Thymo(antithymoglobulin, ATG)といえば、ヒト胸腺細胞に対するウサギまたはウマ由来の抗体である。現在に至るまで、免疫学的にハイリスクなケースでは第一選択の導入免疫抑制薬である。ウマ由来とウサギ由来を比べたスタディもあり、より一般的に用いられるのはウサギ由来のATGである。
モノクローナル抗体にチロシンキナーゼ阻害薬にsiRNAにと次々と分子標的薬が応用される現在において、いまだに「ヒトの胸腺細胞を入れたウサギが作った血液(の抽出物)」が移植に用いられているというのは、奇異とも言える。
ひとつには、それがポリクローナルであり、T細胞の活性化・増殖シグナルを幅広く抑えるためであろう。モノクローナルに抑えようとすると、たとえば抗CD25(IL-2受容体)のbasiliximabのように弱くなるか、抗CD52(広汎かつ多量にリンパ球表面に分布する蛋白)のalemtuzumabのように強すぎるかである。ちょうどよい標的分子がみつかるまではThymoの役目(とウサギの悲運)は終わりそうもない。
それにしても、「なぜウサギ?」と思う。少し調べると、事の始まりは1899年、当時パスツール研究所にいたロシア(現在のウクライナ)人科学者Élie Metchnikoffの実験だという。彼はマウスのリンパ節から取り出した細胞をモルモットに注射し、その血液から抗マウスリンパ球抗体を得ることに成功した。
もちろん、ただ抗体ができるかを確かめたかったわけではなく、その抗体をマウスに注射し、マウスの血中リンパ球数が激減することを確認した。抗生物質ができる前の時代は「抗体で治そう!」がパラダイムであり、Mechnikoffはパリに移るまでオデーサの研究所で狂犬病ワクチンを製造していた。1908年には免疫学に関する業績によりノーベル医学生理学賞を受賞している。
もっとも当初はその効果が疑問視されていたようだが、徐々に知見が蓄積し(当時はantilymphocytic serumなどと呼ばれた)、1966年にはMGHの移植外科医Anthony Monacoらがマウスの皮膚移植で拒絶反応を抑制することを示し、1971年にはボストン大学・タフツ大学・ハーバード大学などのグループが初めて献腎移植ドナーに用いた症例を報告した(NEJM 1971 284 1109)。以後改良されて現在に至る。
その、最大の功労者の一人であろうMonaco先生(1932-2022)は、2015年にTransplantation誌のエディターを引退する記念に同誌からインタビューを受けている(Transplantation 2015 99 10)。その最後に、移植医療を志す若い臨床/科学者へのメッセージを載せているので、紹介したい。
I say to our young clinician/scientists that your career in transplantation should be an enjoyable, rewarding, albeit a demanding journey. Be proud of your clinical and research accomplishments. Learn from, but do not be limited or paralyzed by your mistakes. Do not be consumed by the demands of or your devotion to transplantation to the detriment of your family, friends and loved ones. Keep your family and loved ones close to you and let them share in the joy of your successes and the disappointment of your failures.
訳:若い臨床/科学者に伝えたい。あなたの移植におけるキャリアは楽しくやりがいがあるが、厳しい旅になるだろう。自分の臨床/研究業績を誇りに思いなさい。たとえ間違っても、縛られたり動けなくなったりするのではなく、そこから学びなさい。移植の厳しさや移植への献身に時間とエネルギーを消耗しすぎて、家族・友人・愛する人たちを犠牲にしてはいけない。家族や愛する人たちとは親密にして、成功した時の喜びやうまくいかなかった時の失望を分かち合いなさい。