11/17/2024

Hyperkalemia

  移植後は腎機能が回復し、カリウム制限は必要なくなる・・と思いがちだが、タクロリムスの影響や、腎機能がそこまで回復しないこと、糖尿病合併例で(ステロイドなどの影響で)血糖が高いことなどから、けっこう高カリウム血症を診る。

 体液が少ない場合や血圧が低い場合はfludrocortisoneをよく用いる。そうでない場合は、カリウム喪失性利尿薬を用いる。緊急の場合、細胞外液を数L輸液しながらフロセミド静注(100mgなど)を行うこともよく見る。

 そして、頻回に用いられるのがLokelma、次に用いられるのがVeltassa、保険などの理由で用いられない時に用いられるのがKayexalateである。Lokelmaの実物、アメリカに来て初めて観た。パケットを水に溶かすが、意外と溶けづらいので、けっこう多めの水に混ぜている。無味で、フレーバーなどはついていないらしい。




11/15/2024

Nikolai Dahl

 ニコライ・ダールといえば、ピアノコンチェルト第一番がものすごく不評で落ち込んでいたラフマニノフを救った医師で、不朽の名作である第二番は彼に捧げられている。

 彼がラフマニノフに行ったのは、催眠療法だった。

 毎日ラフマニノフはダールの部屋の肘掛け椅子に座り、「あなたはコンチェルトを書く・・とても簡単に書く・・それは素晴らしいものになる・・」と聴き続けたのだという。彼はのちに、「信じられないだろうが、この治療はとても私に効いた」と語っている。

 1900年の秋にコンチェルトの2つの楽章を完成させ、1901年11月9日、本人のピアノ演奏によって初披露された。

 人間、いくら気にするなと言われても、他人の評価に弱いものである。だから、どうせなら、毎日「あなたはできる」と言われ続けているほうがいい。コンチェルトは書けなくても、自分らしく色々挑戦できるだろう。

 ただ、第一番の不評を経験しないと、第二番は書けなかったのかもしれない、とも思う。となると、大事なことは、やはり他人の評価を乗り越えることなのかもしれない。


11/12/2024

こぼれ話

  ニフェジピン徐放剤は、錠剤の殻に点の孔をあけることによって薬が徐々に出ていく仕組みなので、殻は便に排出される。知らないと、患者が「毎日便に白い球状のなにかが排泄される」とびっくりして、医者も「寄生虫の卵か?」などと慌てる。・・というケースレポートが、あるそうな(doi:10.1155/2017/3718954)。

Collapsing glomerulopathy

 今いる街にある移植5施設が一緒に話し合う腎病理カンファレンス(もちろんZoom)があって、鑑別診断を挙げる役目を仰せつかった。APOL1とCMVとTMAとFSGSがつながらない・・と、きれいな発言はできなかったが、そのぶん、(振り返れば明らかな)collapsing glomerulopathyの概念を忘れないよい機会になった。

 最近のレビュー(Curr Opin Nephrol Hypertens 2023 32 213)によれば、HIVAN・パミドロネート・SLEなどとの関連もさることながら、一番大きな関連はAPOL1だという。

 APOL1はインターフェロンによって誘導される。ウイルス感染(HIVだけでなく、B19、CMV、HTLV、そしてCOVID-19など)や自己免疫疾患などのセカンド・ヒットを受けると、・・さまざまな機序で足細胞を傷害する。APOL1はpore-forming proteinなので、細胞膜やミトコンドリア膜に孔をあけるのではと考えられている。また、足細胞だけでなく内皮細胞も傷害すると考えられる(そもそもAPOL1は内皮細胞から単離された)。

 NON-APOL1-associated glomerulopathyは、内皮細胞傷害が主因と考えられる。たとえば抗VEGFA抗体(bevacizumab)、TMA、移植腎における血管傷害など。HIF1・HIF2などの関与が推察され、APOL1の有無にかかわらず発症する。他にはコエンザイムQ10生合成に関わる遺伝子異常(COQ2、COQ6、COQ8B)など。

 パミドロネートはミトコンドリア傷害が機序と言われているが、足細胞は通常時には解糖系をエネルギー源にしているので、それが本当の機序なのかははっきりしない。

 臨床的にはここまでだが、反応して増殖する上皮細胞の起源についての研究や、腎生検標本から遺伝子発現パターンを調べる研究などが進められているという。


 

ある日の学び

  Alport症候群の責任遺伝子はCOL4A3、A4、A5で、A5はX染色体にある。キプロスにCol4a3遺伝子変異の集積が、ユタ州にCol4a5遺伝子変異の集積がみられる。Jackson Labというメイン州にある多種多様な実験マウスを生み出し供給する施設で、Alport症候群の原因や治療に関係する可能性のある遺伝子がいくつかみつかっている。たとえばアクチンに結合するFormin1(基底膜陥入にも関係する)、mTOR経路の上流にあるDgke、Pik3r1など。

 クマの冬眠について。クマの冬眠に関わる未知の遺伝子はないが、クマの冬眠で特異的に調節される遺伝子は166ある。そして、同様に冬眠するマダガスカル等に住むテンレックとも共通する遺伝子はTDRD5、CISH、SOCS2、SLCO1C1、SERPINC1、NDST3、RTN4RL2・・・など。なかでもTDRD5遺伝子は、ボウマン嚢の血管極よりの、上皮細胞が足細胞に分化するところに発現しているという。

 クマの実験は非常に実現しにくいが、マウスも、冬眠に似たtorpor状態になるという。ただし、簡単に起きてしまうので、測定器具を埋め込んでからtorporに至らせるなど工夫が必要だそうだ。

 冬眠もtorporも腎臓に限らず長寿などの健康効果が期待されている。筆者も昼寝にもそうした効果があればよいのだが。


 

11/11/2024

夜中の検査

  入院診療で気づくことはたくさんあるが、その一つが夜中の検査である。CT、超音波などの画像検査は、夜中にも行われる。時間外のほうが検査室が空いており、入院患者はいつでも院内におり、人員を配置して検査室が夜も稼働しているためと思われる。

11/06/2024

忘れられない一言 78

 当院の腎移植内科はコンサルタントなので(施設によってはプライマリーなところもあるが)、患者・家族・医療スタッフとのかかわりは薄めである。しかし、時にはプライマリーより先に現場に駆けつけることもある。今週はそれが多めだ。

 プライマリーではないうえ、アテンディングでもないので、どうしても何をすべきかを言いづらい。そのため、正直あまり役に立っている気はしない。それでも、いることで、患者家族やスタッフから、けっこう感謝される。

 とくに家族は、誰かが来るまで不安で不満な気持ちでいることが多い。なので、誰が来ても有難いのだろうが、今日はアテンディングに「あなたは人を落ち着かせる」と言ってもらえた。

 以前(ずいぶん前のことだが)「一緒にいて安心したことがない」と言われたこともある筆者としては、ちょっと信じられなかったが、そう見えるのなら有難いことだ。


10/27/2024

忘れられない一言 77

  先日紹介した"Sick Girl"を読んだ。移植医療の患者視点を、非常に深く正確に(理解できるように、あるいは理解できないことを理解できるように)これでもかと教えてくれる本だった。

 一番の衝撃は、人生の意味についてのやりとりだった。もうこれ以上は無理であると絶望的に伝える患者に対して、主治医が「あなたの人生に意味を与えるものは何ですか?」と聞いた。

 こんな質問をすることはまずない医師であったが、移植後10年以上の診療を経ての、絶望と怒りの果てに出た訴えに対するやり取りなので、そういう話にもなったのだろう。医師はまず仕事、そして家族を例に挙げる。

 しかし、家族を置いて治療を放棄するのは無責任、といった批判でひっこめるほど単純な苦しみではない。たとえ非難されても仕方ない、自分のことは自分で決める、と思えるほど作者は追い詰められていた。

 移植以来ずっと、作者にとって人生の意味は生きること(survival)だった。生きていなければ、その他のことなど何もない。だから、いつ拒絶するかもしれない、いつ感染やがんになるかもしれない、と思いながら必死に「患者」を生きてきた。

 だから、主治医の質問に答えるには、移植をいったん脇に置いて、想像したこともないことを想像して、夢をみなければならない。そして、彼女から出た一言は:

 "I'd like to write."

 だった。

 主治医は「じゃあ、書けばいい」と言う。書こうとしたが駄目だった、大学時代にクラスに何度か行ったが心臓病になり行けなかった、今からやろうとしても合うクラスがない、やっぱり無理だから薬(免疫抑制薬)を飲むのをやめる!

 ・・と、彼女は言い放った。

 主治医はさらっと「免疫抑制薬を減らして、2週間後にレベルをチェックしましょう」、「それまでは毎週会いましょう」と言った。そして去り際に、「大学に確認して、個人教授のレッスンを組むこともできます、あなたのスケジュールに合わせられますよ」と言った。

 この時のことを彼女は、I was caught up with olive branches(ノアの箱舟の例え)、と書いている。結果的に、そのおかげでこの本ができた。

 二つ考察しなければならない。一つには、人生の意味について考えさせられた。生存、所属、愛情、・・自己実現と言ってしまえばそれまでだが、そこにこそドラマがある。単純に「次のレベルはこれかな?」とすくすくやっていけるほど、人生は甘くない。

 もう一つは、医師に求められる落ち着きである。患者に「人生の意味は何ですか?」と聞くほど思い上がる気はないにしても、「治療をやめたい」という問いかけにどう向き合うかはどの医師も経験することだ。

 この時主治医がとった対応は、患者が生きる意味を持っていて、でも心理的に溺れかけていて、「オリーブの枝を必要としていた」からこそ正解なのだろう。患者中心医療といっても、このようにリードすることが必要な場合もある。



10/10/2024

移植腎生検あれこれ

  ピアノレッスンは、先生の演奏を観て聴いて学ぶことはあまりなく、先生はアドバイスをすることが多い(ピアノが2台あって、マスタークラスのようなレッスンなら別だろうが)。しかし、いまの施設での腎生検は、指導医の手技を診て学ぶ機会もけっこうある。

 指導医の手技は自分(針先)がどこにいるのか、そしてどこにいるべきなのかが分かりやすい。浅すぎず、深すぎず。たいていは、ちょうどよい当たりで押し付けすぎずにトリガーを引く。かといって、引き気味というほどではない。トリガーを引くときには、しっかりその位置を保つようにしないと、組織が固めの時に発射の内筒が刺さらず跳ね返ってしまう。

 いまの施設での腎生検は、超音波技師が描出してくれる。そして、生検する際は腎臓の下極(尾側)を少しだけ横断面で写す。そのため、刺入範囲に髄質や腎門がない。また、ドップラーで腎周囲に血管がないことを確認する。

 

Medical Non-adherence

 どんなにすばらしい治療や薬も、アドヒアランス(medical non-adherence, MNA)がよくなければ意味がない。アドヒアランスを保つのは難しく、それは医療者自身にとっても例外ではない。血中濃度やリフィルの回数などで確認できるが、簡単なのは患者に「この4週間で飲まなかったことがありましたか?」「この4週間で続けて飲まなかったことがありましたか?」と聞くことである。

 MNAのリスクは、

・医療制度/医療者:保険、診療へのアクセス、医療者-患者間のコミュニケーション、小児から成人への移行

・社会疫学的な面:思春期/若い成人、マイノリティー、低い社会経済ステータス、家家庭内不和

・患者関連の心理社会面:過去のアドヒアランス不良、ヘルス・リテラシーや病識の低さ、心理的な問題を抱えている、自分で考え行動する力(self-efficacy)が低い、社会的支援が少ない、忘れやすさ/認知機能低下、日々のルーチンの変化

・治療関連:頻回な内服、内服薬の多さ、副作用、味/大きさ

・その他:移植後の経過が長い、生体ドナー、自分は健康だという思い込み、身体的な問題

 さらに、テーマとして:

・Nonadherence:拒否、人生における大きな出来事、忘れっぽさ、費用、薬を手に入れる大変さ

・Partial adherence:副作用を最小限にしたい、忘れっぽさ、ルティーンの変化、処方の変化、人生に起きるさまざまな障壁(仕事、育児など)

・Total adherence:移植臓器を守る、ドナー/医療者への感謝、自分の健康に責任を持つ、副作用を忍容する、飲まないことによる結果を恐れる、リマインダーや予定表を使う、人の助け

 などがある。

 ・・それは、そうだ。単に忘れるだけなら、さまざまな工夫がある。コストなども、さまざまな支援がある。言うほど簡単なことではないが、取り組んでいけばよい。

 ・・一方で、考えさせられたのは、演者の薬剤師(奇しくも筆者と同じ施設!)が紹介した、Amy Silversteinさんのエッセイ、"My Transplanted Heart and I Will Die Soon"だ(New York Times 2023年4月18日付)。

 高い教育を受け臓器(心臓、2度の移植)を守るために完璧なケアをしてきた彼女は、免疫抑制薬の副作用と言える悪性腫瘍のため、エッセイがでてすぐの5月5日に59歳で世を去った。

 医療者が簡単にアドヒアランスを守ればよい、と一概に言えるようなものではない、移植患者が経験するさまざまな苦悩と困難がある。彼女は"Sick Girl"と"My Glory Was I Had Such Friends"の2作品を残している。読んでみようと思う。


(出典はNew York Timesの追悼記事