11/11/2016

情提文例集 補遺1

 お仕事でのお手紙の書き方について以前に投稿させていただいた。この記事、検索でひっかかるのかこのブログにおいては上位に読まれている。やっぱりコミュニケーションは大事で、とくに日本は今でも文書のやり取りが多い(昔からそう)から、とりあえずのたたき台や参考になっているならありがたい。

 あれからいろんな先生が書くお手紙をみてきたが、そのなかで「紹介礼状」というのが心に残っている。患者さまの退院前、かかりつけの先生に「Aに対してX、Bに対してY…、いたしました。退院後は、Zなどされてはいかがかと思います」というお手紙を書いたお返事だ。抜粋するとこんな内容だった。

 いつも大変お世話になっております。X日付けにてA様の情報提供書をいただきました。このたびはご丁寧な診療、情報提供書、ご対応、誠にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 お手紙には、コストがとれるものととれないものがある。「今後の治療をよろしくおねがいします」というお手紙(たとえば、私が書いた診療情報提供書)はコストがとれる。「ご紹介ありがとうございます」というお返事(たとえば、私がいただいた紹介礼状)は、コストはとれない。無償の行為をうけとったわけだ。

 でも、こういう心遣いはじつはちゃんとお金になると思う。紹介されたときに「ご紹介ありがとうございました」と書けば、受け取ったほうはうれしいし、「また、あそこに紹介しよう」と思うかもしれないからだ。そのために時間をかけすぎては生産性がさがるけれど、簡単でも気持ちが伝わるように書けばいいと思う。
 
補遺1:他科依頼(併診願い)とそのお返事

 情提文例集(情提だけじゃないから「お手紙集」)に、他科依頼がなかった。というのも、米国には他科依頼というお手紙がないからだ。コンサルト・オーダーのコメントに腎臓なら「AKI Cr 2.0」とか書くだけで済む。詳しくは電話するか、会ってお話するかだ。文例を追加しよう。

 【依頼】お世話になっております。ご紹介いたしますAさまは[既往]の既往ある[年齢][性別]で、

①[入院日]より[入院病名]で入院しておられます。
②[自科主病名]で当科外来におかかりです。

(が、)[いつ][どんな][相談したい問題]を認めました。[相談する科にとって重要な追加事項]はX、Y、Zです。[相談したいこと(診察、検査、治療、意見)]につきご相談したく貴科にご紹介もうしあげる次第です。お忙しいところおそれいりますが、ご高診ご加療のほどよろしくお願いいたします。

 【お返事】お世話になっております、Aさまをご紹介ありがとうございます。拝見させていただき、(ご指摘のように)[診察で得た病歴、所見、検査結果など]を認め、[診断、アセスメント]と考えます。

①[検査計画]させていただくことにいたしました。
②[治療のレコメンデーション]するのがよいと考えます。
③[専門的な治療]の適応と考えます。
④[専門的な治療]させていただきました。
 
→[検査・治療日程]などご相談させていただければ幸いです。
→[フォローアップ計画]させていただければ幸いです。

 ご不明な点やご質問があれば遠慮なくおたずねください。重ねましてご紹介ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 他科依頼をかいても返事を書いてもコストは取れない。入院中に他科依頼を受けて診察しても、検査しても、処方しても、DPCなら包括にふくまれる*。要は、タダ働きな場合もあるということだ。でも患者さま(と困ったあなた)の役に立ちたいと思って忙しくても相談にのってくれる、相手の先生に感謝したい。

*注:おおきな手技、退院時処方をのぞく。また、入院中いろいろ「がんばっている」病院には入院費に係数が上乗せされる仕組みがある(係数は毎年更新)。



 

11/09/2016

A Healthcare Provider

 英語を勉強した甲斐があったと思うのは、Economist誌の記事を読むとき。Malcolm Gladwell氏の本も甲斐リストに入っていたが、米国時代に空港で手に取ったOutlierは『天才!成功する人々の法則』として、そして最近読んだDavid and Goliathは『逆転!強敵や逆境に勝てる秘密』として、それぞれ訳されていた。

 ネイティブでなければ、訳書のほうがきっと読むのは速い。それでも原書をよむのは、値段が安いから。それから、読むのに時間がかかるほうが理解しやすいという逆説。David and Goliathにも、問題文を読みにくいフォントにしたほうが、読みやすいフォントよりも正答率が高いという話が出てきた。たしかに、日本語で斜め読みするより英語を読むほうが頭に残る気がする。

 そのDavid and Goliathに、急性リンパ白血病(ALL)の治療を大きく変えたEmil "Jay" Freireich先生のお話がでてくる。当時化学療法は、患者さんを苦しめるだけで根治もできないからやめよう、やっても1種類を1回、と考えられていた。しかしNIH Clinial Centerにいた彼とEmil "Tom" Frei、ふたりのエミル先生がそれを何種類も何度もやった。

 その前には、絨毛癌を何サイクルもmethotrexateを使って根治したM. C. Li先生がいた。しかし彼は異端視されNIHを追われた(のちに業績が認められた)。Freireich先生にも風当たりが強かったけれど、彼は他人がどう思うかを気にするタイプではなかった(そこがDavid and Goliathの主旨なのだが)し、Frei先生が調整や説得が上手でもあり、上司のGordon Zubrod先生も後押ししてくれた。

 ほうっておくと出血で助からない患者さんに血小板輸血するところから始まり、レジメンを重ねていき、ときには免疫がさがらないようにCML患者さんから余った白血球をもらってきて輸血したり、とにかく失うものがないので(何もしなければ死亡率100%だった)すべてを試して、ついにALLは治癒する病気になった。この話はSiddhartha Mukherjee先生のThe Emperor of All Maladies: A Biography of Cancerという本に詳しい(もちろんこれも訳されている)。

 現状の治療を提供する人をヘルスケア・プロバイダーという。でもそれだけじゃない。治療が広く行われるように活動する人がいる。現状を受け入れずに治療を変えていく人がいる。以前に書いた視力を回復する遺伝子治療もそうだし、視神経に信号を入力する人工網膜インプラント(写真)、網膜の再生医療もそう。でもこういうお話は日常臨床と直接関係せず、新聞や雑誌を読んでる人のほうがよほど詳しい。

 ヘルスケア・プロバイダーは現状のヘルスケアを提供するのが仕事で、それが期待されていて、それに対してお給料をもらう(極論すれば、ケアを提供することでお金を請求するのであって、ヘルスを提供することに対してではない)。そうなんだけれども、不安や絶望をもってやってくる患者さんに愛とか希望とかを提供できればなと思う。だから、夢や希望のある話はこれからも追いかけていたい。




11/04/2016

Power of Jeong

 医療報酬に反映されない医療行為というのも、ある。手術をすれば保険点数がつく。手術が患者さんに合っているかをよく話しあって結局しないことになっても、その話し合いにはお金は払われない(外来なら診察代くらいはでるだろうが)。当然、手術分の保険点数もつかない。
 でも「転職しないという選択肢も提案します」みたいな転職コンサル会社が流行るように、きちんとしたことをしていれば患者さんはやってくる。そのなかには手術が必要な人も多い。また説明をちゃんとすることは、リスクマネジメントにも重要だ。これらの観点などからも、計上されない利益というのはあると思う。
 患者さんのお話をよく聞いて関心をもつことにだって、いろんな効果がある。病気に関連した生活習慣、その背景にある考え方などが明らかになって治療介入がしやすくなるかもしれない。その人が自分になぜどのように治療が必要かを理解して、より前向きに取り組んでくれるかもしれない。
 I feel for you、I am here for youという意思が伝われば、患者さんがいままで誰にもいえなかった核心を、出会って数分で教えてくれることだってある。そのきっかけは、言葉じゃないことも多い。ベッドサイドにひざまずくだけで、あるいは「ご家族を連れずに入院されたのかな」と気づくだけで十分だったりする。
 まさに聴くに早く、語るに遅く(Jacob 1 19)。口はひとつだが耳はふたつ、ともいう。なおこの聖句、怒るに遅く、と続く。「なんで~できないの」「~しちゃだめでしょ」と責めたくなる気持ちも人間だからわかるけど、それは、遅く、遅く。人の怒りは神さまの望む義にはならないから(Jacob 1 20)。
 私達は人の秘密をききだすためにお金をもらっているわけでは、もちろんない。でも、信頼がなかったら医療なんてできない。私達は物を売っているわけではなくて、大げさかもしれないけれどまがりなりにも命を預かっている。だから信頼される人でありたいし、信頼されることに感謝したい。
 そういう医療は、東洋的には仁の思想であり情と思う(報酬にならないものが報酬になるというのは、老子の「無用の用」ともいえる)。最近は韓国が医療ツーリズムを大々的に広告していて、成績などよい数字をたくさん挙げている(写真)けれど、第一の宣伝文句はThe healing power of Jeong。정(ジョン)、すなわち情の癒す力。情けは人のためならず、か。




10/19/2016

Smile, what's the use of crying?

 チャイニーズ・ハムスターは中国北部とモンゴル原産で、ハムスターよりもマウスに見た目は近い。この卵巣細胞が1950年代から実験に使われていて、CHO(Chinese hamster ovary)と略されている。が、それもさることながら意外に知られていないかもしれないのは、この動物が飼い主の指につかまる時にだっこちゃんになることだ(写真)。ちなみにハムスターはhamsterだがモルモットはGuinea pigといい、前者はマウスと近縁のげっ歯類で雑食でcrepuscular(薄明薄暮に活動する)だが後者はマウスと遠縁のげっ歯類で草食で完全にdomesticated(野生に存在しない家畜愛玩動物)だ。

 ハムスターを飼っていると、心が優しくなるのだろうか。それとも、心優しい人がハムスターを飼うのか。患者さんが自然と心を開いてくれる心の優しい人に「小さい時にペットとか飼ってましたか?」と聞いたら「ハムスターを飼ってました」という答えが返ってきた。動物園で子供が小動物とふれあう機会をつくったり、小学校で飼う(いきものがかりは金魚に餌をあげていたとか)ことの有効性を示すのに論文は不要だと思う。欧米で動物を病棟や空港や大学の学生相談室に置いてイライラや不安を和らげる試みがすでに行われている。

 CHOといえば前述の卵巣細胞や、炭水化物(炭素、水素、酸素の意味)を指すけれども、いまはチーフ・ハピネス・オフィサーの略でもある。デリバリング・ハピネスという社員の幸福度をあげ笑顔で生産性を上げるためのコンサルタント会社にある役職だ。Googleにはジョリー・グッド・フェローという役職もあった。「笑っちゃだめです、仕事中ですよ」から「笑いなさい、仕事中ですよ」の時代になったのか。確かに応対が笑顔のほうが応対が無愛想よりもいい。医療も同様と思う。ただし、心からであるように(笑いを強制されると燃え尽きの元になるらしい)。


10/06/2016

忘れられない一言 37

 大学1年のとき、EEP(アーリー・エクスポージャー・プログラム)という実習があって、助けが必要なひとたちの介助などを一週間させていただいた。去り際にスタッフの方に「この子達に手紙を書くとは言わないでほしい、言ったことをあなたたちが忘れてしまっても、この子達は楽しみにいつまでも手紙を待ってしまうから」と言われた。逆に言うと、手紙を書いて投函さえすれば、日本の郵便は優秀だから受け取り手まで届く。そしてそれがその人の心、ひいては自分の心にまで化学反応をおこすことを、当時は知らなかった。

 九州にいた研修医1年目のとき、腎臓内科志望でもないのにどういうわけか野生のイルカがみたくなって一人で天草に行き(写真)、東京の祖母に絵はがきを出した。手紙がEメール、SNSなどにかわって久しいが、旅行先から親しい人に絵はがきをだしたくなる人はまだ多いのではないか。自分が何を書いていたか覚えていないが、どうやら仕事の話も書いていたようで、祖母からの返事はこうある。

知樹さま。やっぱり知ちゃん!が呼びやすいです。ご老人と接するのは、こんどがはじめてではないにしても、患者さんとなると心づかいも大変でしょうネ。知ちゃんは、やさしいから、その気持ちが通じて、患者さんもうれしいことでしょう。こちらは淋しくなりましたけど、西に向かって(お台所が西になります)「知ちゃん、ガンバレ!」を繰り返しています。
天草にいらっしゃったとか、ステキ!です。たまに、気むずかしいおじいさんおばあさんいらっしゃったとしても、その方(たち)の「越し方」+苦労かもしれませんけど。
二年間は私たちには長い時間ですけど知樹先生にはアッという間かも。
では又、お身体を大切にしてネ。
(絵葉書をありがとうございまいした。トテモ、トテモ、ウレシイです。おじいちゃんにもよんであげました。) 
05.5.5 夜
 
 おばあちゃん

 孫を心配する手紙なんて世界中どこにもあるとおもうけど、「越し方」+苦労だなんて言い得たものだ。自分のことも考えていたのかもしれない。そう言われれば、人間何才であっても「越し方」と苦労があるなと、この手紙を読むとなんだか納得してしまう。なおこの手紙はつい最近に、祖母が他界して3年たってから発見された。私が返信先を書かなかったせいもあり祖母はこれを送ることができなかったのだ。

 しかし、この手紙がこのタイミングで届いたことにも意味があるんじゃないか。病棟で患者さんとご家族に病状説明しながらそれぞれの「越し方」+苦労を振り返って、そう思った。



10/05/2016

OUR BLOG

 去年京都でひらかれた学会に行って、ループス腎炎に抗GBM抗体陽性が併存することがある、とかいろいろ勉強になった。でも一番の経験は、あるお寺で掃除をされていた禅師に偶然お会いしお近づきになったこと。後日この禅師にいただいた「これを放てば手に満ちたり」という言葉が、いま身に沁みる。

 お察しの方もいるだろうが、SZDというのはSeize the Day(その日にできるベストを尽くそう)という言葉の略である。日々学んださまざまな知識や経験を、何か役に立てばと思って書いてきた。読者の方々を意識して利他的にかいた積りだけど、やっぱりマイブログはマイブログで、分野も横断的で投稿の目的もさまざまになる。

 それで、わたしよりも腎臓内科に情熱あるライターにコ・エディタ、コ・オーナーになってもらい、あたらしいブログをつくった(もし以前の腎臓関係の投稿をご参照くださっていた方がいたら、すべて移してある)。

http://bokutachinokiseki.blogspot.jp/

 あたらしい情熱は、あたらしい受け皿にいれよう。

 今までみてくれた皆様、ありがとうございます。

 これからも引き続き、よろしくお願いします。



10/01/2016

Dispenser

 「ヘパリン1000単位/mlを3mlで3000単位、確認お願いします」といわれて振り向くと、ヘパリンのバイアルと3mlの液体が入ったシリンジが並べてある。ここで「OKです」と言えるには、信頼が必要だ。なぜならばバイアルのなかのヘパリンと、シリンジの中の液体が同じだという証拠がないからだ。そうやって正論を指摘し、「たしかにそうですね、すみません(空気読め)」と目の前でバイアルから引き直してもらうことで世界が少し平和になったと思う一方、そんなことをいちいち疑いだしたら世の中はまわらないよな、と複雑な気持ちだ。信頼というのは、治安とおなじくらい、空気のようにあって当たり前だけどないと困る。

 「医療物品(医薬品とか消毒液とか)」の物流を取り扱うのはSPDというところだ。SPDが何の略か医者を10年以上やっていて知らなかったが、サプライ・プロセシング・ディストリビューションのことを指す。ただの用度課と違うのは、外注委託の業者さんが仕入先から病棟まで一元的に管理してくれることだ。そのおかげで看護部の物品管理の手間が省かれ、医事の負担が軽減し、在庫のムダが少なくなる。もとはメディケア導入などにより経営危機に陥った(以前にこことここで習った)病院を救うため、コスト削減の手法としてうまれたらしい(日本医療福祉設備協会会誌「病院設備」第50巻6号)。病院が集まって交渉し、物品の価格をさげているところもある。

 さて、読者のみなさまはどうして私がこんなことを書いているのかもうおわかりかと思う。それは、SPDのIoTによって病棟の安全を確保するために、ディスペンサーを置いてはどうかという提案をするためだ。ディスペンサーというのはIDとパスワードを入れて必要な分しかだせないミニ倉庫で、これを導入すればいつ誰がなにをどれだけ引き出したかわかる(より正確には静脈認証がいい)し、今流行りのIoTでどこにどれだけ物品を補充すればいいかリアルタイムでわかる。電気代がかかるが物品・在庫によるコストの削減で回収できるはずだ。災害時に物品がロックされて使えないのが問題だがG電源をとればいいし、情報漏えいはプロに任せれば安心なはずだ。

 起こることが予見できるのに「それは仕方がない(起きて謝罪すればいい)」と諦めるよりも、起こらない方法を考えて試してみたほうが前向きで、よい副産物が得られるかもしれない。なお、ディスペンサーの成功例は術衣の管理だ。術衣はとても着心地がいいせいか、忙しい業務の中でけっこうなくなってしまい、そのコストが馬鹿にならない(これを英語でスクラブ・ロス・イシューズというそうだ)。そこでディスペンサーをつかうと「あなたはすでに1着引き出しているのに洗濯に回っていないんですけど」とかちゃんと管理してくれるし、棚に野ざらしで置いてあるよりも衛生的だ。日本で導入しているところもきっとあるに違いない。



 [2018年7月追記]この投稿のきっかけになった事件は、容疑者の逮捕をむかえた。名前を変えた病院は、薬剤管理を徹底するとしている。ディスペンサーにまでしたかどうかは、わからないが。



9/27/2016

忘れられない一言 36

 「先生はベスト・ウェイを走ってると思いますよ」。上京されたお忙しい合間を縫って東京駅でお会いしてくださったあと、別れ際にこの言葉を掛けてくださった指導医の先生は、すごい。人を癒すというのはこういうことなのかなと、いまは分かる。この言葉、順風満帆なときには誰もいわない。これは「先生は(今は自分ではそうは思えないかもしれないけど)ベスト・ウェイを走ってると思いますよ」ということだ。

 それが、信じるということだ。月が欠けていても、欠けた部分は見えないだけでちゃんとあるように。種をまいて土に埋もれていても、地下では芽生えの準備がおこなわれているように。Recoverという英語を辞書でひくと、to get back something lost or taken away, especially by making an effort(失われた、奪われたものを、とくに努力でとりもどすこと)。回復、でもいいけど、取り戻すことなんだ。

 冒頭のことばには「先生は(きっと輝かしい未来への)ベスト・ウェイを走ってると思いますよ」という意味もある。苦労するのも、すべては、よいことのために。Every cloud has a silver liningという。雲の端が太陽の光で輝いているように(写真)、いつかは必ず晴れるということだ。雨の後に月は星空にまんまるく輝き、日照りの後に種は芽生えておいしい穀物を実らせる。
 
 いったい、どうしたらこんな言葉をふと思いつくんだろう。

 私も、こんな言葉を言ってあげられる人でありたいと思う。



9/24/2016

BCMJSIM

 BCといえば紀元前(ビフォー・クライスト、いまではビフォー・コモン・エラとも)、バンクーバーのあるブリティッシュ・コロンビア、飯田橋にあるブリティッシュ・カウンシルくらいしか思いつかない。でも、英語版ウィキペディアを調べればほかにもある。弾道係数(バリスティック・コエフィシェント;例のTHAADとかにも応用されているはずだ)とか。私が追試ばっかりの医学部をなんとか卒業し、羽田で母に見送られ福岡に旅立つとき使ったスカイマーク航空のIATAコードBCとか。

 私は少なくとも英語版ウィキペディアの質は高いと思っていて、これが広告なしで読めることの有り難みがやっと分かった。それで、こないだはじめて(みんながこの額くれたら大丈夫という)300円を寄付した。そしたらウィキメディア財団のジミー・ウェイルズさんからサンクスメールがきて「知識は基本的な人権であると私たちは考えています」と書いてあった。たとえ人権宣言や独立宣言が最終的に剣で勝ち取られたとしても、ペンがなければ平和はこない。

 さて、ウィキメディアさんも取り上げないBCにボード・サーティファイドというのがある。これは米国の専門医認定機構(ボード)に認定されたということだ。内科ならABIMというのがあって、これは内科学会ACPとはちがう独立機構だ。日本は内科認定医を内科学会が認定する。で、内科認定医は英語でBoard Certified Member of the Japanese Society of Internal Medicine(正式な略称はないので、仮にBCMJSIMとさせていただく;下図の文字列のなかにBCMJSIMを探してもないので悪しからず)。

 わたしはABIMのBC資格を持っていて、日本の資格はなかったのだが、ありがたいことに申請すれば書類審査でBCMJSIMが取れる。それで、申請したら無事に通った。もうこれで、日本でやっていける。さらに総合内科専門医というのがあって、Fellow of the Japanese Society of Internal Medicine(FJSIM)というので米国内科学会のFACPに相当するのだろう。非常に名誉な資格だが、「よき腎臓内科医はよき総合内科医です」みたいなことを殊更言ってもしょせん本職の総合内科医には敵わないから、今のところそこまではいいやと思う。

 というのが、学びたいことやとりたい資格はほかにもたくさんあるからだ。仕事関係では、内シャントの血管吻合は7−0プロリン糸で、PTFEグラフトと血管の吻合は4−0PTFE糸でそれぞれ縫うとか。高齢者、障害者、外国人など、誰かの視点に立ち行動する心づかいを学ぶ「ユニバーサルマナー検定」も、ぜひ取りたい。仕事以外なんて、ほんとうにきりがない。でも時間は有限だから、計画を立てて本当に学びたいことを学ぼうと思う。




9/20/2016

Dr. Pepper

 以前に人工知能にもロボットにもないのは愛と思いやりを与える心だと書いたのに、ちがうらしい。愛犬AIBOちゃんがでた1999年から17年、いまや人型のペッパーくんが病院で「カウンセリング」をしてくれる時代みたいだ。こういう話になると、どうしようかなと心配になってしまう。
 そんなペッパーくんの目を見ていると、しばらく考えてから感情を診断してくれ、悲しいなら「一緒に泣きましょう、そして新しい日を迎えましょう、あなたの笑顔が一番素敵です」みたいなことをジェスチャーと表情巧みに言ってくれる。けっこう一生懸命だし、おそらくプロの心理士さん(はやければ2018年から公認心理「師」という国家資格になる)が監修しているので、意外と効く。
 これからロボットがもっと進化して、よりリアルに患者さんと一緒に笑い、喜び、悲しみ、泣いて、励まし、支えてくれるかもしれない。AndroidにもiPhoneにも「カウンセリングアプリ」がすでにある。グーグルが開発した瞑想アプリHeadspaceもだ。疲労する感情労働者とちがって、ロボットは怒りや悲しみを受け止めても燃え尽きない。
 汽車ができて馬車がへり、冷蔵庫ができて氷屋がへり、スーパーができて商店街がへり、今度は人工知能とロボットができてどうなるの?というのが、わが国でもよく聞かれるようになった「第4次産業革命」。ただこれは、「それでも私達にしかできないことはなに?」とより考える機会になるだけである。
 第1次産業革命にしたって、アメリカの西部を中心に流通や金融を行っていたヘンリー・ウェルズとウィリアム・G・ファーゴによるウェルズ・ファーゴ社は、馬車(図はおもちゃ箱)がなくなっても事業を拡大して、2015年には世界最大の資本を有する銀行になった(いろいろあって今月JPモルガン・チェイスに抜かれたが)。
 ひるがえって医療と第4次産業革命との関係では、「人間はAIに負ける、ロボットに負ける」とか勝ち負けに持っていかないことだと思う。不戦勝みたいで申し訳ないが、それしかない。自分の頭と心と手をきたえてこれらを利用すればいいのだし、なにより人と人との「あいだ」を充実させる、すなわち徳をきたえることだと思う。