4/04/2019

サイエンスでアートに触れる喜び

 通勤路に桜並木があると、気軽に花見ができて便利だ。ある朝、「今年も咲いて偉いねえ」と思いながら桜並木の下を歩いていると、桜が花びらでなく花(blossom)単位で落ちていた(写真)。




 なんだか可愛そうになって、手にとってみた。すると、花びらの間から同じ数のガクが出ている。そうとは知らず驚いた私の頭の中に、下図のような二つの5角形(赤、茶)が思い浮かんだ。



これらの頂点、あわせて10個をつなげば、下図のような10角形(緑)ができる。ここまでくると、だいぶん円に近い。



 こうして倍々にしていけば、辺の総和が限りなく円周に近づく・・・とぼんやり思ったころ、職場に着いた。それからは、桜や多角形のことは忘れて仕事していたが、お昼休みに「2のn乗」角形の辺の総和をnで表現して、nを無限大にすればいいじゃない?と思いつき、(お薬屋さんの説明でもらえるメモパッドで)作図を始めた。

 そのためまず、「2のn乗」角形の一辺a(n)から、「2の(n+1)乗」角形の一辺a(n+1)を求める。nが2の場合を例にすると、オレンジ線から緑線を求めることになる(nがあがっても、同じ要領でできる)。

 


 そのために下図のように補助線をひくと、ピタゴラスの定理などから赤・黄色線が以下のように決められる(赤とピンクの和は、円の半径だから1)。



 
 ここで、赤・黄色・緑線でできる三角形についてもういちどピタゴラスの定理を当てはめると、下図下段のような漸化式ができる。




 エヌが2の時、a(2)は√2(一辺1の正方形の対角線)。「2のn乗」角形の辺は「2のn乗」個あるから、その一辺の長さa(n)に「2のn乗」をかければ辺の総和になる。いっぽう、エヌを無限大に飛ばして近似する円は半径1だから、2π。整理すると、下図下段のようなπにいたる極限の式ができる。




 泣きそうなほど美しいが、これはちょっと、手計算できない。電卓でも(関数電卓でも)、煩雑だ。それで、エクセルのマクロ機能をつかってnを上げていった。すると、256角形までで小数点以下4桁までπがでた(下表の赤字)。




 さらに、16384角形まで行くと、小数点以下7桁までπがでた。



 
 筆者には、「自然に数学が隠れている!」というような「サイエンス」っ気は一切ない。あくまでも、「アート」としての花鳥風月を愛で、堪能している。こういう「花見」もあるということだ。

 そしてここまでたどり着いた時、筆者はじつは「ああ、生きててよかったなあ」と思った。医学の父ヒポクラテスは、「人生は短く、アートの道は長い」と言った。この感情が、「アート」に触れる喜びなのかもしれない。


[2019年4月13日追加]上記のようなことだけでなく、桜について知ってほしいことが、ほかにも沢山あることがわかった。阿部菜穂子著『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』(2016年刊、岩波書店)を、ぜひ読んでほしい。英Economist誌が"You may never look at cherry blossom in the same way again"と英訳本を紹介しているのもうなずける。


[2019年6月6日追加]上記の「2のn乗」角形と「2のn+1乗」角形の面積比を求めて、nを無限大に飛ばすことで得られるのが、Viète(ヴィエト)の公式である。これは1593年に発表された、nを無限に飛ばして円周率に近づく人類初の公式だった。原始的だが、2とルートだけでπにいたる美しい式だ。


ただし、
a(n) = √(2+a(n-1))
a(1) = √2 


 ただし、この方法論ではいくら工夫しても小数点以下の数10桁までしか収束しない。飛躍的に正確さが増すのはアーク・タンジェントを用いたマチンの公式(1706年)の登場後になる。また、100年たってオイラーが三角関数の公式にまで一般化した(下記のエックスが「π/2」の場合がヴィエトの公式になる)。




 筆者は「数学好き」というわけでは必ずしもないが、こういうかたちで数学と接するのは、やはり好きである。




3/28/2019

y = sin(pi*x/29.5)^2

 仕事を終えて外に出ると、月がでている。三日月だったり、半月だったりする。それを見て何を考えるかは人それぞれだが、何十年も生きてきて初めて、

「いま光っている部分は、満月に対してどれくらいの割合なんだろう?」

 と思った。たしか、三日月の時だった。3という数字から、上記の割合に結びつける方法が、あるような気がしたのだ。そこで調べると、こういうことだった。まず、月を新月から少しずつ満たしてみよう。






こうしてみると、月が下図のように、あたかも右前を向いているように見えないだろうか?


 この向いている先に、太陽がある。月の北極上空からみると、下図のようになり、X軸からの傾きをθとしよう。



この状態をふたたび地球から見て、さらに満月の半径を1とするグラフ平面に置き換えるとこうなる。


 光っている部分の面積は、「(円の面積 - 楕円の面積)÷2」で求められる(下図の上段)。円の面積が「1×1×π」なので、冒頭に自問した「満月に対する割合」はこれをπで割ればよい(下図の中段)。そしてこれは三角関数の半角の公式で、下図の下段に書き換えられる。


 では、θをどのように月齢nと置き換えるか?月の公転周期は約29.5日であるから、θはこれとラジアン角の360度(2π)をもちいて下図上段のように置き換えられる。ちょうどよく半角にすると2πの2が消え(下図中段)、代入すれば・・・

 月の光っている部分の満月に対する割合は下図下段のように定められる。



 Googleに「y = sin(pi*x/29.5)^2」と入れると、グラフまで表示してくれる(こちらからも見られます)。しかし検索結果のなかに月と関連したページはないようだ。

 このサイン(の二乗)カーブは、太古の昔からずっーと変わらずに描かれてきた。それが、ただ美しい。仕事の悩みなんて、ちっぽけに感じられる。
 

 

3/16/2019

「モノ」から「もの」という、新しい神話

 MISIAの"Everything(2001年)"といえば、日本語がわからない人でも聴けば思わず涙が出てしまうであろうほど、MISIAの歌唱力と楽曲が心を打つ名作だ(写真はミュージックビデオにでてくる横浜の赤レンガ倉庫)。しかしそれだけではなく、ドラマ『やまとなでしこ』の主題歌なだけあって、その歌詞には文字通りドラマの「主題」が体現されている。





 このドラマは今では婚活や恋愛、ファッション、ロケ地、出演者の演技やその後、などで語られることが多いが、一番のテーマは「人生で一番大切なものは何か?」だ。

 その主題歌"Everything"はドラマの中で、主人公・桜子の欧介に対する「あなたが私のすべて」という思いを、歌にして間接的に視聴者に伝えている。そしてそれが、彼女がとてもそう思っているようには見えない時期(それが変化する過程がこのドラマの魅力でもあるのだが)にも流れる。「本当に大切なものは、目には見えない(『星の王子様』より)」からだ。

 お金に服に、ほしいものは沢山あった桜子。もちろんそういったものも大切だ。しかし、消費社会で手に入れる商品は、いつでも代わりの効く「モノ」である。だから私達はそこに価値を加えたり(いつどこでどんな状況でどんな理由で買ったという「意味づけ」、雪塩を使用といった「こだわり」、これが好きという「気持ち」、など)、「コト」消費を提案したりする。

 でも、もしかすると本当に大事な、かけがえのない「もの」というのは、消費して得られるものではないのかもしれない。本当に大切なものは、代わりがきかない。

 だから、本当にかけがえのない大切なものは、たった一つでも「すべて」なのだ。この歌(とドラマ)はそれを教えてくれる。そしてそれが時代と場所を越えた真理だからこそ、「新しい神話」としていまでも愛されているのかなと思う。

 こんな話をするのは、「やまとなでしこ」が医師役の多いドラマだったからではもちろんない。説明は要らない気もするが、医療者がかけがいのない「もの」である「いのち」にかかわる仕事だからだ。

 たとえば、医のアートについての教科書"Advice to the Healer:On the Art of Medicine(『医のアート』として翻訳本が刊行予定)"は、その第1章で、トルストイが晩年に書いた短編『三つの質問』に挙げられた、以下の質問と答えがケアの本質だと説く。


1. 最も大切な「とき」は、いま。
2. 最も大切な「ひと」は、そばにいるひと。
3. 最も大切な「こと」は、そのひとのためにしなさい。


 医療もまた消費活動であり経済活動なことは否定しない。それでも、「患者」と「家族」だけは「モノ」にはならない。できれば、「医療者」もそうであってほしい(図は『三つの質問』のMichael Sevierによる表紙絵)。




 

2/27/2019

忘れられない一言 55

 初期研修を終えたあと、総合内科で「シニア」的なお仕事をしていた時に、科内で薬剤師さんからTDM(therapeutic drug monitoring、抗菌薬などの血中濃度をモニターし投与量を決めること)を講義してもらう機会があった。

 当時の筆者は今以上に生意気だったので、聴きながら(大学で薬理学の単位を落としかけたことも忘れて)「そんなことは知っている」と思いあがり、講義のあとで自分の知識をひけらかすような質問を沢山した。そうして場がなんとなく変な雰囲気になったあとで、ボスがこんな質問をした。

「薬剤師さんが、どんなときにやりがいを感じておられるかに、関心があります」

いま思い返しても、本質をつく言葉だなと思う。患者さんも「ひと」なら、医療職もまた「ひと」。ひとりひとりが、苦楽を共にする仲間。中島みゆきの『糸(1992年)』は「あなた」と「私」の二本だが、医療というのはもっとたくさんの糸が織り成す、もっと大きな布だから、きっともっと多くの誰かを暖め傷をかばうのだろう。




2/18/2019

外来予約の数学的な考察

 外来診療では患者さんを4週、6週、8週、12週など偶数週おきに診察することが多い。しかしこれらの数字は互いに素ではないので、たとえば12週に一度は4週おきに診るAさんと8週おきに診るBさんと12週おきに診るCさんの診察日がそろって、その日は飛びぬけて外来患者さんの数が多くなる。

 おなじことは自然界でも問題になりうる。7年ゼミ・13年ゼミのようにセミの周期に素数が多いのは幼虫が起きてくる年を互いにずらしているから(あるいはそのような周期のセミだけが自然選択で残った)という説があり、素数の本『素数姫の素数入門』(「素数に恋する女」製作委員会)にも紹介されている。

 ということで思いついたのが、素数週のフォローアップだ。5週、7週、11週のように完全に素数でなくても、「互いに素」な4週おきのDさんと9週おきのEさんは36週おきにしかかぶらない。こうした工夫によって、外来患者さんの週ごとの人数は平坦になるのではないか?

 そもそもフォローはどうしても偶数や4の倍数週おきでないといけないわけではない。むしろ「1カ月おき」「2カ月おき」と思って4週おき、8週おきにしても一ヶ月は28-31日なので、合わなくなってくる。それで1週ずらして奇数週にするというようなことは臨床現場でよくある。

 患者さんに「仕事の都合でどうしても6週おきがいい」などの希望がある場合は別だが、そうでなければ奇数週に抵抗はないと思われる。なお筆者はいまヘアカットを5週おきにしているが、とくに困ったことはない。

 むしろ課題は、ほんとうに素数・奇数週フォローのモデルが外来患者数の偏りを解決するかということだ。こちらは既にされた研究がないかを調べるなどしてもうすこし検証してみたい。三連休がふえて月曜外来の患者数が休みの前後週で倍近くになるなど、外来患者数の偏りはリアルに困った問題になりうる。役立つ解決モデルがあってほしい。



 

 
 

 

2/08/2019

忘れられない一言 54

 以前、患者としてかかった担当医師に「先生も大変ですよね」といったら、「私はいま泣きそうに感動しています、本当に」と言われたことがある。

 同じように、担当した患者さんのご家族から「ありがとうございました、先生もお身体にきをつけて」といわれて、うるっとした。

 たくさんある業務をかぎりなく効率的にして、最善を尽くしてさまざまな臨床判断をして、集中して手技して・・・と日々お仕事をしてやりがいも感じているが、あまりにも殺伐とすると心が乾いてくる。

 こういうお言葉はほんとうに、砂漠でみつけたオアシスのように貴重で、何物にも代えがたい。






 

2/07/2019

数秒間待つこと

 外来で患者さんを呼び込んでから(最近は番号だ)ドアが開くまでの数秒間、患者さんを待つことがある。そのあいだに電子カルテの検査値だの記載だのに気をとられると、ドアが開いても目が合わない。

 それでもすぐに「ああ〇〇さん、こんにちは」と笑顔で目を合わせて挨拶すればさほど失礼には当たらない。

 しかし、たとえばリハビリ中の患者さんがそれまでずっと杖を使っていて、たまたま待合スペースから診察室までの数メートルを杖なしで歩こうと決心してドアを開けているような場合もある。





 そしてそういう場合は、達成感とよころびでドアを開けた患者さんの笑顔を受け止めてあげたほうが親切で礼儀正しいと思う。患者さんはさんざん医師を待っているわけだから、医師のほうも数秒くらい患者さんを待たなきゃと、反省した。

 


 

2/01/2019

忘れられない一言 53

 5年間の米国生活、救急外来で診療する機会は数え切れないほどあったが、患者ないし患者家族として受診する機会はなかった。しかしもし患者として受診していたら、この一言にびっくりしていたかもしれない。

 「遺書はありますか?」

 「遺書」といわれるとビックリするが、これはadvanced directiveのことだ。




 日本語通訳の方がこういったようで患者さんもびっくりしていたが、たしかに「事前指示」という訳語もあまり一般的ではなく、そもそも急変時や自分で意思決定ができなくなったときにどうするか(コード・ステータス)をあらかじめ決めている人はそう多くない。

 そんなわけだから、時間のない救急外来でコード・ステータスを確認しようとしてもけっこう困るのではないか。筆者はこういう問題を深くかんがえるタイプだからいろいろ苦労したが、最近は現実的にやれるようになって、わりと助かっている。

 その要点をいくつか書いてみると、コード・ステータスは

1)何かがなければならないが、

2)こうでなければならないというものはなく、

3)いつでも変えられる

 と言うことだ。

 まず1)については、「決められないならフルコード」になる。そういっておくと、とりあえずの結論がでる。

 2)についていえば、「DNARを取るべきだ」と医療者が考える場合はその理由を十分に説明するべきだが、「DNARでなければならない」ということはない。Agree to disagree、意見の相違があることを認めて、フルコードでどうなるかを知ってもらえば、それでよい。

 この時、AND(allow natural death)という言葉を使ってもいいかもしれない(こちらも参照)。

 そして3)についてだが、最初は1)の意味でのフルコード(あらかじめ「心肺蘇生しないでほしい」という明確な意思がなく、救命目的で救急外来にやって入院診療する以上は「がんばりたい」というような)で、その後DNARにかわってもよい。

 病勢が悪化する、急変がより差し迫る、心肺蘇生の意味が医学的になくなってくる・・・など入院してから状況は変わるし、ご本人とご家族がいろいろ考えたり話し合ったりして方針が変わることもある。


1/18/2019

入院サマリーの書き方 後編

3. 身体所見

 バイタル>みため(general appearance)>頭頚部>肺>心臓>腹部>四肢(皮膚・筋骨格)>神経、と、系統的に書く。電子カルテ時代であるから、それぞれの一般的な所見をいれたテンプレートを作っておいてもよいだろう(紙カルテ時代は、ハンコだった)。あるいは、基本的な所見なら数分でかけるようにしておいてもよい。例えば:

T36C 150/80mmHg 90/min R16/min SpO2 98%RA
苦悶表情なし
頭頚部 眼瞼結膜貧血なし、眼球結膜黄染なし、口腔粘膜湿潤、扁桃腫大なし、頚部リンパ節腫脹なし、頚静脈怒張なし
肺 呼吸音左右差なし、crackle・喘鳴聴取せず
心 S1正常S2正常S3/S4聴取せず、心音整、心雑音聴取せず
腹部 軟、圧痛なし、腸音正常、肝脾腫なし
四肢 浮腫なし、チアノーゼなし、足背動脈触知、皮疹なし、関節腫脹なし、筋肉把握痛なし
神経 脳神経II-XII異常なし、両上下肢筋力・知覚正常、腱反射正常

 と書くのに、じっさいは2-3分しかかからない(予測入力機能があれば、もっとはやい)。

 これらの所見のとり方は別に習って欲しいが、残念ながらOSCEを過ぎると学生・研修医時代に診察の仕方を教わる機会は意外と少ない。「診察するのを見ててください」と先輩医師にお願いしてみるのも一つの方法だ。また、検査などで結果が出ている患者さんで診察のいわば「答え合わせ」をするのも非常によいフィードバックになる。


4. 検査所見

 
 本来の「H and P」は病歴と身体所見までで、それらに基づいて検査と治療の計画を立てる。しかしわが国の入院時サマリーは入院時に行なわれた諸検査をふくめるのが一般的だ。どの科でもだいたい診るものとしては、以下が挙げられる。

血算
(白血球、分画、Hgb、MCV、血小板など)
腎機能・電解質
(BUN、Cr、尿酸、Na、Cl、K、Caなど)
※わたしは腎臓内科なので、ここにHCO3、IP、Mgも足したい。
肝酵素
(AST、ALT、Bil、総蛋白、Alb、gGTP、ALPなど)
代謝
(血糖、HgbA1c、TG、総コレステロール、LDL、HDLなど)
炎症
(CRPなど)
尿
(比重、蛋白、潜血など)
画像
(胸部X線、心電図、CT・MRIなど)

 これらに加えて血液ガス、血液型、凝固、感染症(梅毒・B型肝炎・C型肝炎・HIVなど)などもぱっとわかる検査であり、とくに救急外来ではだされることも多い。
 

5. プロブレムリスト


 入院したからには、入院理由があって、それを解決して入院が不要になる(通院や転院もふくめて)ようにするのが私達の目標だ。あたりまえのようだが、あたりまえではない。それだけですか?と考える人もいる(こちらも参照)。

 とはいえ、そういう人たちもプロブレムを挙げることを否定しているわけではない。そのうえで、「医療には、さらに数値化・言語化できないひととしての関わりもあるんじゃないですか?」とおっしゃっているだけである。

 さて、プロブレムの一番は、入院理由だ。すでに診断がついているのなら「肺炎」でも「膜性腎症」でも「橋本病」でもかまわない。ついていないのなら代わりに「発熱」「蛋白尿」「甲状腺機能低下」などと書くしかない。

 それから、色々見つかった異常をリストにする。「しびれ」などの症状、「糖尿病」などの既往歴(現在治療しているアクティブなものでよい)、「浮腫」などの身体所見、「貧血」などの検査異常にくわえ、「介護する家族の不在」など社会的なものまで含まれる。そして、最後に「急変時(フルコード、DNAR)」を書いておく。

 なお、全身管理を要するICU患者さんなどでは、システム(脳神経、循環、呼吸、腎電解質、代謝栄養、血液・・)ごとにプロブレムを書いていくこともある。


6. アセスメントとプラン


 アセスメントとはプロブレムごとに「なにがおきているのか」「どうしたらいいか」と問いかけて考えることだ。まずは主訴について「なにがおきているのか」を考える。診断にはおおきく演繹的なアプローチと帰納的なアプローチとあり、これらを組み合わせていくことになる。

 演繹的なアプローチとは、主訴をおこす病気一覧のなかから原因を探すことだ。たとえば発熱なら、肺炎か、尿路感染症か、胆のう炎か、髄膜炎か、皮膚・軟部組織の感染症か、悪性腫瘍か、膠原病か、血栓症か・・と当たっていく。

 世の中には星の数ほど病気があるが、いくつかにまとめることはできて、たとえばVINDICATEのような語呂合わせもある。

V 血管がつまる、切れる、破れる(vascular)
I 感染症(infectious)
N 悪性疾患(neoplastic)
D 変性(degenerative)
I 医原性(iatrogenic、薬など)
C 先天性(congenital)
A 自己免疫疾患(autoimmune)
T 外傷(traumatic)
E 内分泌・代謝(endocrine/metabolic)

 演繹的なアプローチは漏らしが少ないが、何も考えずにリストのうえからチェックしていくのは冗長になりがちだ。それに対して帰納的なアプローチとは、患者の情報を積み重ねて推論することだ。たとえば発熱・腹痛・黄疸がそろえば、肝・胆・膵などの感染や炎症を疑うだろう。

 ただし、帰納的アプローチといっても病気の種類をまったく知らなければぴたりと答えにいたるのは難しい。胆石性膵炎、急性肝炎、十二指腸がん、総胆管結石による胆管炎・・・などの病気リストから、どれが最も考えやすいかを演繹的に考える作業も必要だ。

 なおこの分野は「臨床推論(clinical reasoning)」として確立されており、推理小説(シャーロックホームズのモデルはスコットランドの医師ジョセフ・ベルである)、テレビ番組(ドクターG)にもなっている。そして、医師のやりがいの一つでもある。
 
 脱線したが、じっさいのサマリーにはどう書くか。もっとも疑う仮診断(working diagnosis、またはtentative diagnosis)を書き、さらに別候補の鑑別診断を書くのが一般的だ。そして、どういう点(疫学、症状、病歴、身体所見、検査所見・・)がその診断に合い、どういう点が合わないかについて考察する。

 たとえ「昨日入院した脳梗塞の患者さんを診ておいて」といわれたような場合でも、脳梗塞の根拠(神経症状、画像所見など)を挙げたほうがよい。また、脳梗塞の原因(心原性、ラクナ梗塞、めずらしい血管炎や血栓症など)や合併症(梗塞内の出血、誤嚥性肺炎など)も考えてみるといい。

 同様に主訴以外のプロブレムについても考察していく。プロブレムが1個という単純な患者さんは少ない今日この頃、すべてのプロブレムを診るのは大変だ。が、脳梗塞で入院した糖尿病患者さんの血糖を無視するわけにもいかない。ひとりの患者さんから多くを学べるチャンスだから、できるかぎり食らいつけるといい。

 「なにがおきているか」のつぎは、「どうするか」だ。これがなければ、考えるばかりで前に進まない。大きく分けて検査プランと治療プランにわかれる。検査プランはアセスメントで挙げた診断を除外・確定するためのもの。各論はプロブレムごと異なるが、大まかには侵襲が少ない順に以下のように分類できる。

・病歴の追加
 本人、家族、施設、かかりつけ医など
・身体所見の追加
 直腸診など
・血液・尿・便・その他体液の検査
 なにかの数値、培養、細胞診などをみる
・画像検査(X線、CT、MRIなど)
・生理機能検査(心電図、超音波、呼吸機能、ABI、脳波など)
・より侵襲的な検査(針生検、内視鏡、試験開腹、血管造影など)

 治療プランもまた、プロブレムごとに異なる。それでも、大別はできてだいたい以下のようになる(手術、内視鏡、PCI、透析、人工呼吸器管理、放射線治療などの専門的な治療は、各科で学んでほしい)。

・処方
(定時、必要時など)
・注射
(末梢、中心静脈、皮下、輸血など)
・処置
(酸素、圧迫止血、下肢挙上、創部洗浄、尿道カテーテル留置など)
・食事
(絶食、制限などもふくめ)
・リハビリ
(PT、OT、ST)

 なお、こうして大別した検査と治療のうち自分で実際にやるのはごく一部で、多くは「オーダー」をだして看護師さんや技師さんにやってもらう。臨床実習中には、どのようにオーダーが書かれ、伝えられ、受け取られ、実践されているかをよく見ておいてほしい。医療の不確かさやコミュニケーションの重要さが分かるだけでなく、チーム医療のやりがいや人と関わる面白さにも気づけるはずだ。


7. 終わりに

 
 ここまで、「病歴」「身体所見」「プロブレムリスト」「アセスメントとプラン」の書き方を説明した。これらは最も基本的でよく使う「仕事道具」であり、飯を食っていくという意味では「お箸」でもあるから、一度系統的に習っておいて損はないと思う。また、学生さんが来るたびに「現病歴というのは・・・」と繰り返し同じことを教える手間が省けてウィン・ウィンになることを意図してもいる。

 よい意図でつくったこの文章が、あなたと私、そして世界を少しでもよくしたなら幸いである。
 


1/16/2019

入院サマリーの書き方 前編

1. はじめに


 臨床実習、あるいは初期研修のはじめに「この患者さんを受け持って」といわれたときに期待されるのは、「入院サマリー(米国で言うH and P)をかいて」ということである。そして入院サマリーを書くとは、まず以下の情報を入手して、ということである。

・病歴
・身体所見(ファンシーには「入院時現症」ともいう)
・検査所見

 さらに、以下を考えてみて、ということである。

・プロブレムリスト
・それぞれについてのアセスメントとプラン

 と、ここまではだいたいどの学生さんも知っているが、ここから先を拡大するとぼやっとしている方が多い印象を受ける。そして、印象と記憶に残るほどはこれらについて教わらないようだ。

 おそらくこの手のマニュアル(米国で言うMaxwellのような)はわが国にも多々あると思われるが、意外と彼らのポケットには入っていない。そこで、参考までに書いておくことにした。


2. 病歴


 筆者は学生時代と研修医時代に「病歴7割、診察2割、検査1割」と習った。そして、米国のOSCEに相当するUSMLE STEP2 CSでも「病歴7分、診察4分、締めくくり1分」くらいで各症例が進行する(そしてカルテを3分くらいで書く)。病歴は大切だ。

 病歴というと、多くの人は電子カルテにかじりつく。それは重要な情報源(外来の診察記事、前回入院時の退院要約、他院からの紹介状など)だが、そのようないわば「iPatient」より、まず患者・家族に会いに行くほうが結果的に早いことも多い。

 病歴は「主訴、現病歴、既往歴、内服薬・アレルギー、生活歴、家族歴、(ROS)」からなる。それぞれにコメントしよう。

主訴

 お作法は「患者の言葉」だが、「なんで入院したか分からない」「帰りたい」などと言われることもあるので、その場合は入院の理由が分かるものにしたほうが役に立つ。予定入院の場合などは、「計画分娩」「透析導入」など理由そのものでもよいだろう。

 また、「ID」ともいうが、主訴に「年齢・性別」を併記するやり方もある(「80歳男性 発熱」など)。

現病歴

 ここは、二次的な情報(他院のお手紙にかかれた内容など)を鵜呑みにせず、患者に聴くのが最も正確だ。ただし患者が話せない場合や覚えていない場合(例:失神)などは、家族・目撃者・施設などに聴きたい。

 現病歴が1行、などというカルテも時にはあるが、「現病歴を時系列に従って正確に描写できれば、診断はおのずとつく」とも言われ、5W1Hができるだけ抜けないように記載することが望ましい。

 よくある形式は「(主な既往)があり(医療機関)に通院する(年齢性別)。X日前までは普段どおりだったが、(いつから)(なにが)(どんなふうに)(どこかに行って何かをしたがよくならず)(どうなって)来院。(重要なROS←後述)」という具合だ。

 最初の一文は患者の紹介になるので含めることが多いが、すべての既往歴をのせる必要はない。紹介なので、「3ヶ月前に(外国)から移民してきた」などの重要な情報も載せよう。

 主訴について最初は何を聞いていいかわからないかもしれない。その場合はOPQRSTAAAなどの語呂あわせを参照してもいいだろう。これは主に痛みに使えるもので、以下のようになる。

O いつから(onset)
P どこが(place)
Q どんなふうに(quality)
R どこに響く(radiation)
S どんなときに(setting)
T どれくらい(timing)
A なにでよくなり(alleviating factors)
A なにでわるくなり(aggravating factors)
A ほかにどんな症状をともなうか(associated symptoms)

 呼吸苦や倦怠感など上記が当てはまりにくいものは、「なにができなくなったか」などを書くと分かりやすい。呼吸苦ならNYHAや修正MRC、倦怠感ならPerformance Statusのようなものも参考になるだろう。

NYHA

1度:心疾患はあるが身体活動に制限はない。
日常的な身体活動では著しい疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じない。
2度:軽度の身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常的な身体活動で疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じる
3度:高度な身体活動の制限がある。安静時には無症状。
日常的な身体活動以下の労作で疲労、動悸、呼吸困難あるいは狭心痛を生じる。
4度:心疾患のためいかなる身体活動も制限される。
心不全症状や狭心痛が安静時にも存在する。わずかな労作でこれらの症状は増悪する。

修正MRC

0度 息切れを感じない
1度 強い労作で息切れを感じる
2度 平地を急ぎ足で移動する,または緩やかな坂を歩いて登るときに息切れを感じる
3度 平地歩行でも同年齢の人より歩くのが遅い,または自分のペースで平地歩行していても息継ぎのため休む
4度 約100メートル歩行したあと息継ぎのため休む,または数分間,平地歩行したあと息継ぎのため休む
5度 息切れがひどくて外出ができない,または衣服の着脱でも息切れがする息切れを感じない

Performance Status

0: まったく問題なく活動できる。発症前と同じ日常生活が制限なく行える。
1: 肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行う ことができる。例:軽い家事、事務作業
2: 歩行可能で、自分の身のまわりのことはすべて可能だが、作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
3: 限られた自分の身のまわりのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
4: まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす。

 なお、「いつからですか」「なにをしていましたか」などと質問攻めするより、「どうされましたか?」のような質問を1個して傾聴するほうが効率がよい。患者さんが語る「物語」を頷き相槌をうちながら引き出すと、患者さんのほうから診断につながる大事な病歴を思い出して教えてくれることもある。

 さらに、こうして得た「誰がいつからどうなってやってきたか」の描写に「鑑別診断の知識」が加わると、診断の精度が上がる。各主訴ごとにおさえるべき点があるので、それらは症候学の教科書やマニュアルなどの成書を参照されたい。

既往歴

 既往歴は患者さんがリストを持っていない場合もあるから、カルテや紹介状にあらかじめまとめてあればそれが参考になる。内服薬にはそれを飲む理由の疾患があるはずである。なお、理由ないこともあり、そのような薬は孤児薬(オーファン・ドラッグ)ともいい、不要なら中止を考慮する。

 それぞれの疾患について「原因・重症度・治療歴・合併症」などが分かるとよい。たとえば心不全なら「虚血性心筋症・HFrEF(EF25%)・CABG後・心室瘤あり」、糖尿病なら「2型・HgbA1c 10%・インスリン導入後・網膜症を合併」、がんなら「扁平上皮肺がん、ステージ4、免疫チェックポイント阻害薬内服中」などだ。

内服薬・アレルギー

 患者さんがすべてを覚えていることはまれで、「おくすり手帳」が参考になる。新しい薬が加わった、別の薬が中止された、などの情報もとても重要で、お薬手帳をみてそれらがわかることもある。

 手帳がない場合は、かかりつけに問い合わせることもある。また過量服薬で家人が薬そのものを持ってきてくれたような場合は、錠剤に印字された数字とアルファベットなどから鑑別する方法もある。

 「なにを」「どれだけ」「いつ」飲んでいるかを記載するのは面倒かもしれないが、医師の仕事のほとんどは「なにを」「どれだけ」「いつ」飲んでもらうかを調節する「さじ加減」であり、ここを「利尿薬」のような一言で終らせては診療ができない。

 記載方法はさまざまだが、わが国は「2錠2x(2じょう2かけ)」という表記を良く用いる。「2錠分2(2じょうぶん2)」ともいうが、最初にある数字が1日量である。つまり
この場合、1日2錠を2回に分けるということだ。朝夕食後なら「2錠2x朝夕食後」となる。

 アレルギーについても、一言「お薬や食べ物でアレルギーはありますか」と聴く癖をつけたほうがよい。「アレルギー」といってわからなければ、「ぶつぶつがでる、唇がはれて息が苦しくなる」などと説明してもよい。実際はアレルギー機序でない「副作用(気分が悪くなる、など)」も、患者さんが申し出たものは記載しておいたほうがよい。

生活歴

 「酒、タバコ、ドラッグ、セックス」も診断に役立つ医学的な情報だが、「(現・元)職業、同居している家族、キーパーソン、ADL」も同じかそれ以上に大切だ。人となりがわかるし、退院後にどのような社会的資源・医療的資源が必要になるかを考える参考になる。

 なお、退職した患者さんのことは「無職」より「元〇〇(職業)」と書いたほうが感じはいいかもしれない(英語だとretireeという語があるが;同様に主婦は、housewifeよりもhomemakerとかくのが一般的だ)。

家族歴

 医学的には、遺伝疾患をうたがう病歴があるかどうかが大切だ。たとえば65歳の患者さんに「父は75歳で心不全で亡くなりました」といわれても、遺伝性心疾患を強くは疑わない。しかし、「おやじが心臓で死んだからおれもやっぱり・・」「うちは代々がん家系だから・・」といった患者の思いを知って受け止めておくと、関係作りには役に立つ。

ROS

 「システム・レビュー」といわれ、心血管系・呼吸器系・・のようにそれぞれの症状を聴いていくものだ。身体診察しながら聴いていくのが一番はやい。主訴に関連するものはROSというより「随伴症状」であり、それらは現病歴にふくめたほうがよい(胸痛患者の心血管・呼吸器症状など)。


(後編につづく)