10/10/2024

移植腎生検あれこれ

  ピアノレッスンは、先生の演奏を観て聴いて学ぶことはあまりなく、先生はアドバイスをすることが多い(ピアノが2台あって、マスタークラスのようなレッスンなら別だろうが)。しかし、いまの施設での腎生検は、指導医の手技を診て学ぶ機会もけっこうある。

 指導医の手技は自分(針先)がどこにいるのか、そしてどこにいるべきなのかが分かりやすい。浅すぎず、深すぎず。たいていは、ちょうどよい当たりで押し付けすぎずにトリガーを引く。かといって、引き気味というほどではない。トリガーを引くときには、しっかりその位置を保つようにしないと、組織が固めの時に発射の内筒が刺さらず跳ね返ってしまう。

 いまの施設での腎生検は、超音波技師が描出してくれる。そして、生検する際は腎臓の下極(尾側)を少しだけ横断面で写す。そのため、刺入範囲に髄質や腎門がない。また、ドップラーで腎周囲に血管がないことを確認する。

 

Medical Non-adherence

 どんなにすばらしい治療や薬も、アドヒアランス(medical non-adherence, MNA)がよくなければ意味がない。アドヒアランスを保つのは難しく、それは医療者自身にとっても例外ではない。血中濃度やリフィルの回数などで確認できるが、簡単なのは患者に「この4週間で飲まなかったことがありましたか?」「この4週間で続けて飲まなかったことがありましたか?」と聞くことである。

 MNAのリスクは、

・医療制度/医療者:保険、診療へのアクセス、医療者-患者間のコミュニケーション、小児から成人への移行

・社会疫学的な面:思春期/若い成人、マイノリティー、低い社会経済ステータス、家家庭内不和

・患者関連の心理社会面:過去のアドヒアランス不良、ヘルス・リテラシーや病識の低さ、心理的な問題を抱えている、自分で考え行動する力(self-efficacy)が低い、社会的支援が少ない、忘れやすさ/認知機能低下、日々のルーチンの変化

・治療関連:頻回な内服、内服薬の多さ、副作用、味/大きさ

・その他:移植後の経過が長い、生体ドナー、自分は健康だという思い込み、身体的な問題

 さらに、テーマとして:

・Nonadherence:拒否、人生における大きな出来事、忘れっぽさ、費用、薬を手に入れる大変さ

・Partial adherence:副作用を最小限にしたい、忘れっぽさ、ルティーンの変化、処方の変化、人生に起きるさまざまな障壁(仕事、育児など)

・Total adherence:移植臓器を守る、ドナー/医療者への感謝、自分の健康に責任を持つ、副作用を忍容する、飲まないことによる結果を恐れる、リマインダーや予定表を使う、人の助け

 などがある。

 ・・それは、そうだ。単に忘れるだけなら、さまざまな工夫がある。コストなども、さまざまな支援がある。言うほど簡単なことではないが、取り組んでいけばよい。

 ・・一方で、考えさせられたのは、演者の薬剤師(奇しくも筆者と同じ施設!)が紹介した、Amy Silversteinさんのエッセイ、"My Transplanted Heart and I Will Die Soon"だ(New York Times 2023年4月18日付)。

 高い教育を受け臓器(心臓、2度の移植)を守るために完璧なケアをしてきた彼女は、免疫抑制薬の副作用と言える悪性腫瘍のため、エッセイがでてすぐの5月5日に59歳で世を去った。

 医療者が簡単にアドヒアランスを守ればよい、と一概に言えるようなものではない、移植患者が経験するさまざまな苦悩と困難がある。彼女は"Sick Girl"と"My Glory Was I Had Such Friends"の2作品を残している。読んでみようと思う。


(出典はNew York Timesの追悼記事
 

10/09/2024

拒絶のマーカー探し

・kSORT(Kidney Solid Organ Response Test):レシピエント血液の遺伝子発現パターンを調べて拒絶を予測しようとするもの。近年の大規模試験では予測できなかった(AJT 2021 21 740)。

・PIRCHE(relevance of predicted indirectly recognizable HLA epitopes):DSAがClass IIMHCの抗原提示によって間接的にCD4T細胞に提示されることから、CD4T細胞の認識するエピトープを解析することでDSAリスクを予測しようとするもの(AJT 2017 17 3076)。

・mRNA signature、ddcfDNA:以前紹介した

・Gene expression profile(GEP):120の遺伝子を分析するTruGrafアルゴリズム。CTOT-08スタディ(Am J Transplant 2019 19 98)でvalidateされた。AlloSureと組み合わせたスタディがKidney360に最近でた(DOI:10.34067/KID.0000000000000549)。

・尿中マーカー:RNA(NEJM 2013 369 20、CTOT-04スタディ)、CXCL9(AJT 2013 13 2634、CTOT-01スタディ)、CXCL10(JASN 2023 34 1456)、exosomal RNA(JASN 2021 32 994)。

・Implantable Bioelectronic Systems:拒絶したら腎臓が熱くなるのでは?というわけで、腎臓に電極を貼り付けて温度を測った実験(Science 2023 381 1105)。

(出典はScience 2023 381 1105)


VXM

 クロスマッチといえばCDC(補体依存細胞傷害)とFlowの二つと思っていたが、Virtual XM(crossmatch)というのもある。CDCとFlowをあわせてPhysical XM(PXM)と呼び、ドナーとレシピエントどちらの検体も必要なため、それを運んできて、実験室で混ぜて・・と手間と時間がかかる。とくに献腎ドナーの場合に、レシピエントを探す時間がかかってしまう。

 それに対してVXMは、レシピエントの抗HLA抗体とドナーのHLAさえわかればよい。レシピエントに抗HLA抗体がなければ、ドナーがどんなHLAでもPXMは陰性になる・・はずである。問題は、本当にないのか?という偽陰性の可能性と、抗HLA抗体がある場合である(KI Reports 2022 7 1179)。

 偽陰性の可能性として、検体への添加物や希釈の影響、共有する複数のHLA抗原に抗体が分散して結合してMFIが低くなる(ある意味、希釈される)、プロゾーン効果(抗体が多すぎて希釈しないと検出できない)などが挙げられる。

 また、HLA抗体を検出するソリッド・フェーズ・アッセイのビーズは100個程度なので、そこに含まれない抗原に対するHLA抗体の有無はわからない。

(出典はBr Med Bull 2014 110 23)

 抗HLA抗体があった場合、MFIなどによってどこまで許容するかが問題になる。許容できない(unacceptable)抗原としてリストすれば、そのHLAを持たないドナーであればVXMは陰性で、おそらくPXMも陰性になるはずである。

 MFIが低いなどの理由で許容できる(present but weak)抗原とみなせば、そのHLAを持つドナーも対象となり、抗体はDSAとなる。その場合、VXMを陽性・陰性とするかは施設の判断となる。

 PXMをすればはっきりするが、PXMは自己抗体などがあると陽性になってしまうなどの限界もある。

 VXMをPXMに代替してよいかについては議論があり(反論はKI 2020 97 659)、VXMとPXMを比較するUCLA Virtual Crossmatch Exchanges(Transplantation 2023 107 1776)なども行われた。

 その結果、2023年12月28日にCMS Final RulesでVXMを最終クロスマッチとすることが許されるようになった。現在、CMS guidance document on virtual crossmatchingが編集中だという。


10/08/2024

Epitopes and Paratopes

 HLAの話は遺伝学と免疫学が交差して複雑な上、色んな概念が抽象的に説明されることがおおく理解しにくい。そのため何度も何度もrevisitして多面的に理解しようとしているのだが、今回エピトープに相補的なパラトープという言葉を習った。

 抗体にはH鎖とL鎖に3つずつ相補性決定領域(complementarity-determining region CDR)があり、6つ合わせて抗原受容体を形成する。そして、1つのIgG分子には二つの抗原受容体がある。

(出典はWikipedia)

 CDR6個による約50アミノ酸残基、650-900平方オングストロームの領域のなかに、抗原と直接結合する部分がいくつかある。平均すると20アミノ酸残基くらいで、CDRとオーバーラップするが同じではない(下図では、CDR L2が抗原と結合していない)。これが、パラトープである。

(出典はPediatr Nephrol 2017 32 1861)
 パラトープが認識する15-22のアミノ酸残基からなる領域をエピトープと呼び、その中心にある2-5アミノ残基(半径3オングストローム)の領域をエプレットと呼ぶ。

 エピトープはHLA分子間で共有されうるので、たとえばDQ〇〇に対するde novo DSAができると、その抗体はエピトープを共有する他のDQや、DRなど他の座にあるHLA分子に対しても結合するため、cPRAが高くなる。

 なお、抗体のパラトープが認識しているエピトープはB細胞エピトープである。それに対して、T細胞のTCRがMHCに提示された抗原を認識する際の認識部位は、T細胞エピトープと呼ばれ、両者は別物である。


Controlled hypothermic Perfusion

 「臓器保存には4Cが最適」とよく言われる。冷蔵庫内も、JIS規格で2-5Cが適切とされている。だが、氷は0Cであるから、氷で冷やしただけでは凍ってしまう。そのため、肺のように繊細な臓器では、凍ってしまい最適とは言えない。さらに、肺を長持ちさせるにはどの温度がちょうどよいかを研究したところ、10Cがちょうどよいことがわかった(Sci Transl Med 2021 13 eabf7601)。イタコン酸が増えることでクエン酸回路の一部が止まり、活性酸素などが減るのではないかと推察されている。

(出典はSci Transl Med 2021 13 eabf7601)
 この研究に基づき、Paragonix Technologies社が10Cで庫内を維持する装置を開発し、臓器を遠くから比較的安価に運ぶことや、手術を日中に行うことができるようになった(NEJM Evid、doi:10.1056/EVIDoa2300008)。

機械潅流と低体温

 機械潅流後の腎臓移植は、1968年にウィスコンシン大学のDr. Belzerにより初めて報告された(NEJM 1968 278 608)。潅流液にUWという種類があるように、同大学・同医師は臓器潅流のパイオニアである。

 さて、腎移植における臓器潅流・低体温で覚えておくべきスタディが3つある。一つ目は以前少し紹介した2009年のEUROTRANSPLANT試験。Mate kidney studyで、平均CITは15時間、DGFが氷冷保存の26%に比べて20%と有意に低かった。

 ただし技術的問題か機械潅流群の25例が氷冷保存にクロスオーバーしており、メインデータではDCDのDGFは機械潅流群で数字上低いものの有意ではなかった。

 二つ目は、2015年の脳死ドナー低体温試験(NEJM 2015 373 405)。34-35Cの低体温群で、36.5-37.5Cの正常体温群に比べてDGFが有意に低く(28% v. 39%)、試験は早期中止になった。

 ただし、ドナーはランダム化されたがレシピエントはランダム化されておらず、プライマリ・アウトカムのDGFが低いのはよいが、より長期のグラフト生存率には有意差がなかった。

 三つ目は、2023年の低体温と機械潅流を単独・併用した群を比較した試験(NEJM 2023 388 418)※。米国の6移植施設が参加したプラグマティック試験で、DGFの調整後リスク比は:

・低体温で機械潅流に比して1.72 (95%CI 1.35-2.17)

・低体温で併用に比して1.57 (1.26-1.96)

・併用で機械潅流に比して1.09 (0.85-1.40)

 つまり、低体温は機械潅流よりDGF予防の効果が弱く、併用しても相乗効果はないという結果だった。ただ、二つ目と同様に、1年後のグラフト生存率に有意差はなかった。いまでも機械潅流が標準治療にはなっていない理由である。

 ※この論文も、昨年以前の職場で研修医向けのJournal Clubで取り上げていた。

虚血のない移植

  虚血後再灌流が問題なら、いっそ虚血も再灌流もない移植はできないか?というわけで、臓器を摘出する前から機械潅流につなぎ、血液が流れ続けるようにしておけば、原理的には可能である。肝移植では確立しつつあり、中国で行われたIFLT-DBD試験で通常の肝移植に比べて術後のグラフト機能不全や各種合併症が有意に少なかった(J Hepatol 2023 79 394)。

(出典はJ Hepatol 2023 79 394)
 実は腎臓でも行われており、2019年に発表された最初の報告によれば(Front Med Lausanne 2019 6 276)、術後は当然透析も要せず、経過は良好であったという。潅流のため大動脈・大静脈が残ること、(潅流液の一部として白血球を除去した)輸血を必要とすることはデメリットだが、原理的には可能ということだろう。なお、ex vivoの潅流中にも腎グラフトは尿を作り続ける。

(出典はFront Med Lausanne 2019 6 276)


DAMPs

 移植直後に程度の差はあれ避けられないのが、虚血後再灌流傷害(ischemia reperfusion injury、IRI)である。要は細胞が少し壊れて、炎症や免疫反応の元になるのだが、この壊れた欠片を詳しく調べる、DAMPs(damage-associated molecular patterns)の研究が進んでいる。

 DAMPsは、病原体の破片が自然免疫(innate immunity)を惹起する仕組み、PAMPs(pathogen-associated molecular patterns)に類似した概念である。

(出典はJASN 2011 22 416)
 DAMPsといっても、要は細胞の欠片であるから、HMGB1、Vimentin、Hyaluronan、S100、尿酸結晶、DNA、ATP、HSPなどたくさんある。そして、それらを認識する受容体も、TLR、RAGE(advanced glycation end products受容体)、インフラマソームなどたくさんある。傷害初期のDAMPは炎症、後期のは修復に働くなど、理解が少しずつ進んでいるようだ。

(出典はFront Immunol 2021 12 611910)
 なかでもIL-33は、IL-1に類似し核内に存在するサイトカインで、type 2 immune responseに関連する。Type 2 immune responseは従来、寄生虫の除去やアレルギーなどを指すが、最近は組織修復にも関わることが分かっている。そして腎移植においては、IL-33がST2/IL-1RAcP受容体をもつTreg細胞などを介して慢性拒絶を抑制する可能性が示されている(Annu Rev Immunol 2022 40 15)。

臓器提供時のさまざまな考慮点

  臓器がprocureされた後で、そのオファーを受けるかどうかの決断は、移植外科がしている施設が多いが、移植内科にとっても大問題である。また、外科で困ったときに内科が相談を受けることもあるので、内科医も経験(知識もさることながら、場数を踏むことで得られるニュアンス)を積んでおかなければならない。

・動脈の石灰化(プラーク)→喫煙歴を確認。

・CVA(脳血管障害)→高血圧など、心血管系リスクを示唆。

・腎生検→凍結標本、必ずしも腎病理医が読むとは限らないなど、限界が多い。皮質壊死(cortical necrosis)の除外には使える。

・ドナーとレシピエントのサイズ・ミスマッチを考慮する必要あり。

・高リスク腎なら、out-of-sequenceで自施設で待つより高齢なレシピエントへの移植も考慮。

・高リスク腎なら、二個移植(dual kidney)も検討。

・感染症例では、免疫関連腎症も考慮し、できれば尿検査データを入手したい。とくに、terminal Crが徐々に上昇しているような場合。

・糖尿病例でも、ドナーの糖尿病性腎症を考慮し、やはり尿検査データを入手したい。

・若いレシピエントなら、できることなら少しでもHLAを合わせたい。

・高齢レシピエントなら、生命予後がどれくらい改善できるかと、周術期リスクにどれくらい耐えられるかを考える。生体ドナーのみを受け入れる選択もあり(DGFリスクが低く、緊急ではなく計画的にリスクを最適化してから手術できる)。

・生体ドナーと年齢差があり過ぎる場合、paired exchangeも考慮。

・HIV治療例であれば、できればタクロリムスとの薬剤相互作用を起こさないレジメンに変更を依頼(タクロリムスが0.5mg1週間ごと、といった極端な用量になると、管理が難しくなるため)。

・レシピエントのBMIが高いのも問題だが、低いのも問題。

・心肺蘇生の長さにも注目。