないことを念頭に置こう。
  2. 話し合いを始める:患者が患者自身のことばでどんなことで困っているのかを伝えたいか聞こう。その際に患者とのつながりを持つよう努めよう。
  3. 情報を集める:オープンな質問、クローズドな質問をつかい、言語での表現、非言語での表現に注目して患者さんに起きていることの理解を明確にしよう。
  4. 患者の見方を理解する:患者がどんな信念をもっていて、どんな心配があって、何を得ようとしてあなたに会いに来たのかを聞くことで患者の背景を良く知ろう。
  5. 情報を共有する:医学用語を避け、患者の教育度に配慮して、患者があなたの言っていることを理解していることを確かめよう。一緒におさらいしてさらに質問が無いか聞こう。
  6. 同意に達する:このあとどうするのかについて患者と同意に達しよう。それを助けてくれるものがあれば活用しよう。
  7. その場を締める:最後に質問がないことを確かめよう。もう一度あなたの理解を患者さんとおさらいし、次にいつ会うかを話し合おう。

Practice Makes for Better Practice

 この節では①若い医師は「知らない」と言えることが何より大事、②超緊急、準緊急、非緊急のトリアージができるようになろう、③ロールモデルに付いて学ぼう、ということが書かれていた。そして③のなかでふたつのエピソードが紹介されていた。
 一つ目は、本の著者が付いた家庭医学の創成期に活躍したDr. J Roy Guytherで、彼が忙しい午後の外来ですでに時間がビハインドであるにもかかわらずある老年女性患者の多彩な主訴一つ一つに耳を傾け、最後医師がドアを出る直前に「あの、先生…」という"oh by the way" questionとか"hand on the door knob" concernとか言われる例のアレを受け、嫌な顔せずにその問題について話し合ったことだ。この光景を目の当たりにした著者はそれが頭に焼きついたという。
 いまでは多彩な主訴をもつ患者の外来診療では「そのなかで今日はどれを話し合いましょう?」と絞るskillが教えられるし、実際身体診察するヒマもない日本の外来では多彩な訴えにかまう余裕はないかもしれない(各専門科に振ってしまえばいいか、というのは悪い冗談だが)。まあ最近はアメリカでも一人当たりの外来診察に割り当てられる時間は減っているから、アメリカのほうがむしろ医業収入を出せずクビになるかも知れない。
 でも診療最後の「あの、先生…」という"oh by the way" questionとか"hand on the door knob" concernとか言われる患者の訴えを軽視したり見落としてはならないというのはよく知られた事実であり、それが診療のカギになることもあるし、患者満足度もあがる。
 二つ目は、やはり家庭医学の草分け的存在のDr. Edward Kowalewskiの例で、ある日の診察である患者が「自分はいま人を殺してきたところだ」と曝露した。そこで医師は机の裏についたボタンを押した。これが銀行なら、通報されて警備・警察がやってくるところだが、このボタンはなんと"do not disturb"を意味するボタンで、廊下側からはその部屋のランプが赤く点灯するようになっている。そこで彼は患者と90分あまり話した後、一緒に警察署に行って患者は自首した。
 現場がパニックになるところを、平静の心と誠実な心で患者に接することで収めるスキルと自信をこの先生は持っていたということだ。医者の仕事ではない?そうかもしれない。しかし患者は助けを求めて医師の元に来た。助けを求める者を癒す力、まさに医のアートをまざまざと見せ付けられた思いだ。

The Art of Presentation

 仰々しい題目だが読んでみると基本的なことが書いてあった。プレゼンの目的を知れ。プレゼンの対象を知れ。「主訴→HPI→既往歴…」の順を守り聞き漏らすな。主訴は患者の言葉で。HPIの冒頭は新聞の見出し(lead)のようにその一行でだいたいの背景や状況が分かるようにしろ(そうすれば聞き手がそのあと、それに合わせて有ること無いことに注目しながら聞けるので)。見出しで始めるのは、私も気に入っている。
 HPIは時系列に沿って、元気だったときから病院に来るまで漏れなく描写しろ。アレルギーは何をいつ摂って何が起こったのか書け、絶対に(これをおろそかにすると、いつか医原性の恐ろしいことが起こりうる)。身体診察は「容貌→バイタル→頭から足」の順を守れ。アセスメントではプロブレムリストを立てろ。分かる範囲で書け(診断が着いているなら診断名を、着いていないなら症候など臨床上の問題点を)。この本の著者はアセスメントをプロブレムリストと同一視してているようだが、私はここに臨床推論を含めるべきだと思う。
 プランには治療と診断(検査)計画のほか患者教育、フォローアップなども含めろ。医学生なら抽象的なプラン(抗生剤)でいいが医師になったら「何の薬をどのようにいつまで何を指標に続けて、以下の副作用に注意し出現時はこう対応する」等できるだけ具体的に書ける様になるのが望ましい。食事、運動、ストレス、検診計画までたてられたら理想的だ。S→O→A→Pの順を守れ。プレゼンのフィードバックしてくれたりカルテチェックをしてくれる先輩医師に感謝しろ(私もそう思う)。